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亡霊

「―――ライ?」


 紹介されたケルトと言う龍は、少し照れくさそうに笑った。その表情もイリスのかつて恋人だったライそっくりだった。

「イリス、驚いたでしょう?ライの弟なんですよ」

 弟?イリスは思い出した。ライには生き別れた弟がいると言っていた。親達の離婚で幼い頃、兄弟がそれぞれの親に付いて別れてしまったと―――

「兄弟とはいえ、良く似ているでしょう?私も初め、ライが甦ったのかと錯覚したぐらいでした」

 レンはその時の驚きを語っていたが、イリスはライが甦ったかのようなその龍から目が離せなかった。

 カサルアはイリスとその初めて見る恋敵と瓜二つと言うケルトを交互に見た。胸の奥からどす黒いものが湧き出てくるようだった。そして金の瞳を大きく見開いた。

イリスが瞳を潤ませながらも微笑んだからだ。その時、瞳の端から宝石のような涙がまた一滴流れた。彼女のこんな微笑は滅多に見られるものでは無かった。初めて春を告げる花木を贈った時に見た以来だろう。だが彼女のこの微笑は恋人のライには何時も見せていた筈だ。苦い悔しさが込み上げてくる。

 カサルアはケルトを見た。見た目だけで言えば、おっとりとした容貌で特別な感じは無い。見知らぬそのライに何度も嫉妬して想像していたが、それとは随分違っていた。これほど自分と正反対の雰囲気だとは思わなかった。

 イリスは懐かしむように微笑んでいた。その瞳に涙はもう無い。


「本当に良く似ています。出会った頃のライに・・・・」

 彼女は遠い昔を思い浮かべるように瞳を細めて言った。

 優美な花のようなイリスの姿をケルトは驚きと羨望の眼差しで見つめていた。

 彼女がクスリと笑った。その楽しげな声にカサルアは再び瞳を大きく開いた。イリスがそんな風に笑ったのを初めて見たからだ。

「ふふっ、そんな表情もそっくり。初めて私を見た時のライと。懐かしいわ――」

「い、いえ、あ、あの・・・・貴女がとても綺麗だから・・・えっと」

 イリスは再び、言葉までそっくりだと言って楽しそうに笑った。

 レンは彼女のその様子に満足した。親友だったライの死は悲しい事実だったが、それを痛みに感じる時期は過ぎていた。それが証拠にケルトと出会って、心は痛みより懐かしさが込み上げ温かくなった。イリスもそう感じてくれるだろうと思い、真っ先に紹介したのだ。レンは確信した。彼女はもうライの死を乗り越えていると―――


 彼女と同じく微笑みながらレンは、ふと、カサルアを見た。その表情は硬く金の瞳は暗く影を宿していた。何を考えているのか読めなかった。それは初めて見る彼だった。〝陽の龍〟〝天龍王〟と呼ばれ、数多を照らす陽光のような存在である彼とは正反対の雰囲気を纏っている。背中にゾクリとくる冷たさを感じた。この感じは覚えがあった。カサルアと対極であった魔龍王ゼノアだ。

 傍に立つイザヤもそれを感じたのだろう。カサルアを銀灰の瞳で注視していた。

「陛下」

 イザヤの呼び声にカサルアは、はっ、とした。自分の心に湧き上がっていた暗くよどんだ欲望を否定するように首を一振りして自傷気味に嗤った。

 こういう時に思い知る・・・自分がゼノアと少しも変わらないと。ただゼノアは己の欲望のまま好きなように生きたのであって、自分はその渇望を抑える事が出来るだけだ。それは簡単に言えば自制心が有るかどうかという一点。気も狂うような永い月日の果てに誓った二つの事は叶えた。だが全てが終わった後に残ったのは虚しさだった。生きる糧が無くなって自分はこれから何をしたらいいのだろうか?と、つい思ってしまう。する事は沢山あると言うのに。ゼノアもそうだったに違い無い。王として君臨した後の虚しさに狂ってしまった。その闇に堕ちた心に射した光がアーシアだったのだ。


(奴はアーシアに出会うのが遅すぎた――)


 しかし、カサルアは幸運だと思う。何度も闇に堕ちそうになりそうな時にはイリスがいた。彼女はまさしく守護天使だった。傍にいるだけで心が癒されたのだ。ただ傍にいるだけで甘い時を過ごす訳でも無かったがそれで十分だった。しかし、今はどうだ?この虚しさの中に芽吹いたのは、見て見ぬ振りをしていた欲望――イリスの全てを手に入れたいという渇望。

 だが、今は惨敗だ。彼女の心は恋人だった男に似た奴に注がれている。ただ似ているというだけで彼女の心を捉えた幸運な奴だ。ゼノアなら即、殺すだろう。奴の気持ちが解らないでもない。

 カサルアは再び自傷気味に嗤った。

「カサルア?」

 心、此処に有らずの主君をいぶかしんだイザヤは、敬称では無く彼の名を呼んだ。

「――ああ、何でもない。少し考え事をしていただけだ。さあ、行こうか」

 カサルアは自制心が保たれているうちにこの場から離れたかった。それ程、ケルトの出現は彼にとって忌むべき出来事だったのだ。カサルアはイリスを見るのでさえ辛くためらい、視線を外し去って行った。彼女の瞳は既にケルトでは無く、いつもと何かが違うカサルアを心配していたとは知らずに―――


 イリスもケルトとの出会いで大きく変化した。レンの言ったようにライの存在は懐かしい思い出となっていたようだった。以前なら彼に良く似たケルトをみれば悲しく辛かっただろうが今はそう感じない。一生こんな気持ちになれるとは思ってもいなかったが、これも全てカサルアに起因する。イリスのカサルアに対する想いは心に秘めるだけ、大きく全てを支配していたのだ。

 心の在りかがハッキリし、イリスはまるで薄い衣を脱いだかのようだった。今まで何処かに置き忘れていた感情が内側から溢れ出していた。今まで無感動だった彼女が笑ったり怒ったりするので周りの者達が一番驚いたようだった。

 面白く無いのはカサルアだけだ。そうさせているのは先日の亡霊が原因だと思うからだ。


 亡霊――カサルアがケルトの事を自分の中ではそう呼んでいる。

 ライの亡霊と―――


 青天城の庭先で何人かの龍と宝珠達が楽しそうに歓談しているのをカサルアは城の一角から眺めていた。向こうから此方は陰になって見えない。その集団の中にはイリスとその亡霊がいる。何を話しているのかまで分からないが実に楽しそうだ。

「もう!何を見ているの?カサルア!兄さま?」

 アーシアが一緒にいたようで、自分の話しを上の空で曖昧に頷く兄を責めた。アーシアは、それでもぼんやりと外を眺めている兄の視線を追った。

「ああ、イリスさんね。兄さまったら飽きもせずイリスさんの事が好きなのね。でも本当に珍しいわねぇ~今までの兄さまの好みの女性とは正反対だもの。どちらかと言えば華やかで艶やかな感じが好みだったでしょう?ん~そう!サーラさんみたいな。ねっ?で、どこが好きなの?」

 カサルアは耳元でごちゃごちゃ言うアーシアを、チラリと見ただけでふて腐れていた。

「もう!無視?感じ悪いわよ。私には色々かまう癖に自分の事になると、だんまりな訳?ずるいわよ。いいわよ、それならそれで!でもね、イリスさんは無理よ。亡くなった恋人を忘れていないんだから――」

 アーシアは最後まで言葉を繋げられなかった。カサルアの突き刺す様な視線を受けたからだった。


「アーシア、人の心配をするより、自分はどうなんだ?この頃、沈んだ顔をしているじゃないか?だいたいお前達、どうなっているんだ?」

 アーシアの顔が一瞬で曇った。

「ラシードは忙しいのでしょ?私、避けられるような覚えは無いもの・・・」

 その声は消え入りそうだった。

 ゼノアを斃したその後、みんな忙しく後処理をしているが、それだけの理由では無いとアーシアは感じていた。ラシードから意図的に避けられているとしか考えられなかった。何故なのかアーシアは見当がつかず戸惑っていたのだ。

 二人は羨ましいことに好き合っているのだからどうとでもなるだろう、とカサルアは思う。アーシアから尋ねられたことを、ふと考えた。イリスのどこが好きなのか?容姿は宝珠ならば誰でも美しいのだからそんなものは関係無かった。彼女はまるで森林の奥深くにある静かな湖水を思わせる。静寂の中に漂う安らぎを彼女から感じるのだ。慈悲深く美しい心が荒んだ心を癒してくれた。何処が?など言葉に言い表せるものでは無かった。

「―――さあ、行くかな」

「何処に?」

 カサルアは佇んでいた窓辺から離れてアーシアの横を通り過ぎた。出口で一度立ち止まり行く先を聞く妹に答えた。

「この時期に行くと言ったら、いつものところさ」

 アーシアは兄妹そろって本気の恋には不器用だと思い肩をすくませると、いってらっしゃい、と言って送り出した。


 いつもの所とはもちろん毎年欠かさず贈り続けた春一番に咲く花を取りに行く事だったが、運悪くイザヤに捉まり仕事が立て込んで結局数日を要してしまった。

 この花も大地が癒えると共に年々、花を沢山咲かせるようになっていた。最初に贈ったものとは比べものにならないくらいだ。

 カサルアは花びらを散らさないよう細心の注意を払いながら持ち帰ると、真っ先にイリスの元へ向かった。早く彼女の喜ぶ顔を見たかった。イリスの気配を探し、ようやく見つけた時は又、あの亡霊と一緒だった。しかもその厚かましい亡霊は同じ春一番に咲く花の枝を差し出している場面だった。

 イリスの表情は後ろ向きだから見えない。しかし見えなくても分かる―――

 奴の後から贈るなどしたくなかった。本当に忌々しい限りだ!

 カサルアは心の中で悪態をつき、くるりと踵を返した。その途中の曲がり角でアーシアと出会い頭ぶつかってしまった。花の枝がカサルアの手から落ちる。

「いたっ!誰?カサルア?あっ、花!大変!」

 アーシアは慌てて拾おうと、しゃがみ込んだ。

「少し花びらが散ったみたいだけど・・・カサルア?どうしたの?」

 拾い上げた花の枝をアーシアは差し出したが兄の様子がおかしいのに気が付いた。

 その枝を受け取る気持ちは無いらしく両手は下げたままのうえ、暗く沈んだ瞳で花を見つめていたのだ。

「何かあったの?」

「・・・・・・・・」

 カサルアはその問いに答えず彼女の横を通り過ぎようとした。

「ちょっと!これ!」

 アーシアは慌てて花の枝を差し出したがカサルアは肩越しに振り向いて一言、いらないとだけ告げた。

「いらないって、どういうことよ!ちょっと待ってったら!もう!知らないわよ!」


 アーシアは兄の態度に憤慨しながら罪の無い花の枝を見た。毎年欠かさずこの花をイリスに贈っていると聞いていた。何があったのか知らないが、これでいいのだろうか?と溜息をついて、行き場の無くなった花を持って歩きだした。

 その姿をイリスが見かけてしまった。サラサラと月光の髪を揺らしながら歩くその手には春を告げる花の枝があった。この地方には咲かない花だ。

 イリスは胸に氷の矢が突き刺さったような衝撃を感じた。自分自身願った事なのに事実を目の当たりにすると心が冷たく凍るようだった。

 いつもなら既に贈られても良い時期なのに届かなかった花―――

 偶然かも・・・と、心の隅で小さく囁く声もする。


(馬鹿な私・・・あの方がもっと自分に相応しい誰かを選んだ方が良いと思っているのに、あの花だけは変わらず届くと思っていたなんて・・・・本当に馬鹿な私)


 イリスは逃げるように駆け出して行った。

 その足音にアーシアは振り向いたが建物の陰に消えて誰だか分からなかった。しかし、こちらに向かって来る龍が見えた。その手には春を告げる花の枝が握られていた。

「あっ、アーシア様」

「こんにちは。えっと・・・」

「最近此方へ参りましたケルトです」

 ケルトは伝説の宝珠との偶然の出会いに興奮気味に答えた。

「はじめまして、ケルトさん」

 アーシアは彼の花を見た。やはり自分が持っているのと同じ花だった。ケルトも気が付いた。

「アーシア様もお持ちなんですね。これは自分の故郷に咲く花で珍しいと思ったのですが、此処にもあるのですね・・・」

「そんな事ないわよ。珍しいわよ。これはたまたま貰っただけだから・・・」

「そうなんですか・・・・」

 ケルトはなんとなく元気が無い。

「あの、良かったらこれも貰って頂けませんか?」

「私は嬉しいけれど良いの?誰かに贈るつもりだったのではないの?」

「まあ・・・そうだったのですが断られてしまって・・・あっ、すみません!そんなものを差し上げるなんて!」

 慌てて引っ込めようとするケルトの手をアーシアは止めた。

「気にしないで、喜んで頂くわ。ありがとう」

 そして花のように微笑んだ。ケルトはその誰をも魅了するアーシアの微笑みに呆然とし、返事もたどたどしく花を渡した。

 結局アーシアの腕の中には二本の花―――不機嫌な兄と落ち込んでいた彼。なんとなく符合しそうでしない何かを感じた。


 何かを探すようになんとなく振り向いてみると、遠くに黒装束の人物が瞳に入った。

 アーシアの顔に笑みが広がる。

「ラシード!」

 それは彼女の愛する火の龍だった。真紅の瞳が此方を向いたかと思ったのに、視界から遠ざかって行く。アーシアは振り上げていた腕を下ろした。

「私に気が付かなかったの?違うはね・・・」

 鼻の頭がツンと痛くなった。涙が出そうだ。

 最近ずっとこんな調子だった。今も絶対に気が付いていたと思うのに・・・・

(でも今度の即位式と四大龍拝命式には絶対逃げ出せないんだから・・・)

 今度こそ理由を問いただそうと思いながら、心は沈むばかりだった。


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