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時の止まった家

完全無欠のカサルアの相手は誰に?と、悩みましたが本編にもチラッと出ていたあの彼女です。そこまで考えて出してたのでは無いのですが、綺麗に収まりました(笑)妹アーシアにベタ甘なカサルアですが、好きになった女性にはどうなのでしょうね?


 彼女のその瞳はいつも、此処では無い何処かを見ていた。時折、遠くを見つめるその瞳に魅せられていた。何を想っているのだろうか?と・・・・・

 彼女と出会ったのはもう何年も前になる。まだ、反ゼノアの組織を作り始めた頃だった。些細なつまずきが大きくなり、不覚にも深手を負ってしまった。追っ手を撒き逃れた先は、人々から忘れ去られたような人家だった。空き家だと思って入った其処に彼女はいた。まさかそのような場所に宝珠が一人で住んでいるとは思わなかった―――



 鳥達のさえずりが消えて、一斉に飛び立つ音がした。

 イリスはその音に、はっ、として薬草を選り分ける作業の手を止めた。誰かがこの家に近づいて来たに違い無い。様子を見ようと戸口に手をかけようとした時だった。突然その戸が開いた。イリスは驚いて悲鳴をあげそうになったが、戸口から現れたその人物を見て、その声を呑み込んでしまった。

 外は陽が傾き始めているというのに、其処には輝く陽を象ったかのような龍がいた。黄金に輝く長い髪が流れ、蒼白だが秀麗な顔立ちに何よりも印象的な金の瞳。

 イリスも驚いたが相手も驚いたようで、お互いに一瞬、声も無く見つめ合ってしまった。

「―――すまない。誰もいないと思っていた。くっ――」

 カサルアは負った傷の激痛に顔をゆがめた。

「怪我?怪我をしていますの?どうぞ、此方へ・・・手当ていたしましょう」

「いや、追っ手が此処に来るかもしれない。迷惑をかけたら申し訳無い」

 そう言って出て行こうとするカサルアをイリスは引き止めた。

「傷は深いのでしょう?このまま出て行かれたら命に関わります。どうぞ、此処に留まり下さい。治癒の能力補助はその方面の珠力が無いので出来ませんが、一般の治療なら出来ますから・・・・さあ」


 イリスはカサルアの腕にそっと手をかけて促した。その温かい手のぬくもりがカサルアの冷え切った身体に浸透していくようだった。

 突然現れた訪問者は、対岸の湖を渡ってきたのだろうか?全身ずぶ濡れだった。しかし、その姿でさえも神々しく輝いているようだ。普通なら怪我をしているとはいっても得体の知れない者を引き止めたりしない。一人で生きていくには用心深過ぎるぐらいが丁度いいのだ。だが、イリスは何故か引き寄せられるように再度、カサルアの腕をそっと引いた。

 その手の温かさに誘われるようにカサルアは部屋の奥へと進んで行ったのだった。

 まさしくイリスは命の恩人だった。気力でこの場へたどり着いただけで、その後、半身起き上がれるようになるまで日数を要した。その間、彼女はカサルアの素性を問いただす訳でも無く、ただ黙々と看病してくれていたのだった。


 カサルアは彼女の自分に対する態度を不思議に思っていた。弱まっているとはいえ彼の龍力は底知れない力を持っているのは宝珠なら十分感じたはずだった。宝珠は好むと好まないのに関わらず龍の力に惹かれる―――

 だが、彼女は無関心だったのだ。既に龍と契約済みの宝珠なら当然なのだが、どう見ても彼女は未契約者なのにだ。

 カサルアも自分の力は十分自覚している。いつでも寄って来る宝珠に困るぐらいだったからだ。だから普通は力を極力抑えているが、今は怪我のためそのような力を使ってはいない。

「―――イリス。君は何も聞かないんだな。私が怖くないのか?」

 カサルアの傷に清潔な包帯に撒き変えていたイリスに彼は尋ねた。彼は自分の名も名乗ってはいなかった。かくまった事で迷惑をかけたく無かったからだ。

「怖い?いいえ。良いか悪いかなど瞳を見れば分かります。あなたの瞳はとても澄んでいますもの・・・・何か強い志を持っている瞳をしていますね。あの人みたいに・・・・」

 誰かみたいだと彼女は言ったが声が小さくて聞き取れなかった。そして彼女はいつもの様に薬草を選り分け、それらを煎じたり、磨り潰したりと様々な薬を作っていた。彼女はそれで生計を立てているようだった。


(宝珠としては余りにも不似合いな・・・)


 宝珠の存在自体、貴重であり黄金やどんな貴石よりも価値があるのだ。だから宝珠は彼女らを望む龍達によって、それなりの生活が保障されるようなものだ。それなのにこのイリスと言う宝珠は、ひっそりと慎ましく時を忘れたかのような生活をしている。


(まだ若いのに、まるで年老いた世捨て人のようじゃないか?)


 カサルアは彼女の事が気になって仕方が無かった。宝珠としての力は並より上。しかし地の力は無いにしても、他は珍しく同等の力を有するようだから上級と言っても良いだろう。だが、そんな珠力の魅力だけては無い。それぐらいなら今まで何人も出会っている。そんなものでは無かった。

 彼女は微笑まないのだ。

 繊細な美しい貌に余りにも無機質な表情―――

 何も映して無いような硝子のような瞳―――動いていなければまるで魂の無い人形のようだった。生を感じないのだ。懐かしい故郷に降っていた、触れればとける淡雪のようだった。

 カサルアは彼女が微笑んだらどんな感じだろうか?と、思わずにはいられなかった。しかし、そう思う自分に腹立ちを感じていた。見知らぬ女性が笑おうが、泣こうが今の自分には関係無いのだ。こんな事を考えている暇がある程、まだ自由に動かない身体を恨めしく思った。

 ただ、時が止まったかのような同じ事を繰り返す日々が何日か過ぎた日だった。かん高い耳障りな鳥の鳴き声と、バタバタ地を叩きながら這えずる音が外でした。イリスが外へ出てみると一羽の小鳥が羽を怪我しているのに必死に飛ぼうとしているのを見つけた。彼女は手当てをしようと、バタつく小鳥をそっと捕まえたが、小鳥は驚いてイリスの手をくちばしで必死に突いた。小さなくちばしでも彼女の柔らかな手を傷つけるのは容易かった。でも、イリスは手を離す事無く、家の中に戻って来たのだった。


「どうした?鳥?怪我をしているのか?」

「ええ、羽が折れているみたいです。手当てをします」

 カサルアは彼女の手を注視した。鳥は今も尚、彼女の手を突き続けている。その小さな白い手に血が滲んでいた。

「君の方が怪我してしまっているじゃないか。野生の鳥だから容易く治療させてくれないよ。治療が終わる前に君がもっと大変な事になってしまう。私が治そう、さあ此方へ」

 カサルアは半身起き上がる事が出来てもまだ立ち上がる事が出来なかった。彼のその言葉を聞いたイリスは珍しく驚いたような表情をした。そして何かに怯えるように震えながらその両手を差し出したのだった。

 カサルアは普通ではありえないが全ての力を均等に使いこなす。彼の右の腕に金の龍紋がうっすらと浮かびあがってきた。まだ体調は戻っていないから何時もなら輝くようにくっきりと黄金に輝く紋が精彩に欠けている。騙し騙し治癒力を自分に使ってはいるが、その分の反動もあるので自己治癒は遅々として進まないのだ。だが小さな生き物ぐらいの治癒など容易かった。そして彼女の手の傷も。見る間に癒える自分の傷口をイリスは見つめた。彼女は立ち上がって窓のそばに行き両手を開くと小鳥は窮屈な縛めから解き放たれたように勢いよく飛び出して行った。


 やれやれ、と溜息をついたカサルアは、はっ、と息を呑んだ。イリスが、小鳥が飛び立った空を見上げ泣いていたからだ。声も無く、ただ空を見つめるその瞳から静かに涙だけが頬をつたっていた。彼女には感情があるのだろうか?と、最近では思ってしまっていたカサルアだったが、それは愚かな考えだった。見ている自分さえも胸を締め付けられるような深い悲しみが彼女から伝わってきた。

「・・・・・・・」

 カサルア自分の身体中、軋むような痛みを構わず寝台から降りると、イリスを背中からふわりと抱きしめた。考えるより先に身体が勝手に動いていた。そうしないと彼女が何処かに儚く消えてしまいそうだったからだ。そう、まるで誰かを追って逝くような錯覚を感じたのだった。

「駄目だ!」

 抱きしめた時、そう思わず声に出した。

 イリスは突然の抱擁に、はっ、として涙を止めた。


(駄目?何が?ああ・・・私、そんな顔をしたのね)


 死にたかったあの日を思い出していた。優しかったあの人―――

 死にかけた小鳥を抱いて来た私の手の中で治して〝もう大丈夫〟だと明るく笑っていたあの人―――

 そんな懐かしい思い出が同じような状況で甦り、そして壊れた日を思い出してしまったのだ。壊れた日―――辛い約束。

 イリスは、ぎゅっ、と瞼をきつく閉じ、開いたその瞳は再び硝子のように何も映していなかった。

「私は大丈夫です。懐かしい昔を思い出しただけですから・・・・」

 イリスはカサルアの腕からするりと抜け出して、そう言った。

 どんな思い出なのか?とカサルアは聞きたかったが、とても聞ける雰囲気では無かった。心に秘めた想いを聞く程、親しい訳でも無く、もちろん聞く権利も無いからだ。

 彼女の感情が揺れたのはその一度きりだった。

 そしてひと月近く過ぎた日、カサルアはその時の止まった家を後にしたのだった。

 戸口で見送る彼女を一度だけ振り返って見た。胸の奥に少しざわめく淡い想いが揺れた。彼女と一緒に何もかも忘れて過ごすのも良いかとさえ思う程、此処での日々は癒しに満ちていた。ほとんど語ることの無い二人の間には見えない何かを感じていた。だが、その思いを遂げる事は無い。今まで降り積った思いの方が重過ぎた。

 無念のまま死んで逝った大切な人達。氷の囚われた妹。未だ続く多くの人達の嘆き・・・・

 自分だけ幸せになどなれる筈は無かった。

 だが、イリス・・・彼女だけは幸せにしたかった。今まで、こんなに気になる女性に出会った事は無い。何処かを見つめるその瞳を自分に向かせたかった―――


(全てが終わるその日までこの想いは閉じ込めよう―――)


 カサルアは時の止まったその家にイリスはずっと居て欲しいと願った。再び、自分が訪れるその日まで―――

 数々の想いを胸に秘め、カサルアは金の髪を翻して再び己の行く先を見つめ歩き出した。



 気まぐれに地上に降臨した神のような彼を、人々は何時しか希望を込めて「陽の龍」と呼んだ。

「・・・・カサルア?聞いていますか?カサルア?」

 レンの声に陽の龍は、はっとした。

 今日はやけに川のせせらぎが大きく聞こえていて、ふと、あの時が止まった家を想い出していた。此処はその家があった北西の乾龍州。冬と春が廻る平原と湖の土地―――

 この川はあの家の近くにあった湖に繋がっているのだろうか・・・と、考えていた。

 レンの生まれ故郷でもあるこの地にも、魔龍ゼノアの爪跡が色濃く残っている。今日は、レンの紹介で何人かの有力な強力者と会合した後だった。

 黙っていれば女性と勘違いされても可笑しく無いような繊細な美しさを持つ、この地の龍は、その容貌に似合わない力を有していた。おそらくその治癒力は地の龍一だろうと思われた。天龍都にいるゼノアの四大龍よりも上だろうとカサルアは思っている。防御力が高いのは地の龍ならは当然だが、その分攻撃力は劣る。しかしそれが他の好戦的な龍と遜色無いのも珍しかった。レンは最初の仲間であり、彼に出会えた事を神という存在がいるのならその神に感謝したい位だった。

「カサルア?」

 自分をじっと見つめる金の瞳の指導者を、レンは問いかける様に名を呼んだ。

 カサルアは、クスリと笑った。

「神に感謝していたところ―――レンと出会えて良かったなと」

「それを言うなら私の方です。貴方に会えて良かったと――」

「はははっ、お互いに素晴らしい出会いに感謝だ!」

「そうですね。それと今日はもう一つ、新しい出会いを用意しております。今、隣で待ってもらっていますが、同士希望の者です。身元は私が保証いたします」

 レンはそう言いながらその隣へと続く扉を開いた。

「レンの知り合いなら大歓迎だ」

 カサルアはそう軽い調子言うと、扉を開けて待つレンの元へ笑いながら歩き出した。

 しかし、その笑い声はレンの先を見た途端、凍ってしまった―――全ての時が止まる。

「イリス―――」


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