卒業写真
え、何をしてるのかって？
見ての通り、写真の編集だよ。そう、俺、あそこの写真屋の息子。たまに帰省すると、こんな面倒な仕事をやらされるんだ。まあ、うちで一番パソコン使えるの俺だし。
何でこんなとこでやってんのかって、別に俺の勝手だろ。パソコンさえありゃ出来る仕事だし、この時間の市立図書館なんてほぼ人来ないしな。現に今君しかいないわけだし。もう少ししたらお子ちゃま連れたママさんとか来るから、それまでには撤退するさ。
編集って言ってもさ、ぶっちゃけ写真の修正だけどね。ほら、ここ、空に鳥飛んでるだろ。これをこんな風に消したりするわけ。興味ある？ パソコンに画像編集ソフト入れて、あれこれいじってれば君にも出来るようになるんじゃないかな。
え？ うん、そう、これ高校の卒業アルバムになるはずの写真ね。俺もここの卒業生だったけどさ。ま、あんまりいい思い出はないかな。
君、在校生？ 今度卒業すんのかな。じゃ知ってるよな、ここの高校の卒業アルバムって、生徒から委員を決めて、そいつらが写真の選定やらアルバムの編集やらするんだって。まだ受験も就活もあるだろうに、生徒の自主性とやらを重んじる学校はやることが違うね。
まあ本当に生徒だけで作るのは流石に難しいから、俺んちとか外部の色んなとこが協力することになるわけ。そして俺はさらにその下請けをやらされてるってことだな。……ほぼ丸投げされてるとも言うけど。
ああ、この子。次期市長って言われてる市議の娘なんだって？ いかにもクラスのボスやってます、って感じの子だよね。どのページにもこの子が写ってる写真を入れろって無茶振りかまされてんだよな、これが。
……ちょっと怖ーい話しようか？ ついこないだの話だけど、アルバム委員の子が俺んとこ来てさ。なーんか涙目で震えながら言うわけよ。
「修正してもらいたい写真があるんです」
ってさ。
「写っちゃいけないものが写ってて……」
「何それ、心霊写真的な奴？」
「え、ええ、そんな感じで……」
それがこの写真ね。ほら、ここの、すみっこの女の子。ちょっとうつむいて、影薄めで、でもこっちを見てる。なんか、自殺した子なんだって？
これを跡形もなく消して欲しいって。見ているだけで呪われそうだからって。これね、言ってる子は本気で怖がってるんだよ。
――ね、怖いだろ？
だってこれ、君だもんねえ。
俺のかーちゃん、噂を聞き出して来るのが得意でさ。町の色んなこと知ってるわけよ。さり気なくかーちゃんにあれこれ聞いたよ、俺も知らずに変なことすんの嫌だからさ。
自殺したのは本当なんだってね、未遂で終わったけど。それ以来、学校には行けずに保健室やここで勉強してるって。
親がお偉いさんだからって学校側もへこへこしてて、いじめがあってもみんな見逃して。大人も世間も舐め腐ったガキが、女王様気取りでやりたい放題やってるんだってね。俺、うちの学校のそういうとこが嫌いなんだって、改めて思い出したよ。
委員の子が泣き顔だったのも、女王様の命令に背くと今度は自分がいじめられるからだよ。この町はどっちかというと閉鎖的なとこだし、学校は更に閉鎖的だ。同調圧力にはかなわないよ。
だからって、卒業アルバムから君の存在をまるごと消しちまおうってのは横暴が過ぎるよな。この、クラス全員の卒業記念写真からも君を消すよう言われてるけど、消えるのはそっちじゃん？ 君をいじめてたこいつも、取り巻きのこいつらも、見て見ぬふりをしてた他の奴らも担任も。
だからさ、こっそりこんな写真を作ってみたんだ。
他の奴ら全員消した、君だけの卒業記念写真。
この写真、よかったらあげるよ。俺からの餞別みたいなもんだ。
この図書館でコツコツ勉強して、県外の大学を受験する予定なんだって？ 担任にはダメ出しされたけど、親身になって進学を勧めてくれた先生がいたんだ？ ああ、学年主任の。そいつはラッキーだったね。あの学校でまともに尊敬出来る先生なんて、あの人くらいだし。
外に出られるんなら、出て行った方がいいよ。どうせこの町にいてもいいことあるとは思えないし。追われて逃げるんじゃない、君の方からここを見限るんだ。俺はまだ中途半端に地元に関わってるけど、君はどんなしがらみも振り切って行きなよ。
まだちょっと早いけど。
卒業、おめでとう。
