ようこそ!迷宮ダンジョンへ③
「ちょ、ちょと、待って。今……なんて? ちょ、え? あ〜、ねぇ、えっと……うん。その、良く聞こえなかったみたい。もう一度、自己紹介をしてもらえる?」
「美人の頼みなら、喜んで。ゆっくり言った方がいいかな?」
「えぇ、お願い」
「私の名は、シリ、シャ、シスト ・ ディ、スケ ・ ガウ、デーレ」
男が一つ一つ区切りながら名乗った名は、やはり聞き覚えがなかった。ゲーム内に、そんな名前のキャラクターは出てこなかったと思う。でも、WOFをプレイしたのは数年前。メインキャラでない限り、私が覚えていないだけという可能性も捨てきれない。なにせ、WOFのキャラクター名は長いのだ。名前に関しては、自分の記憶ほど信用できないものはない。
「シリシャスシスト・ディスケ・ガウデーレ、シリシャスシスト・ディスケ・ガウデーレ、シリシャスシスト・ディスケ・ガウデーレ……」
男の名前を念仏のように、繰り返す。
「練習してくれているところ申し訳ないけど、私のことは“ジャスパー”と呼んでほしい」
――ん?
「いや、いやいやいや。ちょっと、待って。それ、おかしいから!」
「おかしい?」
「だって、あなたの名前はシリシャスシスト・ディスケ・ガウデーレ。あっているよね?」
「あぁ、あっているよ」
「私の名前は、タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウス。その中の“タイチンルチル”から“ルチル”にしたの。シリシャスシスト・ディスケ・ガウデーレのどこに、ジャスパー要素が入っているの? どう略したら、ジャスパーになるのよ?」
「確かに、そうだね。どう略しても、ジャスパーにはならないかな」
「でしょ?」
「だけど、君には“ジャスパー”と呼んでもらいたい」
「だめ」
カンマ一秒にも満たない速さで、返事をしていた。
「ジャスパーは、だめ。先約があるの」
頭で考えるまでもなく、勝手に口が動いていた。
「…………君の言う“せんやく”は、先に約束があることを意味する“先約”でいいのかな?」
「うん、そう。だから、だめなの」
「……君は、本当に不思議な人だね。名前に先約があるなんて、初めて聞いたよ。ははっ、本当に……うん、わかったよ。それならば、私のことはジャスと呼んでもらえるかな?」
「ジャス、ね」
「先約はない?」
「えぇ。ジャスなら大丈夫。何も問題ない」
「では、改めて。よろしく、ルチル」
「こちらこそ、よろしく。ジャス」
――パキッ。
何かが割れる音がした後、微かに咀嚼音らしき音が聞こえてくる。
ん? 何の、音? ……え?
今……モグモグって、聞こえなかった?
「………ねぇ、何か食べている?」
「うん、お腹が減っていてね」
「いまぁ?! 一体、どういう神経しているの?! 普通、このタイミングで食べる? 少しは、我慢しなさいよ!」
「ずっと、我慢してきたんだよ。長い間、何も口にせずに過ごしてきたが、私にも限界というものがあってね」
「はぁぁぁあ〜〜?! なんで、一人で耐久レースをしているの? 食べる物があるなら、限界が来る前に食べなさいよ!」
「確かに、その通り。私もルチルの意見に、全面的に賛成なのだけど……」
「けど、なにっ?!」
「今の私の周りにあるもので食べられる物は、リガートゥルだけだったんだ」
リガートゥル? 聞いたような名前だけど、なんだっけ? リガートゥル、リガートゥル、リガートゥル、リガートゥル……あぁっ!
リガートゥル!!
思い出した! リガートゥルは、ダンジョン内を探ると出てくるアイテムだ。アイテムといっても、HPやMPを回復してくれるお助け要素は全くない。宝箱を開けたらミミックだった、と同じハズレアイテム。食べると魔法の力を弱める毒の実(見た目は、松ぼっくり。硬いイガイガ部分を割ると、中には小さな黄色い実が沢山詰まっている)で、解毒しないと魔法を使うたびに、ガクッとHPが減少する。しかも、毒の効果はそれだけじゃない。魔法を使わなくても、解毒するまで少しずつHPが減っていくという、ありえないアイテム。そして、ゲーム内だとリガートゥルを見つけただけで食べたことになる。
解毒するには、毒の回復薬を使う。ここで注意が必要なのが、リガートゥルは通常の『毒の回復薬:メントゥム』や『状態異常の回復:メディカー』では解毒できないってこと。リガートゥルには専用の『リガートゥル回復薬:リベラ』が必要になる。リベラは店で購入できるんだけど、値段がものすごく高いの! 本当に高い!! あまりに高額な価格設定に、ネットは大炎上した。だって、PRGゲームをしていて、毒が解毒できなくてゲームオーバーって聞いたことある? ないでしょ? さすがに最初のダンジョンではリガートゥルは出てこないけど、その後に出てくるダンジョンでは頻繁に出てくる。しかも、見つけただけで状態異常になる上に、普通の回復薬は効かないんだから、炎上するのが当たり前だと思う。ネット内の炎は鎮火する気配は全くなく、時間と共に火の力が強まっていった。そのため、公式から『リガートゥルは、白魔法でも解毒できます』とコメントが出されるほどの事態になったのだ。そのせいで、リガートゥルは炎の実と呼ばれることになり、リガートゥルの名を呼ぶことはなくなった。だから、あんなに騒がれたのに、すぐにわかならなかったんだ。
あ~、すっきりした。
補足を加えると、WOFのダンジョン攻略には、白魔法を使える空の民がパーティーにいることが必須条件。空の民がパーティーにいれば、リガートゥルを見つけても何も問題ない。少しMP減少だけで、簡単に解毒される。リガートゥルとは、そんなアイテム。ありえないアイテムだけど、ゲームと違い、現実では見つけただけでは食べたことにはならない。そして、リガートゥルは、口にしなければ無害。何も問題な……い?
――え、ええぇぇぇっっっ?!
リ、リガートゥルを食べたの?
読んでいただき、ありがとうございます。
次の投稿は、17時頃の予定です。