夜の光に照らされて④
ひと際大きな、緑色のドアの建物。ドアの横には『良心の店:クオダム・ディエー』と書かれた立て看板。ドアの前にぶら下がっている『またのお越しをお待ちしております』の文字を見つめたまま、たっぷり一分間が経過していた。
……こんなことって、ある?
人前で着たくない服で、わざわざ来たのは、替えの服が欲しかったからなのに! 早くこの服を脱ぎたかったのに! これじゃ、ただお気に入りの服を着て、町を散策したかっただけ。えへ♡って、状態じゃない!! 店が閉まるのが、早すぎるでしょ?! どういうこと? 冒険者ギルトのそばにあるなら、二十四時間営業していてよ! 冒険者に優しい店であってよ!
……ん?
待って。服を買えなかったってことは、このまま来た道を帰るってこと? この服でっ?! どんな罰ゲームなのよ。はぁぁ~。一人で何をやってんのよ、私は。
「ルチル、反省する時間だよ」
後ろから、声をかけられる。
「反省している」
目の前の文字を見つめたまま、答えた。聞き覚えのある声に振り返らずとも、誰だかわかったから。
「していない」
「……店が閉まっている。もっと早く来れば、良かった」
「そうだね」
「あいつらは?」
「問題ないよ。楽しいところに、連れて行ってあげただけだから」
「……どういう意味?」
「因果応報・自業自得・身から出た錆……彼らの人生に幸あれ」
「ジャス、あなた……何をしたの?」
振り返って、ジャスを見る。
「何とは? か弱い私に、何ができると?」
ジャスは、優しい笑みを浮かべていた。
ジャスは、きっと何かをした。直感的に感じたけど、それを追求する気にはなれなかった。だって、ジャスが何をしたにしろ、それを咎める気は全くないから。あの二人は、少し痛目を見た方いい。
「……まぁ、別にいいけど。あ~あ、目当ての店が閉店していたから、もう帰ろう」
「その前に、ルチルに言いたいことがある」
「何を?」
「今の君は、武器を持っていない」
「ユーテルを外した方がいいとアドバイスしたのは、ジャスでしょ?」
「アクスも身に付けていない」
「この服に、アクスを付けた方が好みなの? それって、あまりいい趣味とは言えないわよ」
「ルチル、私の言いたいことを理解しているだろう?」
「…………わかっている」
「相手は武器を持っていて、君は持っていなかった」
「買い物に行くだけだから、身につけなくても大丈夫だと思ったの。ごめん、私の考えが足りなかった。反省する……けど、後悔はしてない。今の私は弱すぎるから、もっと鍛えないと」
「そういう話をしているわけではない」
「そういう話よ」
「君は強い。それは、私も認めている。だけど、無理はしないでほしい」
「無理なんてしてない」
「ルチル」
「してない、つもり。私は『勝算がある』と判断したから、行動したの」
ジャスは何も言わず、顎だけで言葉を促してきた。
「相手は私の存在に気づいてなかったし、気がつかれる前に、男の利き手を押さえた。だから、男は剣を抜くことはできない。もう一人の男も、あの距離じゃ剣は振るえない。剣をふるうには、あの路地は狭すぎる。それに、あの路地は表通りからは近い場所だった。あんな場所で、私を切りつけるとは思えない。今の私の姿を見て。何かあれば、経緯はどうであれ、私が被害者扱いされることは間違いないし、そのことに気がつかないほど、あの二人はバカじゃない。彼らは、きっと冒険者よ。クィーンクェで騒ぎを起こしたら、何かしらの罰を受けることになるかもしれないと考えるはず」
冒険者になるためには、冒険者登録が必須。登録は冒険者ギルドで行われ、晴れて冒険者になると冒険者ギルドのある町では様々な恩恵が受けられる。まずは売買価格の割引や割り増し。宿泊や食事の補助もある。そして、その割引も補助も町の協力があるからこそ、成り立っているからこそ、ギルドのある町では冒険者への管理が特に厳しい。
「それに、見て。私は、どこも怪我をしていない」
「結果論だよ。君が怪我をする可能性もあった」
「そうだけど、今の私は無傷。これからは、気をつけるから」
「……君は、何もわかっていない」
「どういう意味?」
「相手は、宝石の民だった」
「あの男は、宝石の民じゃない! 宝石の民のフリをしていただけ!!」
「そうだね」
「ジャスも……わかっていたの?」
「彼は、どこの民のフリをしていたと思う?」
え? どこの民のフリをしていたか?
あの男は……革鎧を着ていて、剣を持っていて、緑の髪をしていた。革鎧を着用するのは、森の民と水の民。そして、剣を使うのは火の民と空の民。装備品では、どこの民なのか特定できない。だけど、あの男の髪は緑だった。緑の髪色の民なんていないけど……
「すごく言いたくないけど、あの男は……森の民のフリをしていたんだと思う」
「正解」
やっぱり?
だけど……
「………クオリティが低すぎない?」
「彼らは、きっと森の民を見たことがないのだろう」
「だからって、あれはひどすぎる」
暗かったけど、違和感が半端なかった。瞳の色は暗くて、よくわからなかったけど、あの髪はひどすぎる。どうして、あんなふざけた色にしていたの?
「森の民の髪色は、朽葉色。朽葉色は落ち葉の色だから茶色なのに、なんで緑に?」
「森の民は閉鎖的な民だから、その姿を見た者は少ない。森の民の宝石色は緑で、朽葉色の“葉色”の部分だけが伝わったのかもしれない」
「葉の色だから緑って、安直すぎない? それに、あんな緑色の髪で信じる人がいることが、信じられない。不自然すぎるでしょ?!」
「黒以外の髪色をした人は、宝石の民。それが、ゼロの民の認識なんだよ」
それって、さすがに……
「……大雑把、過ぎない?」
「それだけ、宝石の民は少ないってこと」
少ないにしても、あの色はさすがに無理があるでしょ? と言いたいけど、さっきの彼女も自称宝石の民男が宝石の民だって信じていたみたいだし……そういうものなのかもしれない。全く納得できないけど。
「ジャス、根本的なことを聞いても?」
「何かな?」
「どうして、宝石の民のふりをするの? 髪を染めたところで、魔法が使えるようになるわけじゃない。すぐにバレることなのに、どうして?」
「ゼロの民にとって、それだけ宝石の民は特別ということだよ。いつの世も、人は特別な存在になりたいと願う生き物だからね」
「一括りにしないで。私は、普通になりたいと願ってきたわよ。でも、私もやっていることは自称宝石男と同じだ……ん?」
「ん?」
「待って。おかしくない?」
自称宝石の民男の髪色は、かなり不自然だった。絶対に、地毛じゃない。だけど、レーナは『黒髪は他の色には染めることはできない』って言っていた。たぶん、それがこの世界の常識。
だけど、男の髪は黒ではなかった。ありえないくらいに、鮮やかな緑色だった。まるで、新緑の葉っぱのように。
「あの宝石男は、ゼロの民だよね?」
「十中八九そうだろう」
「ゼロの民は、全員が黒髪」
「そうだね」
「黒髪を他の色に染めることはできないって聞いたんだけど、染める方法があったりする?」
「…………」
ジャスは、何も答えない。私に嘘をつかない、とジャスは何度も言っていた。ということは……
「うそ、……できるの?」
「……」
私の質問に答えようとしない。
「ジャス、答えて。黒髪を染める方法があるの?」
「……私も詳しくは知らない」
「知っている範囲内でいいから、教えて」
「噂程度で、聞いたことがあるだけだよ」
「それでいいから」
ジャスは一度口を開いて、また閉じる。そして、わざとらしく大きなため息をついてから、再び口を開いた。




