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イリスの想い

 あれは初めてイリスと共に行なった、鉱山の労働者解放の時だった。弱き者達が強制的に連れ去られては、過酷な鉱山の労働に使われていた。人々は最低限な物しか与えられず、病気にでもなればゴミのように捨てられ、また何処からか労働力は補充されて続けていた。

 このような場所は各地何処にでもあった。初めは軽犯罪者を使っていたが、労働力が足りなくなると、犯罪者に仕立て上げられた一般の人々が送り込まれるようになった。そして利益を生み続け、特権階級だけがその恩恵を受けているのだった。腐りきった中央管理の典型的な例だ。

 カサルア達の活躍で数ある悪行を正しても、次から次へと増えていく。悪の根源であるゼノアを中心とした中央を叩かなければ終わりは無いと解っているが、今はその力が足りない。焦る思いを笑顔の下に隠しながらカサルアは皆を導いて行く。


 今回もカサルアは綿密に計画した作戦を、同行した仲間に指示を出していた。各自、囮や陽動、囚われている人々の救出にと別れて完璧に遂行していった。

「カサルア様!全て完了致しました!」

「ありがとう。皆、良く頑張ってくれた。素晴らしかったよ」

 高台で皆を見守りながら指示を出していたカサルアの元へ集まった仲間達に、彼は激励の言葉をかけながら微笑んだ。

 その彼の声を聞き、姿を見た龍達と、それに力を与えた宝珠達は歓声をあげて成功に沸いた。イリスも皆の感激が移ったのか少し高揚した顔をしていた。

 イリスは今まで、色々指示された活動はしていたが、このような大規模な作戦はもちろんだったが、カサルアと共にしたのは初めてだった。彼の完璧なる統率力に、直ぐ近くで見守ってもらっているという安心感は何ともいえない気持ちだった。

 一人一人に労いの言葉をかけながら、カサルアがイリスの前に立ち止まった。

「怪我は無い?」

 彼の指が頬に触れた。優しく微笑む金の瞳に自分が映っている。触れられた頬が熱くなる感じがした。イリスは自分の頬に触れるカサルアの指を避けるように顔を横に反らした。

「大丈夫です」

 拠り所を失った指は、カサルアの小さな溜息と共に券を握って下ろされた。


「―――それは良かった」


 イリスは、はっ、として彼を見た。いつもならもっと話しかけてくるのに今日はあっさりと引いて踵を返したからだ。

 カサルアには、まだやらなければならない仕事が残っていた。この鉱山を使えないようにしなくてはならなかった。そうでなければまた同じ事が繰り返されるだけだからだ。この位置からだと、人々の悲しみに渦巻いた鉱山は全て見渡せた。

「さあ、最後の仕上げだ!今から此処を壊す」

「まさか!とても無理です!皆で力を合わせてもとても・・・・ラカンとラシードが繰り出す〝炎水の陣〟ならまだしも・・・」

 振り向いた〝陽の龍〟に皆、絶句した。彼から立ち昇る巨大な龍力は火輪を思わせた。

「皆、下がって」

 カサルアは短くそう言うなり不敵に微笑みながら右腕を上げた。袖の無いその右腕には金色に光り輝く龍紋が刻まれたかと思うと、天空に光りが走り轟きと共に雷が無数に鉱山へと降り注いだ。


 眩いばかりの閃光―― 粉々に打ち砕かれた鉱山は土砂となって平地へと変貌する。地殻変動まで誘発していた。大地が、天が、震えた―――


 揺れる大地の余波でイリス達も立っていられなかった。膝をついた彼女を助け起こしたのは力を引いたカサルアだった。まだ右腕に余韻を残す彼に触れられた時、何かが身体の中を走りぬけた。イリスの身体がビクリと大きく揺れて、カサルアから逃げるように離れた。

「イリス―――」

 彼女のはっきりとした拒絶の態度に、カサルアは言葉を呑み込んでしまった。


(そうだ。あの時から彼女の様子はおかしくなった。あの瞳は――恐怖?)


 何故、恐怖なのか?そういえばゼノアが彼女の故郷を焼き尽くしたのは天から降り注いだ炎の矢だった―――


(まいったな・・・・まるで奴みたいじゃないか?この力に同じものを見たのだろうか?)


 ゼノアとは表裏一体。光りと闇。同質でいて異なるもの―――

 彼女の大事なものを奪ったあの惨劇。レンから事情はある程度聞いた。イリスはレンの親友ライの恋人だったという事だった。ライは地の龍で腕の良い医師だったが、ゼノアの何時もの気まぐれで街中が焼き尽くされ殺されたとの事だった。大地の力を持たない彼女が、宝珠としてライと契約をする事は無かったとしても、一番重要である宝珠として龍を選んでしまっていたというのも事実だろう。無二の誓いをしていないだけで心は既に決まっていたのだ。龍と宝珠はその性質から力だけの結び付きだけで無く、男と女としての伴侶となる場合も多い。その愛し愛された仲で、死に別れたのだから心が死んでしまうのも頷けた。


 宝珠が惹かれる龍力を見せて逆に引かれるとは計算違いだった―――


 カサルアはもう何回溜息をついたか知らないが大きく息を吐いた。

「先程から何ですか?溜息ばかり?何か悩み事ですか?」

「イザヤ、実はな――嫌、何でも無い」

 イザヤにして何になる?彼こそこんな事には無頓着なのだから相談でもしたら最後、説教されるに違い無い。

「あ~あ、ラシードでも見習うかな?」

「ラシードがどうしたのですか?カサルア?」

「何でも無い。そう言えばラシードはまた恋人が変わったみたいだ。彼に付いていた残り香が変わっていたからね」

「そうですか。女性にうつつを抜かし過ぎて任務を疎かにしなければ、何をしようと私がとやかく言う筋合いはありませんね」

 イザヤはラシードの話になると尚更素っ気無くなる。相性が悪いのだが、お互いに力は認め合っているから仲間として支障は無い。

「うつつか・・・・そうだな」

 自分の方がよっぽど恋にうつつを抜かしているから、イザヤの言葉はきつかった。


(ラシードか・・・そうだな。ちょっと奴みたいに冷たくするのも手段として良いかもな)


 端から見ていても、それはどうか?と言いたいぐらいに、女性に対しては冷たいラシードに恋人志願者は後を絶たない。女性心理は複雑で理解しがたいものだ。

 丁度いい機会だからイリスとの距離を空けてみる事にした。性急過ぎたのだろうと反省もした。心に深い傷を負った彼女に、新しい恋など受け入れるのは難しいと判断するしかなかった。時をかけるしかない―――その凍ってしまった花が再び咲き始めるまで。



 あれから彼は平等になった。特別は無くなったのだ。そう――みんなと同じ。いつも耳元で、皆に聞こえないように囁かれた、あの言葉を聞く事も無くなった。長く見つめられる事も。

 イリスは、自分が意識的に避けていたのだから当然で、もう困る事が無くなったのだから良かった、と思うべきなのに―――

 あの眩しい閃光のような力を見た時から心に鍵をかけた。その巨大な力に宝珠の性として惹かれない訳では無かった。多分、契約した宝珠でさえも彼の力には惹かれるだろう。しかし、強すぎるのだ。とても宝珠として彼の力を受け止め、更に増幅するなどとても出来るものでは無いと感じた。力に見合わない宝珠は壊れかねない。その力を察した時、まるで地の龍であるライの力になれないと絶望した、あの時と同じような気持ちになった。


 〝私では駄目〟と、力の無い自分を呪った、あの時の絶望感―――


 カサルアから飽きる事無く囁き続けられた愛の告白。彼は自分の宝珠になって欲しいとも、恋人になって欲しいとも言わない。ただ、〝愛している〟と囁くだけだった。宝珠に、とは当然言わないだろう。力の差は彼なら十分解っているだろうから。


(じゃあ、恋人に?ライの時と一緒・・・無二を誓いたい龍の役に立たない宝珠なんて無価値以外何者でも無い)


 今の考えにイリスは驚き、声をだして反芻した。

「無二を誓いたい?」

 馬鹿な考えだと思った。自分はライだけ、ライ以外の龍の宝珠になど―――

 しかし、カサルアの姿が脳裏から離れなかった。彼の笑い声、深い微笑み、すねたような甘えた喋り方――いつかイザヤが言っていた。


『貴女の前でだけカサルアはくつろいでいるようだ。あのような彼は初めて見る――』


 自分ではいつもの事で、知り合った時もそうだったから気にしていなかったが、普段無表情のイザヤが驚いていたのが印象的だった。

 確かに彼は素晴らしい。一分の隙の無い完璧な龍だった。多くの人々の希望であり、憧れであった。皆が彼の一挙一動を見て期待する。自分だったら息が詰まりそうだ。


(その彼が唯一、心をさらけ出してくれたのが私?)


 ライの事は今でも好きだ。思い出せば哀しいくらい愛している。だけど心の奥で、もう一つ花の蕾が膨らんでいる感じもするのだ。少しずつ、少しずつ水を注ぎ育てられた花。 

 イリスは認めるしか無かった。自分はカサルアを愛し始めている事を―――

 だが、ライの時よりも絶望を感じた。あの時は希望があった。禁忌の貴石を使えば力の転換も可能だった。しかし、力を増幅させる手段は無いのだ。宝珠が貴石を身に付ければその力は増幅出来るが、カサルアの力はそんなもので対応出来るものでは無いのだ。


 これ以上、彼に心が傾くのを止めなければならないと思った。愛を求める彼に、応えるものが自分には何も無いのだ。宝珠の力が無ければ只の平凡な女でしか無い。それが解っているから彼に心をゆだねる事が出来ないのだ。

 彼の周りには、その力にのぼせた年若い宝珠が契約を望んで取り巻いている。煌びやかな娘達だ。本当の彼の力を知ったとしても構わないような愚かさを彼女達からは感じる。それが若いと言うものだろうか?経験の無さが彼女達を無恥にしているのだろう。でも羨ましいと思ってしまう。そして、数少ない龍の女達。鮮烈で華やかな人達だ。特に乾龍州のサーラ公女は素晴らしい。


 イリスは、どんどん深みにはまっていく考えに、頭を左右に振って途切れさせた。

 そして誰もいない中庭の木にもたれ掛けて、小さな声で歌い出した。自分を慰める時によく歌うのだ。優しい旋律が心を癒してくれる。そして遠くを見つめた。以前は幸せだった頃の追憶にふけっていたが、今は近くにいても届かないカサルアを想っていた。

 カサルアは棟と棟を繋ぐ回廊を歩いていた。東西南北に建つ棟の間には中庭があった。そこを通りかかった時、イリスの歌声が風にのって聞こえてきた。声の方向へ瞳を凝らすと、彼女は繊細な透きとおるような声で歌いながら、また何処かを見つめていた。此処では無い何処か遠くを―――


 カサルアは瞳を細めた。死んだ者に嫉妬しても仕方が無いが、胸に渦巻くものはどうしようにも無かった。死んでも尚、彼女の心を占めるその存在に嫉妬した。そんな存在を無視して、力づくで彼女が手に入るなら幾らでもそうするだろう。そういう衝動が無いとは言い切れない。激情で彼女を引き裂いてしまいそうだった。どうしてでも、その瞳を自分だけに向かせたいのだ。

 カサルアはいつの間にか爪が食い込むまで握りしめていた手に気が付き、強張った肩の力を抜いた。そして握り締めていた手を、二、三回、閉じたり開いたりして呟いた。

「馬鹿だな・・・・」

 愚かな自分の想いに悪態をつき、その場から足早に去って行った。これ以上その場にいたら自分が何かしてしまいそうだったからだ。それに今日は氷結に封印された妹アーシアの様子を見に行くと決めていた。何度かこの地を訪れているが、ゼノアの力は強く、その姿さえ視る事は出来なかった。

 力づくでアーシアを我がものとしたゼノア。その見返りは何も語らない動かない氷の中に描かれた絵のようなアーシアだった。それでゼノアは満足だったのだろうか?


(私なら満足はしない――)


 カサルアはイリスを思い描いた。彼女は傍にいて、話しもすれば微笑みもする。しかし、それが何だというのだ。近くにいても心は満たされなかった。イリスの心は彼女が愛した男と共にある。この世に存在しない男の所に飛んでいるのだ―――自分もゼノアと少しも変わらないと思う。



 アーシアが眠るこの艮龍州の氷山の一角で、カサルアは立ち尽くした。

 晴れた青い空の下に広がる白い氷の世界―――

 身を切るような冷気がその一帯を包んでいた。春が来てもこの一角だけは氷に閉ざされたままだ。相変わらずアーシアの様子は視えない。封印のほころびも、それに触れる手立ても見つからない。 カサルアは己の無力さを責めるかのように、体温の調節さえ忘れてその身を氷の世界にさらし続けた。

 ゼノアの剣に貫かれ、白い大地を紅く染め上げたあの日を思い出す。身体から流れる生温かい血が凍り体温を奪う―――大地が生命を吸っていったあの日。

 再び生を受けても、まだ何一つ出来ていない。妹を救い出す事も、ゼノアを斃す事も―――たったこの二つだけなのに何一つ出来ていないのだ!

 此処に来る度、カサルアは自分に対して憤り絶望する。もうこれまでなのか?もう駄目なのか?と自信がなくなるのだ。誰にも語れない、誰にも見せられない・・・・暗く沈む心を引きずりながら帰途につくしかなかった


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