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4.普通の女の子だと言われた私

「……っ」


 瞼を開けて瞬きをすると、涙が流れた。



「……バシリオス。ああ。ダビド。兄様」


 みんなみんな、あの後どうなったの? 



「私、私……」


 パニックになった時の癖で、知らない間に右手で髪を一房つかみ、見つめていた。

 黒色の髪。

 これを見れば、嫌でも現実に引き戻される。



 ほらね。

 私はイリアス。

 黒い髪と黒い瞳を持って生まれた不吉な生き物。

 人間に不幸をもたらす呪われた存在。

 だからみんなに「死ね」って言われる。



 あれ?

 待って。じゃあ私は。

 ……マグデレネは?


 ……ああ。死んでイリアスに生まれ変わったんだわ。



 ……この黒髪。

 これって、もしかして――。

 考えたくないけれど、あの男の言っていた「印」かしら?

 それじゃあ私は、本当に呪われていたっていうの?




 マグデレネとしての最後のあの瞬間。

 おそらく私は魔王の体に触れていた。

 残る全ての聖なる力を腕に込めた――はず。

 あの男には届かなかったのかしら……。


 結局、私は大聖女としての役割を果たせないまま死んでしまったんだわ。

 



「でもちゃんと壁は残っていた。今じゃ白防壁って呼ばれて」


 きっと(マグデレネ)の死後、神官や聖女たちが力を注ぎ続けてくれたんだわ。

 彼らに尻拭いをさせることになってしまって、本当に申し訳ない。





 

 ……それよりも。

 ここはどこだろう。

 そもそも、私はどうして生きているのかしら?

 確か、崖のようなところから落ちたと思うんだけど?




 パチパチッっと薪が弾ける音で、暖炉があることに気がついた。


 ……暖かい。

 大事な薪を使って暖めた部屋に、私なんかがいていいの?



 

 体を起こして改めて見回すと、小さな部屋だった。

 でもちゃんと掃除が行き届いていて清潔。

 私は大きなベッドに寝かされていたらしい。

 

 


 トントントン。



 どうしよう! 誰か入ってくる。

 咄嗟に隠れようとしたけれど、どこにも隠れられそうな場所がない。


 頭でぐるぐると考えたけれど、結局はベッドの上から動けず、部屋に入ってきた男の人と目が合ってしまった。



「ああよかった。気がついたのですね。どこか痛いところはありませんか?」


 男の人はそう言って、少し心配そうな顔をしてから、にっこり微笑んだ。

 死んだお父さんと同じくらいか、もっと年上かもしれない。


 その人は私を捕まえようとはせず、ドアを閉めたところで立ったままだ。



 ――痛いところはありませんか?



 今、そう聞かれた。

 



『見慣れない場所で知らない人間に囲まれた時は、何を聞かれようとも、状況を把握するまで、一言もしゃべってはいけませんよ?』



 ……ふ。

 なぜか護衛騎士然として厳しい表情をしたバシリオスの顔が浮かんだ。



「怖かったでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。ここにいれば安心です」


 安心?

 安心できるところなんて、ないはずだけど。



「そうだ。喉が渇いていませんか? 白湯を持ってきましょうか。ああそれとも、何か食べたいですか?」


 男の人は、ずっと穏やかな表情を浮かべているけれど、そのくせ質問ばかりしてくる。

 


『お父さんとお母さん以外の人としゃべっちゃいけないよ』



 そうだった。

 誰ともしゃべっちゃいけないんだった。

 今の私は十三歳の平民の女の子だ。


 ……あ! お母さん!


 お母さんはいったいどうなったんだろう。

 どうしよう。お母さん!

 どうしよう! どうしよう! どうしよう!





 ずっと動かなかった男の人がスッと近寄ってきた。



「大丈夫ですよ。もう大丈夫ですからね。よーしよし。いい子ですね。よく頑張りましたね」


 男の人は私を叩いたりしなかった。

 それどころか、お母さんみたいに背中をさすってくれて、頭をポンポンしてくれた。



「どうやら驚かせてしまったみたいですね。すみません。ああ、私としたことが。私はサヴァスといいます。この小神殿の神官なのです」


 神官……?

 そういえば、ダビドや彼に従う神官たちと似たような格好をしている。

 これが今の時代の神官なのかしら。

 今世のイリアスとしては、神官をちゃんと見た記憶がない。



「熱はないようですね。もう少し休みますか?」


 いつの間にかサヴァスという人が、手を私の額に当てていた。

 温かくて大きな手だ。

 


 この手で叩かれた痛いだろうな――って思ったら、手が離れた。

 やっぱり叩かれなかった。


 サヴァスさんはベッドから離れて、少し悲しそうな顔をして私を見た。



「知らない大人に急に話しかけられたら怖いですよね。申し訳ありません。歳の近い女の子がいればよかったのですが、あいにくここには男の子ばかりで――。しかもその子たちも、今日は用事を言いつけてしまったので夜まで戻ってこないのですよ」


 サヴァスさんはとっても困ったというように項垂れて、ため息をついた。



 あ――れ?

 私はスカーフをしていないのに。

 黒い髪がそのまま出ているのに。


 どうして――。



「その髪を――人に見られるのが怖いですか?」


 なんだ。ちゃんと見えているんだ。



「そうですね……。私の理想を語ったところで、今すぐどうこうなる訳ではありませんからね。あなたが今まで経験したであろうことを思えば――」


 サヴァスさんがじっと私を見るので、私はなんだかいたたまれなくなった。彼ではなくベッドの白いシーツを見ることにした。



「――が必要かもしれませんね。となると呼び寄せるか――いや。私が出向いた方が早いですかね……」


 サヴァスさんは一人で勝手にごちゃごちゃと話し始めた。

 私に話しかけてはいないみたいだけど?



「ああ、すみませんね。さあ、もう一度横になってください」


 サヴァスさんを見ると、目尻を下げて微笑んでいた。


 どうしようと思いながら、しばらく彼を見ていたけれど、彼の方は何も言わず、ずっと微笑んだまま。

 このままだと、私たちは見つめ合ったままだ。

 それは嫌なので、言われた通り横になってみた。



「ゆっくりお休みなさい。ではまた後で」


 サヴァスさんは優しげな眼差しでそう言うと、部屋を出ていった。







 それからサヴァスさんは一日に三回ご飯を持ってきてくれた。



「部屋の外に出るには、まだ少し早いですからね。ちゃんと体力をつけてからにしましょうね」


 彼は部屋に来るたびに一人で勝手にしゃべる。

 そして来るたびにしゃべる内容がどんどん増えていく。



「ここは白防壁に一番近い町でバシリオスといいます。この国を救った英雄の一人から取った名前なのですよ」

「魔物の王なんて誰も見たことがないのに不思議ですよね。おとぎ話を信じるなんてね?」

「孤児といっても色々でしてね。両親が共に出稼ぎにいっている間だけ預かることもありますし、読み書きを覚えさせたいからとお願いされたりもしますね」


 サヴァスさんは時々、魔王の話や白防壁の向こう側について話す。

 神殿にいる孤児たちのことを話すのと同じくらいの自然さで話す。


 多分、私の髪と瞳のことを怖がってはいないんだと言いたいのだと思う。

 別に怖がられても平気なのに。

 それが普通なのに。


 私は最初に挨拶し損ねたため、まだ一言もしゃべれずにいる。

 マグデレネとしては、無作法を詫びて、いい加減お礼を言うべきだと思うのに、イリアスが頑ななまでに口を開かない。


 前世の記憶は記憶でしかなく、今はイリアスとしての私が私ということらしい。

 せっかくの教養が役に立たないとこぼす私に、「ふん」と知らんぷりをする私。

 もう自分でも何が何だか――。






 二日経った。

 ご飯を食べた回数を数えていたから間違いない。


 なんとなくだけど。

 三日目の明日も今日と同じ一日になりそうな気がする。

 ということは――。

 今日と同じ日がずっと続くということなのかもしれない。

 

 ずっと――。死ぬまで――?



 神殿に私みたいなのがいると知られたら、とんでもなくまずいのではないだろうか。

 「命は助けたけれど、外には出してあげられない」って、そういうことなのかな?


 ここに死ぬまで閉じ込められるとしても、一日三回ご飯がもらえるなら別にいいか。

 もう怖い人たちに追いかけられないのなら、それでもいいか。





 その日の夜。

 三回目のご飯を持って、サヴァスさんが部屋に入ってきた。



「これからはスカーフじゃなく、これを被るといいですよ」


 サヴァスさんは、持っていた白金色の髪の毛を私の頭に被せた。

 それは彼の髪の毛と同じ色だった。

 最初に見た時には腰まであった彼の髪は、今は肩の上までしかない。




 サヴァスさんが嬉しそうに、私に被せた白金の髪を撫でながら言った。



「さあ。これで今日からあなたも普通の女の子ですよ」


 普通の女の子――。

 この私が普通?

 本当に……?

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