四つ葉を染めて
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふう、四つ葉のクローバー探し、この歳になってもやるとは考えてなかったよ。
話に語られる幸運の象徴。誰だって一度は、これを追い求めることがあったんじゃないだろうか。
男女問わないおまじないとなると、その知名度はけっこう高いものだろう。四つ葉以上の五つ葉以上のクローバーにも、それぞれ意味があるとも聞く。
だが、私はあまりいい思い出がないのだよね、実のところ。あのような出会いをしたのは、ある意味でたぐいまれな運の持ち主だったのかもしれないが……できれば、したくないものだったかなあ。
――ん、その時の話かい?
そうだなあ、なんとも不可解なものなんだが……。
あれはずっと昔。まだ私が小学生くらいの時だったか。
今に比べると、まだまだ家屋も少なくて、住んでいる地域には田畑や野原が広々と残っているところも、珍しくはなかった。
学校帰りに、一部の女子が花摘み……ああ、別にトイレにいくわけじゃないぞ。文字通りの、お花を摘むことに力を入れている姿も見かけた。
四つ葉のクローバー探しにしても、時期によっては特に熱心でね。私自身も、幸運のおまもりに関しては今よりも関心があった。
自分の手でも、いずれは手に入れたいと思っていたのだけど。
そのクローバー探しをしていた、ある日のことだった。
その時はクラスメートの数人とクローバーの満ちる野原に来ていたんだが、少し離れたところに先客がいた。
リボンのついたレディースハットに、白色のワンピース。まるで絵本のページから、そのまま出てきたかのような、いでたちの女の子だったな。
とはいえ、私たちの知る顔ではなかったし、そこまで気にしてはいない。彼女とそれなりの距離を離したうえで、私たちはそこかしこに散って、クローバーを探し始めたんだ。
密集地域だと、案外三つ葉との区別がつきづらかったりする。
互いに肩を寄せ合い、足りない葉の部分をカバーしてくるものだから、一本一本を見定めないといけない。
何本、三つ葉を見送っただろうか。
ふと、私は緑のクローバーたちの中に混じる、白い一本を見つける。
いまだ色素が行きわたっていないのだろうか。それとも、長く陽にさらされるなどして色があせてしまったのか。
判断はつきかねたが、まわりの背が高いクローバーたちをのけてみると、その白いものこそ四方へ葉を広げる四つ葉のクローバーに違いなかったんだ。
これでも構わないかと、手を伸ばしてつかんだところで。
「やめて!」
声とともに、背中をどんと押された。
不意打ちなうえ、衝撃もなかなか大きい。私はまともに踏ん張れず、前へつんのめる形に。
手にはあの白いクローバーが、茎の途中でちぎれたまま握られている。直前に、指を絡めるところまでいっていたんだ。仕方ないことだと思うが……味は悪い。
振り返ると、あのワンピースの少女がいた。
彼女は私を一瞥してくるが、その見慣れないほっそりとした顔をすぐに落とし、私の手を見やってくる。
――彼女の顔、かい?
うーん、確かに見たはずなんだが、思い出せない。どうもぼんやりとして、細かい造形が頭に浮かんでこないんだ。特徴のない、十人並みのものだったのか、あるいは私が忘れっぽいのか。
ひとまず、彼女は私の手に握られたクローバーを見ていた。
手をぐっと握られたかと思うと、すさまじい力でクローバーをもぎ取られたよ。どんな男友達の握力よりも強烈だったよ。
彼女に奪われた、白かったはずのクローバー。その葉のひとつがどうしたことか、真っ赤に濡れていたんだ。その葉の下から、今もしとどにしずくを垂らすくらいに。
てっきり、自分の出血によるものかと、手を見たけれど傷はひとつもない。もちろん、彼女の手のひらにも。
「だから、やめろといったのに……!」
いかにも、責めるような口調で再びこちらを向いてくる彼女に、私もいささかむっとした。高慢さが見えて、好きな人種とはいえない。
が、続く発言の突拍子のなさに、私は目を丸くする。
「あなたの知り合い、今ので一人散ったよ」
彼女はもぎ取ったクローバーを私に投げてよこす。あの一葉だけ、真っ赤にそまったクローバーを。
「これから三日、あなたの知り合いが一日に一人ずつ消えていく。そのたび、このクローバーの葉っぱはどんどん赤くなっていくよ。
そして、最後にはあなたがいなくなる。もし、それが嫌なら四日が経つ前にクローバーを見つけるんだね。このクローバーみたいに、白いやつをさ」
返事も待たず、一方的に叩きつけながら彼女は私に背を向ける。
この場で首をかしげた私も、ほどなくみんなと合流をして、ことを知ったよ。
一緒にクローバーを摘みに来ていた友達のひとりが、行方不明になってしまっていたんだよ。
私たちの誰も、その子がいなくなる瞬間を見ていなかった。
勝手知ったる地元のこと。まさか迷子になっているはずがないと、近辺でその子がうろつきそうなところを見て回ったよ。
でも、どこにもいなかった。家にも帰ってはいなかった。
その子は、行方不明になっていたんだよ。
次の日のクラスは、いなくなった子のことで持ちきりだったが、私はひとり自分の席でランドセルの中に持ち歩いているものをのぞいていた。
あの、白い四つ葉のクローバーだ。
透明なビニール袋に入れて、葉についているものが他のものへくっつかないようにしていたが、その葉の2つ目。
最初は下向きのものが赤くなっていたが、2つ目は向かって右側の葉。これがいまはすでに、半分ほど赤く染まっていたんだ。昨日まで、そのようなことはなかった。
――あなたの知り合いが一日に一人ずつ消えていく。そのたび、このクローバーの葉っぱはどんどん赤くなっていくよ。
あの女の子の言葉を思い出す。
もし、あれが本当なら、これが染まりきった暁には……。
放課後。
私はまた、あそこの野原へ足を運んでいたよ。
彼女がいれば話を聞きたかったが、そううまくはいかず。私以外に、クローバーを探している者はいない。
白いクローバーを見つける。いま、汚れているのの、元の色に劣らないものを。
そう私は躍起になるも、門限の間までにそれを手に取ることはかなわなかった。
そして翌日。あのクローバー探しに付き合わされた子の、別のひとりがいなくなったのを知ったよ。
いよいよ、話が信ぴょう性を帯び始めた。
私は時間の許す限り四つ葉のクローバーを探すも、見つからず。
その間も四つ葉は、残りの葉も赤く汚していき……また、あの日付き合ってくれた子の2人もいなくなっていたんだ。
短期間に4人の子供がいなくなったとなれば、これは事件の臭いよりないだろう。
子供たちは早めに学校から帰されることになり、彼らと関係の深くない子たちには喜びの時間であったろうことは、想像に難くない。
でも、私にとっては分かりやすく決められたリミット。背中をせっつかれたのも同然だ。
女の子の言葉通りに、ここまでことが進んでいる。
ならば、次に訪れるのは、私自身の消失だ。
ランドセルの中、四つの葉すべてが赤く染まったクローバーを見て、のどからせりあがってくるものがあったよ。
でも、それをどうにかこらえ、例のクローバーの野原へ向かったんだ。
「来たね」
私の大捜索プランは、始まる前に終わった。
うつむき気味で訪れたその野原で、クローバーたちを見やるより先に、私へ声をかけてきた声があったんだ。
彼女だった。
真っ白かったはずのワンピースに、ところどころ袋から弾け出たような赤いシミがついていたからね。驚いたさ。
だが、その色は私が当初からクローバー相手に見てきたのと同じ色合いだったから、直感したよ。
このクローバーの色、彼女が自分でつけたものだとね。
あのときのやりとり、なぜ私を責めるような物言いだったのかは、分からない。
危機感、責任感を募らせる策略か、あるいは別な意味があるのか。
いずれにせよ、私は彼女にどのようにかしてハメられた状態らしかった。
「君がここに来た理由。これでしょ?」
彼女はその手に、私があの日、手に取ったのと同じ、白い四つ葉のクローバーを持っていたんだ。
私はランドセルを下ろし、中からビニール入りの四つ葉のクローバーを取り出してみた。
すでに葉を四つ染めた赤い液体ではあるが、まだ勢い止まず。ビニールの底に赤いものがいまだかさを増してきていたんだ。
そして、それをじっくり見やることもできない。
手からビニールが落ち、野原へ転がってしまう。
離したつもりはなかった。私の手そのものがそこになく、袋は重力に従い、落ちたに過ぎなかったんだ。
私は消えかけていたんだ。手首を過ぎ、肘を過ぎ、肩にかかり……。
服はそのままだ。肉体だけが、粒のひとつも残さず、痛みもなく、どんどんと消えていく……。
きっと、みんなもこうして消えていったんだ。
もし、ゆっくりと消えていく様を見せられていたら、私はこうも落ち着いていられなかったと思う。
だが消失はあまりに早く、すでに私は半身を失いかけていたんだよ。
「消えたくない? 消えたくないよね? だったら、これは交換条件。あたしのクローバーと君のクローバー、取り換えよ?」
これも彼女の策だったのか。
ほとんど考えがまとまっていない私の、反射的なうなずきとともに、彼女は白い四つ葉をこちらへ投げてよこし、すぐさま赤く染まったクローバーをビニールごと拾い上げたんだ。
とたん、私の腕が虚空から突然あらわれた。たちどころに、身体が元通りになったんだよ。
そして、遠くないところから次々に起こるのはうなり声と、立ち上がる姿。
行方が分からなくなっていた、あの4人だったんだよ。彼らは自分たちがいなくなっていたことも意識せず、いずれもちょっと眠っていたかのような感触だったらしい。
彼女が私たちを通じ、何をしようとしていたかは分からない。
ただ、そのときの機嫌次第で私たちを、いともたやすくもてあそぶことができてしまう、何かがいる、というのを私は考えるようになったのさ。