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26.国王陛下への進言

 謁見の間で国王陛下に挨拶の長い口上を述べたのは大神官様だけで、私たち付き添いの三人は黙って頭を垂れていた。



 「皆、頭を上げよ」と言われ、許しを得てからそっと盗み見たヨルゴス陛下は、緩くうねる美しい金髪の持ち主だった。ダビドよりも少し薄い緑色の瞳の美貌の人。

 ……若い。二十代と言われても信じてしまいそう。ネフェリによれば三十代半ばだけれど。




 「一度だけ! 一度だけパレードの馬車の中の王様を見たことがあるの! この世のものとは思えない美しさだったわ! まだお披露目をされていない幼い王子様も、ぜーったいにお綺麗だと思うわ!」


 ネフェリのうっとりとした表情を思い出してしまった。





 私たちの次にヨルゴス陛下の眼前に進み出て膝をついた方々は、おそらく古語の研究者の皆さんね。

 同じような挨拶が交わされると、早速ヨルゴス陛下が話題を振った。



「その方ら。あの伝説のダビド大神官の手記を発見したというのは誠か?」

「はい、陛下。誠にございます」


 最年長の老研究者が代表して答えた。



「五百年以上もの間、発見されなかったものが余の時代に現れるとはな……。間違いなく本物であると言えるのだな?」

「はい。陛下。想像して書くには無理があるほどの詳細な内容でございました。また、王家に伝わる古文書とも一致する部分が多数ございました。紛れもない本物の――伝説のダビド大神官様の手記にございます」


「古語を正確に読めたのは、百年ほど前の教師が最後だったと聞いておるが?」

「その通りでございます。陛下。――ですが。歴史ある我が神学校には、歴代の古語の教師たちが数千に及ぶ言葉の意味を書き残した資料がございます。ここに控えておりますデメトーリなる者は、今年神学校に入学したばかりですが、季節一つ分で、それらの古語をすべて覚えてしまいました。文法につきましても並行して習得いたしまして、今や、並ぶ者なき古語の第一人者でございます」

「ほう……」


 興味深げにデメトーリを値踏みしているヨルゴス陛下よりも早く、彼の名前を聞くよりも前に、私の目は彼に釘付けになっていた。

 少し伸びた薄茶の髪は、風もないのに揺れているように見える。俯いているため顔は見えないけれど、その頭の形も背中の感じも、ひどく懐かしくて胸が熱くなる。



 デメトーリが古語を勉強していたなんて!

 いったいいつから? 小神殿にいる頃から勉強をしていたのかしら?

 ああ顔を見せてほしい。



「デメトーリとやら。頭を上げよ。そなたが解読したのか?」

「はい。陛下」


「――して、内容は? いったい何が書かれておったのだ?」


 デメトーリは、不敬にも答える代わりに老研究者に目で尋ねた。

 おそらく、メモの内容をそのままお伝えしてよいのか? と。



 老研究者は慌てて咳払いをして口を挟んだ。



「恐れながら申し上げます。この度大神殿で発見されました古文書は、ダビド大神官様による白防壁建設までの記録でございます。いえ、記録と言うよりは日記に近いとお見受けいたしました。ダビド大神官様は、かなり筆まめなご様子で、心に触れた出来事であれば、例えばアドニス陛下との会話などをそのまま書き残されておりました――」

「なんと! アドニス英雄王とダビド大神官の会話が!」


 まあ! 兄様との会話を? うふふふ。それにしても、ダビドの筆まめがバレてしまったわね。



 老研究者は、せっかくならば解読した研究結果を披露したいと考えたのか、それとも本題に入る前に少しばかり軽めの話をした方がよいと考えたのか、手元の資料をめくって、ダビドと兄様の会話の一部を披露し始めた。



「はい。僭越ながら一例をご紹介させていただきます。ええと。これは大聖女様に関する会話のようです――」




『大神官を討伐に随行させるとは何事かとマグデレネに随分叱られたよ。でもお前がマグデレネと一緒にいてくれるなら安心なのだ。バシリオスがついているとはいえ、怪我を負う可能性が絶対にないとは言い切れないのだからな。すべての神官と聖女が亡くなっても、最後にマグデレネさえ生きていてくれたらと――。国王にあるまじきことを願ってしまう私は、いつか罰を受けるのだろうな。だが光の神に愛された愛しい我が妹が笑っていてくれることが、私の唯一の存在理由なのだ。なんと卑しい人間なのだろうな――私は。こんなことを聞かされてしまったからには、大神官のお前の耳は穢れたかもしれぬな』


『さすがにそのまま同意する訳にはまいりませんが……。マグデレネ様を危ういと感じられるのはわかります。あの方はご自身のお命にも、お力にも、あまり頓着されていないようですから。しかし、あれほどの瘴気に触れられても、あの方自身は一切汚れることなく浄化されてしまわれた。まさに光の神が遣わされた神子(みこ)なのではないかと思います』


『俺もそう思う。だが、いささか光の神に愛され過ぎだとも思うがな』


『それは――聞かなかったことにいたしましょう。それにしてもマグデレネ様は、ご自分が常に聖なる光に包まれていることに気づかれていないのでしょうか? 側にいるバシリオスは、たまに惚けたようにうっとりと見入っていることがあるのですが』





 もう、嫌だわ! 恥ずかしくて顔を上げられない。

 兄様とダビドがそんなことを言っていたなんて。バシリオスのこともそんな風に見ていたの? とにかく二人とも私のことを美化しすぎよ!


 ああ……でも……。確かに、あの二人は生きていたのよね……。



 兄様に頭を撫でられるのが好きだった。少しゴツい感触の手が頼もしくて、その手から伝わる愛おしさに癒された。


 ダビドの澄んだ瞳が好きだった。彼を見上げれば、いつも温かい眼差しで私を包んでくれた……。






「もうそれくらいでよい。それらの資料を訳したものを後ほど提出せよ。それよりも――。重大な報告とやらを申せ」

「はっ。申し訳ございません。つい……」


 ヨルゴス陛下の発した言葉で、私も我に返った。



「大神官ダビド様が、白防壁についてご懸念を記されていたのです。白防壁の劣化と言いますか、堅牢性に関する危惧――」

「何!? 劣化だと!」


 突然のヨルゴス陛下の剣幕に、老研究者はビクッと体を震わせたものの、なんとか最後まで言い切った。



「白防壁なのですが、神官と聖女が聖なる力を注ぎ建設した後、大聖女様が、光の神より賜りし『聖なる光』で全面を覆う計画だったようです。ですが、どうやら全てを覆うことができなかったようで、魔物の国の方から打ち破られる可能性があると危惧されておりました……」


 ヨルゴス陛下が眉を寄せた。



「それは誠なのか? 誠にあのダビド大神官がそのように書き残されておるのか!」

「は、はい。幾重にも検証した結果、その解釈で間違いないと結論づけました」


「なんということだ……。なんということだ!」


「今まで崩れることなくあのようにあること自体が、奇跡なのかもしれません。大至急、白防壁の堅牢性について調査すべきかと」

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