ある晴れた秋の日に
『石~焼きいも~♪』
甘い香りと共に聞こえてくるレトロな音楽。
「あら、もうそんな季節なのね。ねえ秋穂、買っていきましょうか」
「うん」
英字新聞に包まれたホクホクのサツマイモをお母さんと食べながら帰る。ちょっとお行儀が悪いけれど、その背徳感がスパイスになるのよってお母さんが笑う。
「昔は落ち葉で焼き芋を作ったものよ」
「あ、知ってる、お話で読んだことある」
絵本で読んだ焼き芋、美味しそうだったなあ……。
「ねえ、お母さん、私もやってみたい」
「残念だけど今は難しいわね」
「どうして? お母さんもやってたんでしょ?」
「昔はね。でも、焚火をすると有害物質が放出されることがわかって、火事の危険があるから、今は勝手に落ち葉を燃やすことは禁止されているのよ」
「そうなんだ……がっかり」
出来ないと思うと余計に気になるんだよなあ。
「秋穂ちゃん一緒に帰ろ」
「うん」
いつもの帰り道、事故があったみたいで通行止めになっているみたい。
「どうしようか?」
「裏の神社を通り抜けて行こうよ。どんぐりも拾えるし」
「良いね」
優菜ちゃんの素敵なアイデア。どんぐりでアクセサリー作ったり、お団子作ってもらうのも良いよね。想像したらワクワクしてきた。
「……あれ? おかしいな……そろそろ神社が見えてくるはずなんだけど」
「そうだね……もしかして道間違えた?」
脇道に入ってからしばらく歩いたのに、一向に目的の神社が見えてこない。
「どうしたんだい、お嬢ちゃんたち」
人の良さそうな白髪のおじいさんが声をかけてくれた。
「あの……神社に行こうと思ったんですけど、道間違っちゃったみたいで……」
「神社? ああ、それなら一本道を間違えたんだね。このまま進んだら離れてゆくだけだから戻った方が良い」
「ありがとうございます。そうします」
結構歩いてきてしまったから大変だけど戻るしかないんだけど――――
「あの……もしかして、それって焼き芋ですか?」
落ち葉が大量に詰まったゴミ袋がいくつも置いてあって、道の脇にある側溝の中では落ち葉がパチパチと音を立てて燃えている。
「その通り、もうすぐ焼けるから食べて行くかい?」
おじいさんがにっこりと微笑む。
「本当ですか!! ぜひ」
「わ、私も!!」
「ははは、元気が良いね。ほら、見てごらん、あの灰の中に芋が入っているんだよ」
「へえ……」
てっきり火にあぶって焼くのかと思っていたから、なんだか想像とは違った。
「そうだね、焼くというよりは蒸し焼きにするんだよ。こうやって芋を濡れた新聞紙でくるんで、アルミホイルで包むんだ」
おじいさんが実際にやってみせてくれる。なるほどね。
「あ……良い匂いがする」
「お芋の匂い!!」
優菜ちゃんと二人でしばらく火を眺めていたら、なんだか甘い香りがしてきた。もうすぐ焼けるのかな?
「この竹串で芋を刺してみてスーッと入るようなら出来上がりだ。やってごらん」
「はい……やってみます」
灰の中を探ると、アルミホイルで巻かれたサツマイモがたくさん!!
竹串を刺してみると、気持ち良いくらいに抵抗なく刺さった。
「おじいさん、刺さりました!!」
「うん、良い頃合いだね、熱いから気を付けて。今温かいお茶を入れてあげる」
魔法瓶から温かいほうじ茶の香り。そして焼き芋の甘い香りがたまらない。
「どうぞ召し上がれ」
「「いただきます!!」」
アルミホイルを剥がすと新聞紙に包まれたサツマイモ。半分に割ると黄金色の景色が目の前に広がる。
熱々の芋からは大量の湯気が立ち昇って――――
あれ? 前が見えなくなって――――
「君たち大丈夫?」
「……え?」
気付いたらお巡りさんが心配そうに私たちの顔を覗き込んでいた。
慌てて周りを見回すと、どうやら私たちはベンチで眠ってしまっていたらしい。
「あの……焼き芋は?」
「焼き芋?」
キョトンとするお巡りさん。
「そうか、落ち葉で焼き芋ね……懐かしいな」
聞けば昔この辺りにお巡りさんの実家があったらしい。秋になると毎年側溝でお祖父さんが焼き芋を作ってくれたんだと教えてくれた。
「それじゃあ……私たちが会ったおじいさんって……」
「もしかして……幽霊!?」
「あはは、焼き芋の幽霊かい? そうかもしれないね」
焼き芋の幽霊、なんだか可笑しくて笑ってしまう。
「でも……どうせだったら食べたかったな……」
「うん……あと少しで食べられたのに……」
今度は急にお腹が空いてきた。
「うーん、それは残念だったね。でも……そうか、焼き芋ね……よし、僕に考えがあるから楽しみにしていて」
何かを思いついたのか楽しそうに笑うお巡りさん。
そして秋が深まってきた翌月――――
『落ち葉で焼き芋大会 イン 東山神社』
神社の落ち葉拾いを手伝って焼き芋を体験できるイベントが行われることになった。
毎年落ち葉の処理に困っていた神社側も大喜び、警察や消防も協力して火の扱いや火事の恐ろしさも学ぶことが出来るし、街の大人たちからも懐かしいと歓迎されている。
もちろん、発案はあのお巡りさんだ。
「わあっ!! ほっくほく」
一生懸命お掃除をして、疲れて冷え切った体に熱いほうじ茶が染みわたる。ひんやり冷たい空気の中で食べる温かい焼き芋は思っていた以上に美味しく感じた。
「美味しいだろう?」
「……え?」
おじいさんの声が聞こえたような気がした。
「はい、とっても美味しかったです」
びゅうと風が吹いて落ち葉が大空へ舞う。
秋が終わり、もうすぐ冬の足音が聞こえる。