6.小神殿の孤児たち
サヴァス様に声をかけた少年は、薄茶色の柔らかそうな髪が印象的な美しい顔立ちの子だった。
雲一つない快晴の空のような水色に近い青い瞳をしている。
ベネディクトよりも背が高く、落ち着いた声は、もう少年のそれではなかった。
声変わりが始まっているということは、私よりも年上なのかもしれない。
「デメトーリ。ええそうですね。――あ! なんということでしょう。私はまだあなたにお名前を聞いていませんね?」
「あ。はい。イリアスと申します」
そうだった。私から名乗るべきだったのに。恥ずかしい。
「イリアスも今日からは一緒に食べますからね」
「ふーん。やっとですか」
少年と青年の間くらいのデメトーリが、冷めた表情で私を見た。
まあ、それは。
歓迎はされていないと思ったけれど……。
「それではそのように準備します」
「あの――」
「結構です。勝手のわからない人間など、いるだけで邪魔ですから」
手伝いたいと言い出す前にピシャリと断られてしまった。
サヴァス様も苦笑しながら、「そうですね。急ぐことはありません」と言って、デメトーリにうなずいた。
デメトーリが踵を返して立ち去ると、サヴァス様が、「私たちはこちらへ」と、洗濯室やら食糧庫やら、居住エリアを案内してくれた。
そして最後に、私が使っていた部屋に戻った。
「この部屋を使っていた子は、ちょうどあなたが来る前に里親に引き取られたのです。もうあなたの部屋ですからね。好きに使っていただいて結構ですよ」
「私が来る――前」
その話をしますか? というように、サヴァス様は軽く目を伏せた。
「私は子どもの頃から、神の御業と思えるような白防壁が大好きで、志願し続けてようやくここに赴任することができたのです。それからは毎日のように立ち入りが制限されているギリギリのところまで近づき、あの輝く壁を見つめています。日の出前、薄暗がりの中できらめく壁も、月明かりを受けて静かに佇んでいる壁も、どんな天候だろうと、どんな時間であろうと、その気高き美しさは――あ。コホン。失礼しました。そんな場所に倒れているあなたを見つけた時は驚きました」
サヴァス様はそう言うと、その時のことを思い出したように、「ふう」と息を吐いた。
「なにせ規制区域内に横たわっていたのですからね。誰もいないとはいえ、そこに侵入してあなたを連れ出した時は、嫌な汗をかいていました。何やら男たちが犬を連れて騒いでいるとは思ったのですが、あなたを見て事情がわかりました。ひどいことをするものです。辛かったでしょう?」
カツラを通してサヴァス様の手のひらの温もりが伝わってくる。
私はいつの間にか涙を流していた。
慌てて涙をぬぐい、「もう大丈夫です。助けていただいてありがとうございます」と、サヴァス様の目を見て言った。
本当に大丈夫です、と訴えるように。精一杯の力強さで。
「それはよかった。でもこれからは、何かあったらすぐに私に相談してくださいね。それからあの二人ですが――」
つい先日まで孤児は三人いたが、内一人の里親が見つかったため、今は少年二人が残るのみなのだという。
「あの子たちにはほとほと困り果てていましてね。ベネディクトはあの通りの見た目ですから、引き取りたいという申し出はたくさんいただくのですが、本人が頑として受け付けないのです。ここにいるよりも家族と一緒に生活する方が幸せだと思うのですがね。まあ、彼にそうさせているのは、これまた里親を断り続けているデメトーリの影響なのでしょうけど」
「はあ」とため息をついて額に手を当てるサヴァス様に、私はかける言葉が思いつかなかった。
食事は、厨房内にあるテーブルで全員一緒に取るルールらしい。
おそらくデメトーリが一人で作ったと思われる昼食は、パンと野菜のスープだった。
私が部屋にこもっていた間に、ベネディクトとデメトーリは、サヴァス様から大体のことを聞いていたらしい。
サヴァス様は食事中に私のことには触れないで、小神殿での生活全般について話をしてくれた。
ベネディクトは一言もしゃべらないまま、一人だけ早々と食べ終えた。
私と顔を合わせたくなくて、すぐにでもどこかへ行くのだろうと思ったら、意外にも居住まいを正して私をまっすぐ見て、ボソボソっとつぶやいた。
「……さっき……オレ……わ、わるか……よ」
さっきの勢いはどこへいったのだろうと、驚いてベネディクトの顔を見ていると、顔を真っ赤にして言い直した。
「だから悪かったって、言ってんだよっ」
耳まで真っ赤にして叫ぶようなことじゃないのに。
やっぱり可愛いな。
「わりぃ。お前。母親が死んだんだったな」
……死んだ?
やっぱり――と冷静に思ったのはマグデレネの私だ。
イリアスとして、母の死を受け止めるのはきついから。
一人の人が亡くなった。
大聖女だった時と同様に、その魂の安寧を祈ろう。
どうか。どうか安らかに――。
そのまま光の神の御胸に――。
おそらく、この瞬間から私は、イリアスの体にマグデレネの自我で生きていくことを決めたのだと思う。
「ベネディクト。そういう言い方はよくないですよ」
「でもサヴァス様。隠すようなことじゃないだろ? こいつだってわかってるはず――」
「まったくもう。お前ときたら。はぁー。サヴァス様は、『言い方というものがあるだろう』っておっしゃっているのです。そんなんだから貰い手がないのですよ。黙っていればすぐに引き取ってもらえるものを」
デメトーリはそれだけ言って、ちぎったパンを口に入れた。
「そういうデメトーリだって、頭良さそうだからって商人から声がかかるのに、すぐに相手を論破しようとしてさ。生意気でいうことを聞かない子じゃ困るって、いつも断られているじゃないか!」
ふふふ。
なるほど。
里親に断らせるために、二人とも涙ぐましい努力をしているのね。
「何が可笑しいんだよ!」
「何を笑っているのですか」
しまった。
どうやら笑ってしまったらしい。
母親が亡くなったというのに、どういう神経をしているのかと軽蔑されたかもしれない。
どんな顔で二人を見たらいいのかわからず困っていたら、サヴァス様が、「さあ、食べ終えたならみんなで片付けましょう」と助け舟を出してくれた。