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36.人としての生

最終話です。

 ベネディクトや怪我をした騎士たちが、白防壁の中央から少し離れたところに並べられていた。

 横たわって手当を受けているベネディクトは、両腕だけでなく脇腹のあたりからも出血していて、見るからに瀕死の状態だ。

 傷口は布で覆われているけれど、弱りきっている。



「ベネディクト。聞こえる? 私よ。イリアスよ」


 ベネディクトの瞼がピクリと動いた。それでも目を開ける気力はないらしい。



「お前を――妃になんて――戯言だ。多分……人間になって――みたかったんだ。は、はは、は――。願いは――叶った。もう――思い残すことは――ない――はず。もう――アイツは――いない。人間として――死ねる――よかった」


「しーっ。黙って。何も言わないで」


 ベネディクトは最後の気力でそれだけ言うと、意識を失った。

 花が萎れるように、ベネディクトの呼吸がだんだんと弱くなっていく。


 ああ、まずいわ。このままだと死んでしまう……。



 


 光の神よ! お許しください! 目の前で失われようとしている命を、そのまま見過ごすことなど出来ません!



 通常の治癒では無理だわ。

 私の命を混ぜ込むようにして、聖なる光をベネディクトの中に流し込んでいかなければ。

 私の持てる力全てで、何としてでも彼を救いたい!



 私は、ベネディクトの心臓が力強く動くようにと願って、彼の瞳をもう一度見られるようにと、ただそれだけを祈りながら、聖なる光を彼の中に巡らせた。



 こんな自分勝手な祈りなど、光の神には届かないわね……。

 


 本当は――白防壁を強化するために、聖なる光を注がなければならないのに。

 私はベネディクトの命を救うために、私に与えられた力を使っている。

 私の肉体も精神も、全ての力を集めて、彼の傷を癒すためだけに使っている。 



 きっと許されないことをしている……。

 このまま続ければ、白防壁を聖なる光で覆うことが出来なくなるかもしれない。



 光の神からどんな罰を与えられるのかしら……。

 こんな選択をしてしまった私を、世界は許してくれないでしょうね。







「……イリアス」

「ベネディクト! ……よかった。意識が戻ったのね」




「クーーン」

「……お前。まだいたのね」


 細長い耳を垂らして赤い尻尾を振っている小動物が、ひどく悲しげに鳴いた。

 私なら大丈夫よ。私の命を全て注いだ訳じゃないのよ?



 あら? お前……。赤いと思っていた色は、よく見ると薄紫だったのね。


 それって――バシリオスの色だわ。

 それに、お前の瞳――瞳も青いのね。



 ……もしかして。

 あなたなの?


 ああ、あなたなのね――バシリオス!






 ……あの日。

 あそこで命が尽きた後も、肉体が土に還った後も、私の「想い」を「願い」を、忘れずに守ってくれていたのね。

 そのために光の神の下へ帰ることなく、そんな姿になって――。



 あなたほど忠実な騎士を私は知らないわ。

 忠誠を誓った時の言葉……。『神の御許に呼び戻されるその時まで』。


 いくらなんでも、そんな――。あなたときたら――。主人亡き後、五百年よ?

 死してなお、五百年以上も壁を守ってくれていたの?

 

 ……バシリオス!

 私はどうすればあなたに報いることができるのかしら。




 私が両手を差し出すと、小動物は「クーーン」と鳴いて、私の手の上に飛び乗ってきた。

 そして手のひらに顔を擦りつけると、私をじいっと見ながら光の粒となって空へ昇っていった。







「……イリアス」

「ベネディクト。もう大丈夫よ」

「お前の髪……。白防壁と同じ色に……」

「え?」


 私は体の中を探ってみた。壁に向かって力を放とうとしたけれど何も出来なかった。


 ああ、私……。大聖女の力を失ったんだわ……。もう光の神の寵愛はない……。

 おそらく精も根も尽き果てて、髪の毛も真っ白になってしまったのね。



「あら? ねえベネディクト。あなたの髪の毛も――なんだか黒く変わったように見えるんだけど」

「ああ。そうか――これが、本来のオレなのかもな」


「イリアス。お前も……。いや、お前は、()()()人間だな」

「え? 私はずっと人間だけど? ベネディクトだってそうでしょう? 人間じゃない」

「そう――か? ははは。そうだな。オレは――ああ。オレもただの人間だ」


 私たちはお互いを見ながら、少し笑った。



「オレたち……。こんなところで何をやってるんだろうな。なんかもっと、普通でいたかったな。もし――。もし、生まれ変わることがあるとしたなら……。その時は真っさらな魂で、ありきたりな人生を生きてみたいもんだな」

「うん。そうだね。私もそう思う」



 約束も、誓いも、信条も、矜持もなくていい。

 ただ一度きりの人生だと信じて、生きてみたい。







 魔物は無事に退治され、穴も塞がったのだろう。

 どうやら怪我人を搬送するらしく、神官らが指示する声が響いている。




 いつの間にか星々が輝き、あたりは銀色の光に照らされていた。




  ◇◇  ◇◇  ◇◇ 



「あー。あー」


 人差し指を近づけると、きゅっと小さな手が握ってきた。

 赤子のふわふわした薄い毛髪は、赤紫色だ。



「うわあ。僕の指を掴んだ! それにしても綺麗な瞳の色だなあ」


 赤子の瞳に見惚れている少年の瞳は、サファイアのように煌めく青色だ。




「俺は騎士になって、君を守ってあげるからね」


 赤子の真っ赤な頬の弾力を、指の腹で優しく確かめている少年は、薄紫の髪をしていた。




「じゃあオレは、お前たちみんなが安心して暮らせるように、国境壁の上で睨みをきかす騎士になるかな」


 ふん! と胸を張った少年は、サラサラとした黒髪をかきあげた。




「それなら馬で四十メートルの急斜面を駆けあがる訓練が必要ですね。先人たちの土木建築の技術は確かに素晴らしいですが、私の研究で、より強固な国境壁を作ってみせましょう」


 大切そうに重たい書物を抱えている少年は、黄金色の長髪を一つに結わえている。





 口々に将来の夢を語りながらも、四人の少年は同じ決意を胸に抱いて赤子を見つめていた。



 ――必ずや、この小さな天使を守ってみせると。




 幸せな夢の中にいる赤子は、何かを言いたげに小さな口を開けて微笑んだ。

最後までお読みいいただき、ありがとうございます。

本作の評価をいただけると嬉しいです。


連載中にブクマや評価、いいねをくださった皆様、本当にありがとうございました。

お陰様で無事に完結できました。

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