表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

9.一方その頃人間界では──

 一方その頃、人間界では──


 ウォルスタン国の第二王子クリフが、ある文書を前に頭を抱えていた。


「お、おかしい……いくら単語の綴りを思い出そうとしても、全く思い出せない……!」


 第二王子とはいえ、王族関係の仕事は多岐にわたる。彼とてとある王族経営のファームを任されており、それで基本的な生計を立てているのだ。彼は報告書にある数字の羅列を眺めながらうめいた。


「病気か?記憶障害のような……」


 他の兄弟より馬鹿だと思われては父王からの信頼を得ることは出来ない。くらくらとしながらもクリフは震える手で辞書を引っ張り出し、事なきを得る。しかしこんなことが続いては、いつしか第二王子としての権威は失墜する。


 そんな時、彼はふとオフィーリアのことを思い出した。


 目の前に現れた幻影のオフィーリアは、クリフの額に手をかざす。


『あらあら……体の調子が悪いのですか?』


 その瞬間、目の前の霧が晴れて行くような感覚が沸き起こった。そういえば以前、そのような経験をしたはずだ。今になって急にそんなことが思い出されたのはなぜだろう。


 遊びに全力投球、イケメンを見ればすぐとっかえひっかえの、堕落令嬢オフィーリア。クリフは彼女を次第に遠ざけたが、今となってはすぐにでも彼女にすがりたい。


「……だめだ」


 クリフは首を横に振った。


「あんなあばずれと共にいては……私も馬鹿になってしまう。私にはダリアがいるのだ。才女ダリアが……あいつをずっとそばに置けば、誤魔化しながらも政務をこなせるだろう」


 いずれ夫人になるダリアを頼ることに決めたクリフだったが、他方、ダリアは誰にも言えない秘密を抱えていた。




 公爵令嬢ダリア。


 その名を知らぬ男性はいないというほどの美貌を兼ね備えた、アボット公爵の三女。厳格な教育を受け頭脳明晰、その見目麗しさからいずれは王族に嫁ぐだろうと誰もが予想していた才媛だ。


 いつからだろう。


 そんな彼女が美しい装丁の本を携え、夜な夜なお忍びで郊外を徘徊するようになっていたのは──


 ダリアは本を開くと、小さな声で呟いた。


「……〝魂を無垢にする者〟ジェミニ」


 すると本が光り、地面に描かれた魔法陣と呼応する。


 魔法陣から光と共に出て来たのは、金髪の長い髪をたなびかせた、この世の者とは思われないほど美しい男だった。


 ダリアはうっとりと、その男を眺める。


「ああ……ジェミニ」

「やあダリア、待たせたね」


 二人は抱き締め合う。絵になる二人の、美しい邂逅。


 しかしそれは──


「ああ、これは叶わぬ恋なのかしら……」


 ダリアは鼻をすすりながら彼の胸の中で呟いた。ジェミニは愛おしそうに彼女の額にキスの雨を降らせた。


「そろそろ、あの馬鹿王子との結婚が決まってしまうのよ。私……もう耐えられそうにない!」

「可哀想なダリア。もし私が魔王の子でなかったら、すぐにでも魔界にさらって行ってしまうものを」

「ジェミニ……私、あなたと生きたいの」

「しばらく我慢してくれ。今、魔王に必死に懇願しているところなんだ」

「……本当!?」

「ああ。過去に人間と婚姻した歴史もある。あと、もう少しなんだ……待っていてくれるか?」

「勿論よ!私、あなたと結婚出来るなら何だってするわ」


 ジェミニは微笑んで、彼女をそっと放した。


「ありがとうダリア。そう、あともう少しなんだ……」

「私の心はいつだってあなたと一緒よ」

「……ダリア」


 二人は情熱的なキスを交わす。その時、再び本が光り始めた。


「……しまった、父に呼び出されている」

「まあ!魔王様が……?」

「私も色々仕事があって忙しいんだ。悪いがダリア、来週もこの時間に、ここで」

「分かったわ……待ってる」


 ダリアは物分かりのいい女であることを自負している。すがりついて彼からの信頼を無くさぬよう、すぐに身を引く「わきまえた女」なのであった。


 ジェミニは本の中に吸い込まれて行った。


魔導書ゲート


 高位魔族は、この魔導書ゲートを介して様々な場所に行くことが出来た。ジェミニは本の中の亜空間を移動しながら、呼ばれた方へと旅立っていく。


 次に来た場所は、サザーランド王国郊外。


 魔法陣の上に降り立った彼は、今度は別の少女と落ち合った。


 公爵令嬢アンバー。彼女もまた、サザーランド王国王太子の許嫁であった。


「……ジェミニ!」

「ああ、愛しのアンバー。君が呼んでくれるのを待っていたよ──」


 二人は闇に紛れて抱き合った。


 そして、ジェミニは闇に紛れてほくそ笑む。


(人間は、本当に馬鹿だ)


 アンバーに美辞麗句を囁きながら、彼は腹の中で嘲笑った。


(表面の美しさに気を取られれば、肝心な中身をまるで見ることもなく、簡単に目が曇る。魅了魔法を使うまでもなく、勝手に我が手の中に墜ちて行くのだ)


 これは人間界をのっとる計画のひとつ。争いの火種を撒き、まずは王族とその周辺貴族を分断する。急な変化が起これば怪しまれるので、徐々に時間をかけて人間界の中枢を蝕むつもりだ。


 さらに、ジェミニにはある秘策があった。


(3のつく数字と3の倍数を見たらアホになる呪いを、王家の全ての重要書類にマークした……人間界の王子が全員アホになるのも時間の問題だな)


 ジェミニはアンバーに微笑みながら心の中で高らかに笑う。


(あとは、人間界と繋がっている高魔力の保持者をひとりひとり潰して行くのみ……!)




 一方その頃、魔界のオフィーリアは……


「そっちに逃げましたわーーー!!!」


 アイヴァンと馬を相乗りして、投げ網を使い鶏を追い掛け回していた。


「雌雄生け捕りにして、卵を産ませるのですわーーー!!!」


 キャンディもミアの乗るバイクの後ろに跨って、網を地面と平行に構える。


「鶏はこっちにもいるよ!ミア、こっちだって!」

「オラァッ!ご馳走だ!」


 パラリラパラリラ。


 魔界は今日も騒がしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんと魔界の兄ちゃん、枕営業(笑) 鶏はなんなら無精卵でも! まだまだ悪役令嬢は増幅しそうですね~
[一言] 世界のナベアツキターーー!!!!(大歓喜)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ