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35.みんなに愛されていた私

「魔物のお前なんか知るもんか! オレは人間だ! この体も心もオレのものだ! 魔物の王なんかいない! いたらオレが殺してやる!!」


 ベネディクトの体から、ゆらりと黒い炎が立ち上ったように見えた。



「は? 今なんと……? 聞き捨てなりませんね。くそっ。その女のせいでおかしくなられたのですか……? 以前と変わらぬお力をお示しなのに!」


 目の前の空気がピシッと鳴った。

 あっと思った時には、思いっきり体を引き寄せられ、ベネディクトに背中からすっぽりと抱きしめられる格好になっていた。

 彼のお陰で、間一髪、魔物の攻撃を避けられたらしい。



「そうですか。……わかりました。ではあなた様のために、あなた様のそのやわからかい肉を削って差し上げることにいたします」


 魔物はそう言うや否や、ものすごいスピードで左腕を左右に振った。

 ベネディクトは私を抱きかかえたまま身を翻したけれど、「ぐふっ」とくぐもった声を漏らした。

 頭にベネディクトの苦しそうな息が降りかかってくる。



「ベネディクト? 大丈夫なの?」

「お前は心配するな。オレが守ってやる。別に誓いなんかなくても、お前はオレが守る――くっ」


 お腹に回されたベネディクトの両腕から、赤い血が流れ落ちている。



「大変! ベネディクト離して! 治療しないと! 傷を塞ぐわ。私に任せて」

「いいんだ! お前は何もするな。何もしなくていい。オレに任せとけ。お前はただ守られているだけいいんだ……オレが隙を作るから逃げるんだ」

「ベネディクト。お願い。私に治療させて」


 何もしなくていいだなんて、そんなの無理よ。そんなことはできない。

 あなたを置いて逃げることなんてできない。あなたの戦う姿から目を背けることはできない。

 さっきからずっと、あなたの無言の悲鳴が聞こえるんだもの――。



 そうしている間にも、シュシュシュッと切り裂くような音がした。



「うううぅ」


 ベネディクトが呻き声をあげた。

 お腹に回されていた彼の右腕が、だらりと垂れている。


 ベネディクトの左腕からも力が抜けるのがわかった。  

 ……ああ。ベネディクト!

 そうだ。このまま、大聖女の力で昔みたいにベネディクトを癒せばいいんだわ!


 ベネディクトの左腕をしっかりと掴んで癒しの力を注いだ。

 普通ならば傷は塞がれ血も増え、力がみなぎるはずなのに。


 ……それなのに、ベネディクトは逆に苦しそうに悶えている。

 どうして……?



「貴様ぁ! よくもよくもよくもよくもよくもぉ! 二度はないぞ! 許さない許さない許さない許さない! 私の目の前で、またしても王に()()()()()を――」


 何を言っているの? 癒しを与えているだけなのに……。



 ベネディクトは大きくビクンと体を震わせると、バタリと私の側に崩れ落ちた。まるであの時のバシリオスのように……。



「嫌……。嫌よ。嘘でしょう? なんで? どうして? ベネディクト? ベネディクト!」


 魔物はまっすぐ私を見据えると、何かを吹っ切ったように「ぐふふふふ」と、黒い瞳を怪しげに輝かせた。

 もはや人の顔の形を取ることなど、どうでもよくなったのか、目と鼻と口の位置があり得ないほどずれている。

 狂気に歪んだ異形の笑顔……。


 魔物の腕が動くのがわかった。

 ああ、魔物に体を貫かれる、と思った。


 ――その時。



「ぎゃああっ!!」


 私に腕を伸ばしたはずの魔物が膝をついた。



 ウサギのような耳を立てて、前髪のように赤い毛を一房たらした小動物が、トンっと私の前に降り立った。



「あっ! お前! 今までどこにいたの? もしかしてずっと白防壁の近くにいたの?」


 どうやら、いつかの小動物が魔物を引っ掻いたらしい。

 小さな体に似合わない大きな爪を持っていたのね。



「ありがとう。助かったわ」


 でも、どうしよう。

 魔物相手に私ができることといったら――あの時と同じで、聖なる光を注ぐことくらいかしら。

 考えている暇はない。


 大地に手をついて魔物の足元の方へ、聖なる光を放出した。




「うぐぎゃあっ!!」


 魔物が断末魔のような叫び声を上げて、悶え苦しんでいる。


 効いているのよね?

 じゃあもっと。もっと! 



 この場から逃れようともがいている魔物の体から、黒い霧のようなものが噴出したかと思うと、やがて頭の先の方から黒い塵になって崩れていった。

  





「うぅっ」


 私の放った聖なる光は、近くにいたベネディクトにも届いたようで、彼は横たわった状態で苦しそうに体を痙攣させている。

 

 どうしてベネディクトまで……。あなた――もしかして本当に……?

 まさか――まさか消えたりしないわよね……?


 ベネディクトの体からも、黒いモヤモヤとしたものが出てきている。




 あ――ら?

 聖なる光を急激に全力で放ったからなのか、ちょっと――体が――言うことをきかない……。


 ……いやだ。このまま倒れたら顔面を強打してしまうわ――と、思ったら、誰かが支えてくれた。




 ……え? デメトーリ?


 デメトーリが、私を横抱きにして抱え上げてくれている。

 ちょっと――顔が近いわ。


 デメトーリって、甘さはないけれど、整った美しい顔をしているのよね……。

 ああ私ってどうしてこんな状況で、ここまで緊迫感のないことを考えられるのかしら……。



「デメトーリ。どうして……」

「こんな大騒ぎなのに、私が悠長に寝ているとでも?」


 ……思いません。



「デメトーリ。早くこちらへ! ああ、イリアス! 大丈夫ですか?」

「……サヴァス様?」

「ええ私です。怪我は――していませんね。ああ。よかった」

「……あ。ベネディクトが。ベネディクトは大丈夫かしら」

「彼のことは神官に任せなさい。あなたは自分の心配だけをしていればいいのです」





「ヒヒヒヒヒヒ」


「ピチュピチュピピピピ」



 不快な音にサヴァス様との会話を遮られた。

 他にも穴から出てきた魔物がいるんだわ。



「……サヴァス様。魔物が――」

「大丈夫です。騎士だけでなく大神官様もいらっしゃっています。あなたが背負うものではありません。大人に任せておけば大丈夫です。あなたはここでじっとしていなさい」


 「でも」と食い下がった時、視界の端にマリオスさんの姿が映った。

 彼は剣を掲げて、グニョグニョとした塊のような魔物と対峙していた。


 ……そういえば、彼は元騎士だったわ。


 マリオスさんは華麗な剣さばきで、魔物を圧倒していた。



 姿を自由に変えられる魔物は、それほど多くはいないのね。

 魔物は、二体以外はいないみたい。



 今のうちに、これ以上、魔物が侵入しないように、一刻も早く穴を塞がなければ――。

 そう思って穴の方を見ると、真剣な表情の大神官様が見えた。


 驚くべきことに、大神官様は魔法を使っていた。見たことのある魔法……。あの防壁を築いた時の魔法。


 大神官様は水を操れるの?

 見事に穴が塞がっていくのがわかる。

 

 そして大神官様の側にはサヴァス様まで!

 サヴァス様のそれは――ああそれは! 神官たちが注いでくれていた聖なる力だわ!



 今世でも魔法を使える人がいたのね……。

 サヴァス様は私の視線を感じ取ったらしく、塞がれた穴に向かって聖なる力を注ぎながら教えてくれた。



「昔は大勢いたようですが、現在では魔法を使えるのは、王家の血筋だけになってしまいました。これでも私たちには王家の血が流れているのでね」


 そういえば、そんな話を聞いたんだったわ。

 じゃあ穴は大丈夫かしら。うん。二人がいればきっと大丈夫ね。




 ……ベネディクトは?

 神官に任せろって言っていたけれど、誰が彼を見ているの?

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