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ようこそ!迷宮ダンジョンへ⑤


 ジャスは、間違ったことを言っていない。ルチルは、魔法が使えない。結界魔法は、物理攻撃で破ることができない。だけど、私はタイチンルチル・ア・ウロラ・ノウス。『ワールド・オブ・ファンタジー ~星の降る夜に、宝石はきらめく。しかし、その瞳には光が映らない』(略して、WOF)の主人公。

 WOFは、魔法の牢に閉じ込められたジャスパーを主人公のルチルが助けることから始まる。私は、ルチルがどうやって結界を壊すかを知っている。


 持っていたランタンを、地面に置く。


 方法は一つ、一回しか使えない。今、ジャスを助けたら、どこかにいるかもしれないジャスパーを助けることはできない。


 首元のペンダントを握る。


 ジャスを信用しているわけではない。友達になったわけでもない。



 だけど……

 


 ジャスを助けないという選択肢は、私にはなかった。助けが必要な人が目の前にいて、助ける方法を知っている。助けることができるのに、見捨てることなんてできない。


「ジャス、動ける?」

「え?」

「この結界を破壊する」

「……ルチル、それは無理だよ。君は、まだ若い」

「年齢なんて、関係ない」

「魔法の力は、宝石の力。長く宝石の恩恵を受ければ、魔力は強まる。今の君には、無理だ。君は若すぎる」

「何度も言わせないで。この結界を破壊する。私には、それができるの」


 ジャスの息を飲む音が聞こえた。そして、吐き出すような深い息の音も。


「…………わかったよ。どこに行けば、いい?」

「私の位置がわかる?」

「わかるよ」

「それなら、私とは反対側に移動して。できるだけ、私のいる場所から距離を取って」

「あぁ、わかった」


 ジャスが動く音が聞きながら、目を閉じる。そして、母の形見のペンダントを強く握る。


『タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウス、風を感じて』

 

 ルチルの母は、森の民スマラグドスの中で、最も魔力が強い人だった。四つの国名は勇者四人の名から付けられたのだが、ルチルの母は『スマラグドスの再来』と言われるほどの魔力量を誇っていた。

 胸元のペンダントには、その母の魔力が込められている。魔法を使えないルチルのために、ありったけの魔力を宝石に託したのだろう。宝石の輝きは、魔力の輝き。手の中にあるペンダントは、ダンジョンの中にいても輝きを失うことはない。


『タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウス、風を感じて』

 ――母様、私に力を貸して。


 背筋を伸ばし、姿勢を整える。両肩の力を抜き、風の動きに意識を集中する。ペンダントにある魔力とダンジョン内に流れる風を結び付け、自分の体に宿していく。徐々に時間の流れが、緩やかになっていく。ペンダントの輝きが増していく。もっと、もっと……さらに意識を集中する。どんどん研ぎ澄まされていくのを感じる。


 直後、ペンダントがカッと熱くなり、準備ができたことを確信した。 


 ゆっくりと深呼吸してから目を開けると、止まっていた時間が動き出す。温かみの帯びた風が、ペンダントを握る左手に集まってくる。皮膚の表面の肉をひっぱられるような感触が襲う。痛くはない。痛くはないけど、一定間隔で筋肉がキュッと収縮する刺激がある。その刺激が、ゆっくりと動き始める。手のひらの中にあるペンダントは、もうさっきのような熱さはない。ペンダントの熱が自分の中へと移り、染み込んでいくのを感じた。まるで液体となって、自分の身体の奥深くに、血の中に入っていくような……そんな感じ。

 もう一度、目を閉じる。そして、ペンダントを強く握る。深呼吸を繰り返してから、右手で風を操る……が、上手く風が掴めない。手が震える。魔法が使えないルチルの体では、負担が大きいのだ。


「落ち着いて、ルチル。大丈夫だから、自分を信じるの」

 口に出しながら、自分の体の中で暴れる魔力を無理やりに抑えつける。


『風は、あなたのそばにある』

 耳元で、母の声が聞こえる。


 右手で岩肌に触れた瞬間、風が弾ける音がした。そして……




 ――ドンッ!




 衝撃音で、自分が反対側の岩肌に叩きつけられたことを知った。だけど、上手く受け身を取れたのだろう。痛みをあまり感じない。すぐに視線をジャスのいた方へと向けるが、粉塵が舞っていて、よく見えない。


 うまくいった?


 確認したくても、よく見えない。ジャスの名前を呼びたくても、咳しか出てこない。ゴー、ゴーという冷蔵庫が出すような低い音しか聞こえない。


「ルチルッ!」


 遠くで、声が聞こえた。ひどく焦っているその声に……なぜか、笑っていた。顔がよく見えないけど、ジャスの気配を近くに感じる。


「ルチル、怪我は? どこか、痛いところは?」

「だ、だいじょうぶ。ゴボッ、ゴボッ。少し、打ち身があるだけ。ゴボッ、大したことない」

「君は、無茶をしすぎだ!」

「無茶なんてしてない。ゴボッ、言ったでしょ。私なら、できるって。ゴボッ、ゴボッ」

「まったく、君は本当に……お見それしたよ」


 肩から下げている水筒を開け、口に含む。ゆっくりと飲み込むと、喉の奥で大きな音がした。大きく息を吐く。喉の調子が少し良くなったことを確認してから、声を出す。


「ジャス、動ける? 早く、ここから離れた方がいい。結界を無理やり破ったから、このダンジョンは、長くは持たないと思う。まもなく、崩落す……」


 話している途中から、少し視界が晴れてきた。視線の先で、粉々に散った緑の宝石がランタンに照らされ、冷たく光っていた。首元のネックレスに触れる。見なくても、そこにあった緑の宝石がないことがわかる。

 宝石の民(四つの国の民のこと)は、泉の宝石のアクセサリーを身につけている。火の民は赤色の宝石、空の民は青色の宝石、水の民は二色に変わる宝石。そして、森の民は緑色の宝石。それらは、代々受け継がれるものであり、宝石の民の魔力の源でもある。

 ルチルがペンダントを失うのは、わかっていた。ジャスパーを助けた時、画面上に『母の形見のペンダントを失った』と表示されていたから。ゲームのストーリー上、必要なことだった。ペンダントを使って、ジャスパーを助けない限りゲームは始まらない。


 ゲームをプレイしている時は、何も感じなかった。でも、私には……ルチルとしての記憶がある。ルチルとして過ごした、時間がある。



 ルチルは……私は……、

 ――母様が、大好きだった。



「ルチル?」


 母様の顔が、声が、私を包んでくれていた風が……どこかに行ってしまったような、そんな気がした。重さなんて感じてなかったのに、急に首が軽くなった気がする。目頭が熱くなる。奥歯を強く嚙んでこらえようとしても、涙は止まることなく、零れ落ちてしまう。どんなに強く奥歯噛んでも、涙がどんどん溢れてくる。


「ルチル」


 ジャスの呼びかけに、さらに奥歯を強く噛む。そして、片手で乱暴に顔を拭う。


「ごめん」

「ルチルが謝る理由はないよ。謝るなら、私の方だ。私のために、すまない」

「別に、ジャスのためじゃない。私は私のために、私の意思でやったこと。ジャスが謝ることじゃない。私は大丈夫、わかっていたことだから。さぁ、行こう」


 早口で言うと、すぐに歩き出す。


「……ルチル、君に誓いをたてよう。己が命を懸け、君を裏切ることはしない。この命を君のために、使おう」


 背後で聞こえたジャスの言葉に、何も言えなかった。何の反応も返すことができなかった。ジャスの言葉は――ゲームの中で、ジャスパーがルチルに言った言葉と同じだったから。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

今回で出会い編が終わり、明日からは毎日一回投稿になります。

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