夜の光に照らされて⑤
「今から話すことは、真実かどうか定かではない。それを前提として、聞いてほしい」
「わかった」
「ある鉱山から採れる石を高温で熱し、液体にするとファルマコという丹薬ができるらしい」
ファルマコ? 丹薬? 聞いたことがない。ゲームでも、一度も出てこなかった。
「ファルマコを使えば、自分の望む姿になれる。まことしやかな話だよ」
まことしやか? 本当ではないかもしれないことを本当のように話しているってこと? ううん、真実の可能性はあると思う。"自分の望む姿になれる"は、ゼロの民が宝石の民の“外見”になれることを指しているなら、ファルマコはブリーチ剤の役割のようなもの?
――きっと、そう。
私の髪だって黒に染まっているし、私が暮らしていた世界では黒を他の色に変えることは普通のことだった。この世界にブリーチ剤が存在していても、不思議じゃない。
もし、ファルマコがブリーチ剤だとすれば、色素を抜くことができる。脱色した後の髪なら緑色に染めることは可能になり、自称宝石の民男の髪が鮮やかな緑だったのも説明できる。
「ありえない話じゃないと思う」
「ただの噂だよ」
「火のない所に、煙は立たない」
「え?」
「ファルマコの話は、真実かもしれない。ねぇ、自称宝石の民男に聞きに行かない?」
「行かない」
「どうして?」
「意味がないから」
「どうして?」
「彼をみつけられてとしても、彼が真実を言うとは思えない」
「鳴かぬなら鳴かせてみせよう、ホトドギス」
「え?」
「言わせればいいのよ」
「……さっきの反省は?」
「別に、喧嘩を売りに行くわけじゃない。ただ、話を聞くだけ」
「ファルマコが本当に存在する、と仮定する」
「うん」
「なぜ、ファルマコが世間に広まっていないと思う?」
確かに、そうだ。そんな物があるなら、爆発的に流行していてもいいはず。レーナも宝石の民に憧れる気持ちもわかるって言っていた。きっと、ゼロの民で髪を染めたいと思っている人は多いだろう。それなのに、噂程度しか広まっていないなんて、おかしい。
もしかして……
「副作用がある、とか?」
「強い中毒症状があり、精神異常や異常行動を起こす者が次々と現れ、命を落とす者もいた」
「本当に?」
「さぁね、真偽はわからない。言っただろう? 噂だと」
「やっぱり、気になる! 聞きに行……」
「行かない」
「ジャス! 聞くだけよ!」
「聞いて、どうする?」
「だって、気になるじゃない。ジャスは、気にならないの?」
「関わらないほうがいい」
「また、それ?」
「ファルマコが実在して、副作用がないとしたら?」
え? ファルマコがあって、副作用がない?? それって……
「わざと、副作用の噂を流した?」
「その理由は、なんだと思う?」
理由? わざわざ噂を流す理由があるとしたら……流したのは、髪を染められることが嫌だと思う人。
「もしかして、宝石の民?」
ジャスは何も言わず、片眉だけを動かした。
「でも、どうして? だって、髪色を変えても、ゼロの民が宝石の民になることはない。髪色を変えたところで、魔法が使えるようにはならない。髪の色で判断できなくなっても、根本は変わらない」
「そう思う?」
え?
「髪色を変えれば、魔法が使えるようになるの?」
「まさか。私が言いたのは、そこではない」
「じゃあ、どこ?」
「いつの世も、人は自分こそが特別な存在でいたいと思う生き物だからだよ」
「……自分たちの外見に近づくことが気に入らない、ってわけね」
「ルチル、最初の仮定を思い出して。ファルマコがあれば、の話だよ」
「ジャスは、ないと思うの?」
「興味がない。髪を染めようと思ったことのない私には、関係のない話だからね。ルチルにとっても、そうだろう?」
「まぁ、そうだけど……気になる」
「過剰な好奇心は、身を滅ぼす」
「……はいはい、わかりました」
確かに私には関係ないことだし、髪の色で宝石の民かゼロの民かを判断するWOFの世界では、丹薬扱いされているのも納得だしね。髪を染めて、宝石の民のフリをしている人がいたところで、別に気にすることもない。まぁ、ちょっとは気になるけど。
「あ~あ、せっかく来たのに店は閉まっているし、もう帰ろう。早く、この服を脱ぎたい」
「もったいない。よく似合っているのに」
「はいはい。それは、どうも」
「黒髪もよく似合っている」
「……ありがと。複雑な気持ちだけど、やっとルチルになれたって気分」
ゲームのルチルは髪を染めることなく、フードを被ったままだった。最後に自分の中にある魔法を見つけたことで、フードを取った。魔法の使える自分は、アヴォンではないと。
タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウスは、宝石の民であることを捨てたくなかったのだろうか? ゼロの民になるという選択肢は、彼女の中にはなかったのだろうか?
「ルチル、今日にするよ」
「今日? 何の話??」
「私の誕生日だよ」
「え?」
「明日ではなく、今日にする」
「いきなり、どうしたの?」
「今日が、ルチルが生まれ変わった日だから」
すぐに言葉を返せなかった。なんだか、頬のあたりが微笑むようにむず痒くなってくる。
「……誕生日、おめでとう」
やっとでた言葉は、少しかすれていた。それが、無性に恥ずかしくて、すぐに言葉を続けた。
「急だから、何も用意してない」
「何もいらないよ」
「それは、だめ。誕生日には、お祝いをしないと……」
今からプレゼントを用意するのは難しいけど、誕生日に何もしないなんて……その時、ふわりっと美味しそうな温かい匂いが鼻孔をくすぐった。無意識に目が匂いの元を探して、動き出す。そして、足も自然と匂いにつられて動き出す。
少し歩くと、『カロー・ウィトゥリーナ』と、窓に書かれた店があった。白いドアは両開きで、閉じないように色とりどりに花が咲く植木鉢で押さえられていた。
「カロー・ウィトゥリーナは、クィーンクェで一番人気のお店だよ」
ジャスの言葉に、匂いにつられて来たことを思い出した。
「何が有名なの?」
「ムース・ラットゥス」
「……ラットゥスの肉を使った料理?」
「そうだよ。玉ねぎとラットゥスの肉を詰めた皮でつつんで茹で、トマトソースをかけて食べる」
「決めた! 誕生日のお祝いに、ジャスに食事をごちそうしてあげる!!」




