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カフェ・シュガーパインの事件簿  作者: 山いい奈
3章 こんがらがる慕情
29/36

第12話 レアチーズケーキの賭け

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 焼き鳥屋から家に帰って来て早々、秋都(あきと)はシュガーパインの事務所兼控え室に入り、何枚かのA4サイズのコピー用紙とシャープペンシルをリビングに持って来る。


「兄ちゃん? どうした?」


「んふ〜、ちょっとね〜」


 春眞(はるま)の問いに、秋都は歌でも歌い出しそうな調子で応える。


 秋都はコピー用紙をテーブルに広げ、春眞たちが見守る中、さっそくシャープペンシルを走らす。まずフリーハンドで、はがきを横にした程度の大きさの長方形を書く。そして……、そこで秋都の手は止まった。


「あかんわ……」


 秋都の眉が(しか)められ、唇が悔しげに歪んだ。春眞たちは首を傾げる。


「私にはデザインセンスはあれへんわね……」


 一体秋都は何を書こうとしているのか。秋都はすでにデザイン云々を諦めたのか、長方形の中に文字を書き始めた。



・ケーキセット無料クーポン

・本券1枚で3名様まで有効

・有効期限:3月末日

・店の営業時間と定休日

(メインビジュアルはレアチーズケーキを中心に)



 そこまで書くと、秋都はコピー用紙を持ち上げて、目の前に掲げる。


「ん〜、こんなもんかしら〜ぁ?」


「ん? 何や? ケーキセットのクーポン?」


 春眞が横から覗いて訊く。茉夏(まなつ)たちも我も我もと、コピー用紙が正面から見える位置を奪い合う様に覗き込んで来ていた。


「他に書いておかなあかんことってあるかしら〜」


「ちゅうか、何始める気やねん、兄ちゃん」


「これをね〜、アンケートに答えてくれた萩原(はぎわら)さんにお送りしようと思って〜」


「で、また来てもらおうって?」


「そう。今度は3人揃ってね〜」


「3人って、えっと、萩原さん、門脇さん、垣村さん?」


「そうよ〜、その為だけのクーポンなんだから〜。ま、賭けなんだけど〜」


 秋都は春眞にそう言って、コピー用紙をひらひらと振った。


「ほな、同封する手紙もいるやろ。ええと」


 春眞は手付かずで白いままのコピー用紙を1枚目の前に置くと、秋都が使ったあとテーブルに転がしたままのシャープペンシルを手にした。



 いつも当店をごひいき(ここ漢字で)くださり、誠にありがとうございます。

 先日はアンケートにご回答くださり、感謝申し上げます。

 快適な店舗作りのための参考にさせていただきます。

 抽選の結果、ケーキセットクーポンが当選いたしましたので、お送りさせていただきます。

 3名様までご利用いだだけますので、是非ご友人などをお誘いの上、お越しくださいませ。

 心よりお待ち申し上げております。



「こんなもんかな?」


 テーブルに広げたままのコピー用紙を皆が覗き込み、誰からとも無く頷いた。


「3名様までって言うんは強調するところやからね〜。萩原さんの頭にこの2人が浮かんでくれんとね〜」


「ほな、このクーポンと手紙をボクが作ればええんやね?」


 シュガーパインのもの作り担当の茉夏が、2枚のコピー用紙を持ち上げた。その表情は楽しげだ。茉夏はこういったものを作るのが好きなのである。メニューなどを作成したのも茉夏である。それにあたって、本屋でいくつかの専門書を手に取り、今でも勉強のためか、月刊誌も毎月購入している程だ。


 全て自己流であるが、そのセンスはなかなかものだと春眞も秋都も思っている。


「できるだけ早い方がええから、明日朝いちで作ってくれるかしら〜。家事は私と春眞でやるから〜」


「出力は? センター行く?」


「ううん、ハガキサイズにインクジェットで充分よ〜。」


「了解」


 茉夏は言って敬礼する。


「ところで秋兄、3人集まらせて、どうするってんだ?」


 冬暉(ふゆき)が訊くと、秋都は「ふふん」と意味あり気な笑顔を浮かべた。


「うちには最終兵器春眞がいるじゃな〜い?」


「はぁ?」


 不穏な響きで名前を出され、春眞はつい眉をしかめた。




 翌朝、茉夏はさっそく事務所兼控え室のパソコン前を陣取り、ケーキセット無料クーポンと同封する手紙の作成に取り掛かる。朝食の準備こそいつもの通りしたものの、住居スペースの掃除や洗濯、シュガーパインの開店準備は春眞と秋都に丸投げの形になった。


「茉夏、どんな感じ?」


「ん〜、大丈夫」


 開店準備前に自分と秋都のスマートフォンを置きに来た春眞に声を掛けられたものの、集中していてまともな受け答えができていない。が、春眞は気にする風も無く店の方に入って行った。




「秋ちゃん春ちゃん! できた!」


 茉夏が完成したクーポンのゲラを手にシュガーパインに飛び込んで来たのは、開店10分前だった。


「まぁ!」


「どれどれ」


 クーポンは下地にクリーム色や黄色を使い、メインビジュアルにデフォルメしたレアチーズケーキのイラスト。飾りや差し色にピンクやオレンジ、ブルーなどのはっきりした色をふんだんに使い、フォントもポップなものでまとめ、女性が好みそうな可愛らしいデザインに仕上がっていた。


 同封する手紙は明朝体でシンプルに。洋封筒の宛名や差出人も既に打ち出され、切手も貼られていた。


「うん、オッケーよ〜。さすが茉夏ね〜」


「可愛いやん」


 春眞と秋都が感心して笑みを浮かべると、茉夏は嬉しそうに破顔した。


「よっしゃ! ほなハガキサイズのマット紙にプリントして、急いで出して来るね!」


「よろしくね〜」


 茉夏はゲラと封筒を持って、事務所に引き返して行った。




 その日、冬暉と夕子が帰って来たのは20時頃だった。シュガーパインは営業中なので、冬暉は裏からひょこっと顔を出し、キッチンに立っていた秋都に声を掛ける。


「ただいま」


「あら、お帰りなさ〜い」


「晩めし作っとっからよ。あ、田渕(たぶち)の戸籍取って来たで。秋兄の(かん)当たったっぽい。詳しくは後でな」


「は〜い」


 簡潔に言い残し、冬暉は夕子と居住スペースに入って行った。




 さて、閉店時間が訪れたシュガーパイン。兄弟たちが片付けを済ませ、冬暉が作ったミネストローネのスープパスタをいただき、各々好みのアルコールを手にリビングへ移動して来たのは22時半頃。


戸籍謄本(こせきとうほん)見せて見せて!」


 赤ワインを手にさっそく冬暉に詰め寄るのは茉夏。冬暉はその勢いに()されながら口を付けたばかりのハイボールをテーブルに置き、バッグから役所の封筒を取り出した。


「田渕は本籍地も大阪市やったから、すぐに謄本取れた。びっくりしたで、下がおったんやな」


 受け取った謄本を、茉夏が皆にも見える様にテーブルに広げると、春眞たちも早く確かめたくて覗き込む。見ると、弟もしくは妹が特別養子縁組みに出されている記述があった。


「ほんまにおったんや」


 茉夏が目を丸くして呟く。


「んで、これが垣村(かきむら)の戸籍謄本」


 言いながら、垣村のものを田渕のものに並べて置いた。


「こっちも本籍地大阪やったから助かった。養子に出された年と女らの年齢見て、垣村やて当たりを付けて取寄せたらビンゴやったってわけや」


 冬暉がやや興奮している様子で(まく)し立てる。春眞たちは感心した様に「ほ〜」と声を上げた。


「まぁ〜、ほんまにおったのね〜」


「おいおい、秋兄が目星付けたんや無いか」


「そうなんだけど〜」


「じゃあ何? 垣村さんは実のお兄さんを殺したってこと? 嘘やん」


 先程まで皆と一緒に感心していた茉夏が、今度は呆然とした様子で呟く。夕子(ゆうこ)が沈痛な面持ちで小さく頷いた。


「信じたくはあれへんけど、親が子を、子が親を、兄が弟を、なんて話はそれこそ()いて捨てるほどあるんよ」


「そう……やね。ニュースでも良う見るよ。うん、大丈夫」


 茉夏は覆い被さって来る様な暗い空気を振り払うかの様に、首を左右に振った。


「ただこの場合、垣村さんが田渕を実の兄やて知っとったかどうかは判らへんけど」


「ああ、養子やもんね」


「やな。垣村の養父母が教えとったかどうか。そればっかりは判んねぇよ」


「知らんで殺しとったんやったらこんな酷いことはあれへんし、知ってて殺したんなら、よほどの事情があるってことやね」


「知っとったから、現場に花束を供えたんやって私は思ってるけど〜?」


「ああ、あれ」


 春眞は現場に供えられていた白い花束を思い出した。


「花束の指紋でも取れればはっきりするのに。さすがに鑑識(かんしき)までは動かせへんかな〜」


 夕子が悔しげに言い、まるでやけ酒でも(あお)る様に缶ビールをぐいと傾けた。


「花からも指紋って取れるん?」


「梱包材からならね。花から、ちゅうか葉っぱとかやったら取れるかな。花はどうやったかな」


 茉夏の問いについ夕子が考え込むと、その場をリセットするかの様に秋都がぱんぱんと(てのひら)を叩き合わせた。


「とりあえず、当初の想像よりややこしい結末になるかもやけど、やることは変わらんわよ〜。朝に茉夏にクーポン作ってもらって、出してもらったからね〜、早ければ明日にも届くんじゃ無いかしら〜、同じ大阪市内だしね〜。萩原さんたちのご来店を待ちましょ〜。その時に解決できるんや無いかしら〜。ね、春眞?」


「だから何で僕!?」


 春眞は警戒してびくりと身体を震わした。


 後は3人の女性がシュガーパインを訪れるのを待つだけである。秋都のせりふを信じるのなら、その時はきっと遠くは無いのだろう。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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