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ようこそ!迷宮ダンジョンへ①


 右を見る。

 ――真っ暗。


 左を見る。

 ――真っ暗。

 だけど、ほんの少し、風の流れを感じる。



 考えるまでもなく左に進むと、すぐにまた分かれ道となった。


 ……もう、嫌だ。


 泣いてどうにかなるなら、恥も外聞もなく、子どもように地べたに這いつくばって泣きたい。だが、疲れ切った頭でも泣いたところでどうにかなる問題ではないことはわかる。むしろ、体力の無駄使いでしかない。


 すぅ~と、意識的に大きく息を吸う。そして、今度は静かに息を吐く。



 右を見る。

 ――真っ暗。


 左を見る。

 ――真っ暗。



 どうする? どっちにする?

 それとも……


 後ろを振り返ると、オレンジの光が来た道を教えてくれている。腰の巾着がかなり軽くなってきているから、ステラエの数は多くはないだろう。

 ステラエとは『ステラエ・ノクトゥルナエ』という暗闇で光る石のこと。太陽の下では普通の石だが、暗闇ではオレンジ色に発光する。ダンジョンに入る前に、たくさん集めたのに、まだ目的を達成していないのに、足りるだろうか?


「ゲームとは、全然ちがうじゃない!」


 ゲームでプレイしていた時は、ダンジョンであっても画面上にマップが常に表示されていたし、ご丁寧に現在地を赤マークで教えてくれていた。でも、実際はどこを見ても岩しか見えない。正直、どこを歩いているのか、現在地がどの辺りなのかもわからない。この道が合っているのかさえ、わからないのだ。


「まだ、物語が始まってもいないのに」


 そう、まだゲームは始まっていない。現時点をゲーム内の時間軸でいうなら、プロローグ部分。そこから、前に進めていない状態なのだ。今の状況を説明する前に、ゲームの内容の話からしよう。まずは、ゲームのタイトルから。

 タイトルは、『ワールド・オブ・ファンタジー ~星の降る夜に、宝石はきらめく。しかし、その瞳には光が映らない』(略して、WOF)

 RPGゲームの王道の“剣と魔法”の世界の物語。少し違うとすれば、主人公が勇者ではないということ。そして、ゲームのオープニングは、世界の始まりの話から始まる。


 遠い昔、この世界は闇に包まれていた。世界を支配していたのは、闇の王。人々は怯えながら、神に祈りを捧げた。すると、世界に四つの宝石の泉が現れ、四人の若者に魔法の力を与えた。四人の若者は闇の王に戦いを挑み、見事勝利した。人々は歓喜し、世界に平和が訪れた。自分たちの故郷に戻った四人は、自分たちの国を作り、その国主となった。そうして、世界は火の民が暮らすルベウス、空の民が暮らすサフィルス、水の民が暮らすクリソベリル、森の民が暮らすスマラグドスの四つの国に分かれた。

 ゲームの主人公は、森の民である十八歳の少女。タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウス。(この無駄に長い名前は制作陣の謎のこだわりで、ゲーム中も略されることなく表示され、登場人物全員が早口言葉のような名前ばかり。そのせいで、ゲームが一世を風靡した大ヒット作なのに、私の周りでキャラクターをフルネームで呼ぶ人はほとんどいなかった。たまに、全部言えると自慢する人がいたが、私には無駄なことに頭を使っているとしか思えなったし、覚える気もなかった。だから、私は彼女をルチルと呼んでいた)

 ルチルが暮らすスマラグドスは、樹齢千年を超える森の中にある。森の民は成長木の上に建てられた家に住み、風属性の魔法を操る。彼らはスピードを生かした攻撃をするため、身に着ける防具は柔らかいスフトレザーの胸当てと籠手のみ。物理攻撃する時は、ユーテルという爪状の武器(普段から手の甲に装着している)を使う。そして、ルチルも同じ装備を身に着けて戦うが、彼女の攻撃は他の森の民とは違う。


 ルチルは、猛獣使いなのだ。


 なぜ、ルチルだけが猛獣使いなのかというと……彼女は森の民であるにも関わらず、魔法が全く使えない。そんな彼女がプロローグで出会うのが、カンババジャスパーという名のとっっても可愛いモフモフちゃんである。(もちろん、略してジャスパーと呼んでいた)ジャスパーは、黒い毛に深い緑色の渦潮のような模様がある猫のような生き物で、ルチルの相棒であり、物語のガイド役的存在。

 もっと詳しくジャスパーの姿を説明すると、ピンクの瞳に、猫よりも大きな耳をしていて、顔は小さく、体長はニメートル程。ほっそりとした体だが、その体は筋肉質で引きしまっている。長く、すらっとした足をしていて、スーパーモデルのような美猫! 普通、こういうキャラはマスコット的な小動物で可愛いって感じだけど、ジャスパーは違う。たまに、ちびキャラになった時は『可愛い!』が具現化した姿になるが、普段のジャスパーはツンとした横顔が高貴な雰囲気を醸し出している。


 それは、それは、

 美しく可愛い私の大好きなキャラ!


 当時のジャスパーの人気は高く、様々なグッズが発売され、私もぬいぐるみ(中)を持っていた。等身大サイズも発売されたけど、値段は全く可愛くなかったため、『誕生日プレゼント・クリスマス・お年玉の全てをまとめていいから欲しい。買ってくれ!』と親にねだったが、あえなく撃沈したのは言うまでもないだろう。私が高校生だったなら、必死でバイトして手に入れたと思う。だけど、あの時の私は中学一年生。そして、今やプレミアム価格になっており、数年バイトをしても手に入れられることができない金額になってしまっている。仕方ないことだと思う。等身大ジャスパーは、個数限定のシリアルナンバー入りの剥製のように精密なぬいぐるみだった。いや、最早ぬいぐるみと言える品物ではなかった。限定ジャスパーは、背中に座ることができたのだ! あの時、何が何でも買っておけば良かったと何度後悔した。だけど、何度後悔したところで、時間が戻ることはなかった。



 ……が、



 今の私は、主人公ルチルがジャスパーと出会うダンジョンの中にいる。そして、そして、今の私は主人公のルチルなの!


 ――どうして、私がルチルなのか?


 そんなこと、私に聞かないで。誰よりも、私が知りたい。目を開けたら、ルチルだったのだ。それ以上、説明できることは何もない。私自身、すぐには信じられなかったけど、数日経った時点で受け入れた。というか、諦めた。考えることに。だって、どれだけ考えたところで答えが出る問題ではないのだから。

 だから、気持ちを切り替えることにした。とりあえず、ルチルとしての記憶もあるし、私としての記憶もある。体が完璧にルチルのおかけで、運動神経も体力もルチル仕様。ラッキー♪ と思うことにした。何事もポジティブに考えていくのが、一番。もしルチルじゃなくて、元の自分の体だったら……今日という日を迎える前に死んでいたと思う。


 ありがとう、ルチル。

 ありがとう、私を転生させた神様。


 できれば、選択権が欲しかったけど。ものは考えようっていうし、落ち込んでいても悩んでいても仕方ない。ルチルになったならば、することは一つ!


 ――リアルジャスパーに会う!! 

 

 私には、この一択しかない。そして、そんな私の最大の問題は『ジャスパーのいる場所に、たどり着けるかどうか』である。


「はぁ~~」

 さっきとは違い、大きなため息が出た。


 もう一度、左右を見る。見えるのは、ランタンの明かりに照らされた岩肌のみ。ゲームの記憶をたどろうにも、ゲームをしたのは中学一年の時。面白かったけど、ゲーマーというわけでもなかったから、一度プレイしただけだった。いや、きっと何度プレイしていたとしても、このダンジョン内を記憶している人なんていないだろう。しつこいが、この場面はプロローグなのだ。本当に、さらっと終わっていたのだから。

 でも、現実はダンジョンに入ってからすでに一日が経っている。それと、一つ心配なことがある。ゲームの中でルチルがジャスパーに出会うのは、ルチルが十八歳になる前なのだ。それなのに、今の私はすでに十八歳になっている。

 待って、誤解しないで! もちろん、私は十八歳の誕生日前にダンジョンに入ったからね。だけど、一般人が簡単にダンジョン探索をできると思う?


 答えは、NO。


 一回目の挑戦は、何も準備をしていなかったから、入って数歩で断念。だって、真っ暗で何も見えなかったの! ダンジョンに入るのに、何も用意しないなんてと思うのは簡単だけど、自分が同じ立場だったら? ゲーム中、ダンジョンに行くからって、荷造りしてないでしょ? それに学校の遠足だって、しおりを見ながら準備をしていたでしょ? 行くまで何が必要なのかわからなかったし、ダンジョン内があんなに真っ暗闇だと思わなかったのよ! 

 だから、ランタンやロープ、水や食料、傷薬と必要だと思えるものを片っ端から揃えて再挑戦することした……けど、まだ考えが甘かった。すぐにジャスパーに会えると思ったのに、ダンジョン内で迷いに迷い、食料が尽きて危なく命を落とすところだった。


 そして、今回!


 前回の失敗を活かし、ステラエをかき集め(これが、本当に大変だった!)、食料に飲み水も多めに持って(おかげで、肩がもげそうだからね!)、三度目の挑戦をしているわけである。


 待っていてね!

 私のモフモフ・ジャスパーちゃん!


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

次の投稿は、今日9時頃の予定です。また読みに来てくれたら、嬉しいです。

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