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9.先のことを考えるよりも今の生活を楽しみたい

 遥か遠い昔。

 魔物の国との境には、白防壁ではなく、申し訳程度の土塀が築かれていた。

 そして一定の間隔ごとに、大勢の騎士や神官が常駐していた。

 だから魔物も国境にはほとんど近づかなかった。


 わざわざ騎士や神官たちと一戦交えるよりも、遠回りでも人気のない森を抜けて侵入する方が楽なのだ。それくらい、魔物でもわかる。



 ――魔物は北からやって来る。



 太古の昔からそう言い伝えられている。

 だから物理的に北の国境を遮断し、人々を安心させるために防壁が築かれた。



 白防壁がある今世でも、ごくたまに魔物が出現する。

 壁があるのは平地の上だけ。

 この地に人の手で管理できない山や森がある以上、魔物を根絶やしにすることは不可能だ。 

 そして過度な欲望に嫉妬、怨念といった、人間から発する負の感情がなくならない限り、気の澱みはやがて瘴気へと変わる……。

 


 大聖女としての力をもってしても、人間の有り様までは変えられない。

 いや、そこまでは光の神でも踏み込むことはできないだろう。






「またここにいたのですか。あなたは本当に白防壁が好きなのですね。私以外に夢中になる人がいるとは驚きですが」


 本当にどうしてだか。

 気がつけばこうして白防壁を眺めている。

 そしていつもサヴァス様に見つかる。



「好き――というか。つい足が向くのです」

「うーん。それを好きと言わずして何と言うのでしょう?」

「そう……ですね」

「あははは。どうしました? 何か悩み事でも?」


「サヴァス様。私は将来、何になったらいいのでしょう? ベネディクトは騎士になるそうです。デメトーリとは、そういう話をしたことがないので知りませんけど。私は――。今までそういうことを考えたことがありません。ちゃんと考えるべきでしょうか?」


 サヴァス様の方を向いて真面目に尋ねると、私の大好きな目尻の下がったニコニコ笑顔で答えてくれた。



「あなたは物心ついた時から、ずっと緊張した生活を強いられてきたのです。これまでやりたくても出来ずに我慢していたことなどはないのですか? 羨ましいと感じたこともあるでしょう?」


 うーん。どうだろう。

 すぐには思いつかないけれど、確かに、同じ年頃の子どもたちと遊んでみたかったかな。

 でも今からそういう相手を見つけて遊びたいかと問われれば違う気もして――。



「……よくわかりません。羨ましいと感じたことはありましたけど。でも、今それをやりたいかと聞かれたら――。そうでもないような……」

「ふふふ。そうですか。では、質問を変えましょう。今あなたは幸せですか?」

「え?」

「毎日、どんな気持ちで過ごしていますか?」


 私は毎日をふわふわとした気持ちで過ごしている。

 何もかもが夢なんじゃないかと思うような、本当の出来事じゃないような、私の現実じゃないような、そんな気持ちがしている。

 でも、楽しいと感じるし、嬉しいと感じる。

 だから――。



「幸せです。とっても幸せだと思います」

「それが聞けてよかった。安心しました」


 サヴァス様は、私の肩に手を置いて白防壁へと視線を移した。


 今の私にはもう感じ取れないけれど、あの光の粒子のような聖なる力は、まだ壁を覆ってキラキラと光っているのかしら。


 もしかしたらサヴァス様は、聖なる力の一端を感じ取っているのかもしれない。



「白防壁ができて、魔物の脅威は格段に少なくなりました。私たちは安全な暮らしを手に入れることができました」


 サヴァス様にそう言われると、なんだかくすぐったい。

 でも、よかった――。


 兄様。ダビド。バシリオス。

 私たち、頑張ったよね? 頑張って本当によかったね。



「でも、あなたが知っているように、この世の中には、魔物に匹敵するような醜悪な思想や暴力がはびこっています。子どものあなたがそういったものに晒されていたなんて。全ての大人に成り代わって謝罪します」

「しゃ、謝罪だなんて――」


 私の肩にサヴァス様の熱が伝わってくる。



「本来、そういったものとは、大人になってから向き合うべきだと思います。子どものうちは、何も怖いことはないのだと、自分は守られているのだと、誰もがそう思って安心して生きていける世の中であってほしいと私は思います」


 ……サヴァス様。

 あなたは歴史の案内人なんかじゃなくて、()()の神官ではありませんか!



「特別なことを成し遂げるばかりが人生ではないと思いますよ? この国に住む大部分の人は、親に守られながら成長し、親となっては子どもの面倒を見ています。家族のために働き、家族で助け合って生きています。そういう日々の積み重ねで命を繋いでいっているのです。とても尊いことだと思いませんか?」


 ……そうだった。

 そういう暮らしを守るために私は頑張ったんだ。



 ……じゃあ。

 もう大聖女ではない私は、普通の平民の娘として、守られる側に回っていいっていうこと?


 このままサヴァス様の庇護のもと、しばらくは今の暮らしを楽しんでもいいかしら。

 十五歳で成人した後のことは、その時に考えよう。



 いつの間にか、サヴァス様の大きな手は背中に回されていた。

 サヴァス様が惜しみなく与えてくれる熱が、ポカポカと私の体の中を巡っていく気がした。

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