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カフェ・シュガーパインの事件簿  作者: 山いい奈
2章 ただ純粋だっただけ
12/36

第10話 あなたですか?

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 金曜日18時、カワカミリースは終業時間を迎え、多くの社員たちはぞろぞろとロッカールームに向かう。カワカミリースでは(たもつ)たちメンテナンススタッフと内勤の女性社員に制服があって、それぞれにロッカーが与えられている。


 内勤の男性社員や営業には制服が無く、従ってロッカーが無いので、バッグなどを置く場所に困るとの声も上がっていて、近々コンパクトサイズロッカーの導入が検討されているらしい。


 帰宅準備を始める同僚たちを後目(しりめ)に、保は制服である黄緑色のつなぎのまま、自動販売機で冷たい緑茶のペットボトルを買った。社内の暖房は節電の影響もあってかかなり抑えられているのだが、冬用の厚手の長袖つなぎの保にとってはちょうど良い。


 夏場は夏用の薄手つなぎになるのだが、枝や葉っぱなどでの怪我を予防するために長袖なのである。なので社内にいる時は腕捲りをしている。得意先を訪問する時はそうはいかないので元に戻すのだが。


 今日金曜日はカフェ・シュガーパインの訪問日である。訪問時間は21時過ぎ。それまでに1件、結婚式場訪問の予定がある。時間を遊ばせる様な勿体無い事はしない。


 帰宅時間がかなり遅くなるが、あまり誰も文句を言わない。時間に(ともな)った手当が出るからだ。きちんと残業扱いになるのである。


 さて、そろそろ外出準備をしなければならない。結婚式場からシュガーパインは帰社せずに行くので、2件分の用意しなくては。確か結婚式場の方に病気になってしまったブライダルベールの交換があったはずだ。


 昨日先方から電話を貰ったところなので大丈夫だとは思うが、記憶違いが無いか確認してから、園芸場から社用車に積み込まねば。


 半分ほど飲んだ緑茶のキャップを閉じ、必要書類を取りに部署に向かう。廊下を歩き、角を曲がろうとした時、何かにぶつかった。


「あっ、すんません!」


「い、いえ、こちらこそ」


 とっさに謝ると、相手も詫びを寄越して来た。誰だと正面を見ると、そこにあったのは黒い髪。ふいと見下ろすと保より頭半分ほど背が低い同期、前原(まえばら)だった。


「あ、前原か、悪い」


「いや」


 見ると、前原はすでに着替えを終えていて、黒のジャージ姿だった。


「ジャージ?」


「ああ。最近ジムに通っとるから」


「へぇ、意外やな」


 前原は男性にしては小柄な方で、体型も細く、ひょろひょろという表現がぴったりだ。スポーツジムで身体を鍛えると言うイメージとは結び付かなかった。


「ただの時間潰しや」


「時間潰し?」


「ちょっとな。ほな」


「ああ。お疲れ」


 前原は大きなスポーツバッグを(かつ)いで帰って行った。


「さて、俺も行かんと」


 山崎はあらためて部署に向かう。


 ……シュガーパインでカナの事を訊けるだろうか。




 21時、カフェ・シュガーパインは閉店時間を迎えた。最後のお客さまが退店され、春眞(はるま)たちは後片づけを始める。


 いつもの様に要領良く掃除や洗い物をしていると、ドアが開かれた。


「こんばんは、カワカミリースです」


 山崎(やまざき)さんだった。爽やかな笑顔を浮かべている。


「こんばんは」


「こんばんは!」


「こんばんは〜、今日もよろしくね〜」


「はい。お世話になります」


 山崎さんはドアの脇に背負っていた荷物を下ろすと、その中から剪定鋏(せんていばさみ)とビニール袋を取り出した。棚に置かれているシュガーバインを1鉢1鉢丁寧に見ながら、不格好に伸びてしまった(つる)を形良くカットして行く。


 その間にも後片づけは進んで行く。そろそろ速水(はやみ)さんも帰って来る時間の筈だが、なかなか来ない。仕事が長引いているのか、それともまさか。


 トイレ掃除を終え、それでも速水さんは訪れない。春眞は嫌な予感に襲われた。


「兄ちゃん、俺ちょっと駅前まで速水さん見て来る。メトロやんな」


「あら、そう言えば今日は遅いわね」


「あ、ほんまや。どうしたんやろ」


 秋都(あきと)は洗い上がったプレートを拭きながら、茉夏(まなつ)は椅子を拭きながら首を傾げた。


「え、速水さんて、あの」


 速水さんの名前に反応したのか、剪定を終え土に肥料を注入していた山崎さんが手を止めて、怪訝(けげん)な表情で振り返る。


「そうよ〜、先週山崎くんに車で送ってもろた速水ちゃんね〜」


「あ、あの、気になっとったんです。あれからどうなったかと」


「ん〜、実はね〜、ストーカーやったの〜。せやから毎晩春眞と冬暉(ふゆき)がお家までお送りしてるんよ〜」


「そんな、一大事や無いですか!」


 山崎さんが血相を変えた。


「警察にも届けてあるんやけどね〜、容疑者がまだ特定出来なくて。困ったわよねぇ〜」


「兄ちゃん、とにかく僕行って来るわ」


「ボクも行った方がええかな」


 男性とふたりきりだと、ストーカーを刺激するかも知れない。以前秋都たちが言っていた事を、茉夏はしっかりと覚えていた様だ。


「そうやな……、いや、とりあえず僕ひとりで、お、と、と」


 急いでいたせいか、春眞は少し出ていた椅子に足を引っ掛けてしまい、軽くバランスを崩してしまった。すぐ近くにいた山崎さんの両手が素早く春眞に伸びる。


「大丈夫ですか?」


「すんません、大丈夫で……、あれ?」


 山崎さんが至近距離になり、春眞の鼻が、脳がぴくりと反応した。


「どうしました?」


「いや、ちょっと待って……」


 丁寧語を使う事も忘れて、春眞の鼻に(かす)めた匂いを追う。それは山さん崎の襟元(えりもと)辺りから微かに漂っていた。


 集中する。更に鼻を近付けた。逃さない様に、山崎さんの両腕をがっしりと掴んだ。


「あ、あの?」


 山崎さんは狼狽(うろた)えた様子で、後退りしようとする。


「じっとして」


 春眞の静かで真剣な声が、山崎の足を止めた。春眞の髪が触れそうになった頭だけ大きく仰け反る。


 そしてやっと春眞は山崎さんから離れた。


「びっくりした……。兄ちゃん、茉夏、あのメモの匂いがする」


「あら!」


「嘘やん! 何で!?」


 秋都と茉夏も驚いて声を上げる。山崎さんだけが何が何やら解らない様子で春眞たちを見渡した。


「あ、あの?」


「山崎さん、このつなぎを着てはる時に、誰かにぶつかったりとかしませんでしたか? 触られたりとか」


「触られはしませんでしたけど、ぶつかりはしました。会社で、私と同期の人間なんですが。あの、その者が何か」


 春眞は言い淀み、秋都を見る。知り合いであった事は朗報だ。だがどう訊いたらいいものか。


「あのね〜、確定や無いんやけど、その同期の人とストーカーの匂いが似ているみたいなのよ〜」


「は、え?」


「似てるってだけなのよ。だからあのね、ん〜」


 秋都が言葉を選んでいると、茉夏がじれったいと言う様に首を振った。


「ストレートに訊いたらええやないか。山崎さん、その同期の人について教えてください」


「……そうやって言葉にしちゃうと、あんまり言葉を選ぶ必要無かったわね〜」


 秋都が苦笑する。


「どういう事ですか? その同期が速水さんのストーカーだとおっしゃるんですか?」


 山崎さんは呆然としていた。


「今の時点ではあくまで可能性です。けど、かなり高い割合でそうや無いかと俺は思ってます」


 春眞の後ろで秋都と茉夏もうんうんと頷いた。ふたりは春眞の鼻の性能の高さを信用してくれていた。


「ですが、その者は速水さんの事など知らんはずです」


「どこで見初(みそ)めたんかは判らへんけどね〜。ストーカーってのはそういう常識が通用せえへんから〜」


「そんな」


 山崎さんは愕然(がくぜん)とした表情を浮かべた。それはそうだろう。同僚が知り合い、もしかしたら元カノへのストーカー疑惑を掛けられたのだから。


「俺、どうしたら」


 得意先に敬語を使う事も忘れ、山崎さんは呟く様に言った。


「まず確定しなきゃね〜。山崎くん、その同期の人の顔写真とかあるかしら〜?」


「去年の慰安旅行で撮影したもんがあります。明日でしたらお持ちできますが」


「ほんまに悪いんやけども、お願い出来るかしら〜。ここの営業時間内に寄ってもらえると助かるわ〜」


「承知しました」


 山崎さんが神妙な表情で頷いた時、ドアが威勢良く開かれた。


「すいません! 遅くなりました!」


 全員が一斉にその方を見る。速水さんだった。そうだった、春眞は長居駅まで速水さんを迎えに行こうとしていたのだった。匂いのお陰ですっかりと後回しに、いや、忘れていた。


 春眞は自分の迂闊(うかつ)さと、速水さんが無事だった事で、全身の力が抜けそうになった。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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