夜の光に照らされて①
「ルチル、息を飲む美しさだ」
「…………」
「君の魅力に、心を奪われたよ」
「…………」
「とても、よく似合っている」
「調子が良いことばかり言うのはやめてって、何度も言ってる!」
「私も何度も言っているが、私は心のまま言葉にしているだけだ。美しいものを美し……」
「黙って! それ以上言ったら、口を縫い付けるから!!」
すると、ジャスは、ちょっと顎を引いて、しばらく私を上から下まで眺めまわした。今にも、どこからから定規を持ってきて測り始めるんじゃないかというくらいに。
「うるさい」
「それは、何とも不思議なこと。私は、何も言っていないのだが?」
「目がうるさいのよ!」
「とてもよく似合っているが、少し瘦せすぎだな」
「喧嘩、売ってんの?」
「心配している。もう少し、食事量を増やした方がいい。ここ数日、あまり食べていなかっただろう?」
「別に体調が悪いわけじゃないから、問題ない。誰かさんが沢山食べるせいで、一緒になって食べ過ぎたの。だから、今は食べる量を調整しているだけ」
「なぜ? ルチルは、細すぎるくらいだよ」
「私は魔法が使えない。だから、太るわけにはいかない」
「? その二つに、どんな関係が?」
「体重を落とせば、その分スピードが上がる。私の周りにいたのは、魔法でドーピングしている森の民しかいなかったから」
「ドーピング?」
あぁ、ドーピングは知らないか。
「えっと……自分の肉体じゃなくて、魔法の力を使って早く走ったりしているってこと。魔法を使う相手と互角に渡り合うには、軽い体が必須条件。かといって、ただ体重を落とすだけじゃダメ。スタミナがなくなっちゃうからね。体重を落としつつ、必要な筋肉強化をする。そして、自分にとって一番動きやすい状態を保つようにしているの。わかった?」
「君は、強いな」
「負けず嫌いなだけ。だって、悔しいじゃない」
「ルチル、君は素晴らしいよ。ルチルを例えるなら、花の女王と呼ばれるバラの精だ。いや、雅やかな芍薬も捨てがたい。あでやかな花姿は、気品と風格を漂わせているルチルによ……」
「だから、黙って!!」
「では、話を変えよう」
「どうして、そうなるのよ? 少しは、私の言うことを聞いてくれていいと思うんだけど」
「私は、いつもルチルの言葉を聞いているよ。だから、気になることがある。さっき、ルチルは『身支度を整えたら、素材を売りに行く』と言っていたはずだが、肝心の荷物はどこにあるのかな?」
……そうきたか。確かに、ごもっとも指摘だと思う。当初のプランでは身支度を終えたら、素材を売りに行く予定だったから。でも、今とさっきとでは状況が違う。気持ち的には、今も変わらずに素材を売りに行きたい。重いリュックから解放されたいけど、レーナが貸してくれた服が……それを困難にした。
では、ここで質問!
今の私は、どんな服を着ていると思う?
(チクタック、チクタック……)
……やばい。レーナと一緒にいたせいで、感化されている。気をつけよう、ほんと。
よし、気持ちを入れ替えて! 今の私の服装を説明しよう。今の私は……ベリーダンスの衣装を想像してくれれば、誤差はあまりないと思う。補足するなら、ピンクと紫の二色を基調の服で、スカートの裾は濃いピンクで縁取られている。ふわふわと軽いシフォン素材だから、歩くたびに揺れる。胸元と腰には金色の刺繍、そこに裾と同じ濃いピンクの飾り紐がアクセントとなっている。もちろん、今はユーテルもアクスも身に着けていない。
どう?
映像として、見えてきた?
そこまで映像化できたら、追加で人の多い町で、ベリーダンス衣装で歩くというシュールな映像まで思い描いてほしい。今の私の気持ちを理解できるでしょ?
これは、新種のいじめなのではと疑う気持ちが沸いてもおかしくないでしょ? 嫌がらせ? 知らず知らずのうちに、レーナに何かした? 彼女を怒らせてしまった??
そのどれもが、全くの的外れ。
むしろ、そうであった方が良かった。そうであって、欲しかった。そうであれば、謝って服を脱ぐことができたのだが……残念ながら、違った。私に服を渡したレーナは、自分も私と色違いの服を着て「双子コーデね」と笑ったのである。急に、日本に戻ったのか? と疑う言葉に、文字通り言葉をなくした。しかも、レーナは「これが、今の流行りなの。若い子達の間では愛されコーデって言ってね……」と服の長所が語られたのだが、頭に入ってこなかった。
脱ぎたい。
今すぐに、着替えたい。
と、言えたら良かった。空気が読める女なので、嬉しそうに楽しそうに話をするレーナに何も言えなかった。なんなら、「可愛いね」くらい言ってしまった気がする。
だから、町を散策してくると言って、冒険者ギルドのそばにある大型店に向かおうとした。そして、宿を出たから私を待っていたかのようにタイミングよく、ジャスが現れ、現在に至る。
「ルチル?」
「この格好で、リュックを背負っていたら目立つでしょ! 目立ちたくないの」
「目立ちたくない? それは、難しいのでは? ルチルは、とても美しいから」
ジャスの言葉は、あながち間違っていない。ルチルを"美人か"、"美人じゃないか"のどちらか二つに区別するのであれば、美人の部類に入る。当たり前だ。ルチルはゲームの主人公なのだから、わざわざ不細工なキャラクターにする必要はない。だが、美人と言っても、常識の範囲内の美しさなのだ。目の前にいる美の規格外男に言われると、嫌みに聞こえる。
「ムカつくから、黙っていて! それと、フードを被って」
「どうして?」
「目立ちたくないって、言っているでしょ! 本当に、話を聞いてないんだから。ジャスは、いるだけで目立つの。自分の顔が他の人に与える影響を考えてよ。今だって視線で射抜かれているのがわからないほど、鈍感なの?」
「うわぉお」
「何よ?」
「褒めてくれて、ありがとう」
「はぁ? 私が、いつ褒めたのよ?」
「私にフードを被れ、と言った真意を教えてほしい」
「……別に、褒めたわけじゃない」
「嘘は、よくないよ。でも、ルチルが私の顔を気に入ってくれているとは知らなかった」
この世のものとは思えないほど完璧な顔したジャスは片眉をあげると、わざとらしく私を見た。
「そんなこと言ってない!」
「ふ〜ん」
「いい、よく聞いて! 私は、個人的意見を述べたわけじゃないの! 一般的な意見を言ったの! この違い、わかる?」
ジャスは無言で、フードを被る。だが、上下に動く肩が、何も言えないだけだと教えてくれる。それが、また腹が立つ!!
――本当、人の話を聞かないんだから!
私はジャスの顔が好きなんて、一言も言ってないっ!!




