8.やさぐれ〝単車〟令嬢ミア
元来た場所に戻ると、やはり馬の姿はなかった。
「やっぱり、いませんわね」
オフィーリアはきょろきょろと周囲を見渡した。アイヴァンが地面を指さす。
「待て。馬の蹄の跡がある」
「これを追って行けばきっと馬が見つかりますわね?」
キャンディはどこか決まり悪そうにして黙っていた。が、ふと地面に目を凝らして怪訝な顔をする。
「ん?何だこれは」
「どうなさいましたの?キャンディ」
その地面にずっと走っていたのは──
一線の太いタイヤ痕。
キャンディは考え込む。
「馬と並走してタイヤ痕……?」
「一本だけというのが気になりますわねぇ。馬車についているタイヤは普通四輪ではありませんか」
アイヴァンが話に入って来る。
「一線のタイヤ痕なら、少し覚えがある。人間界の最も発展した国、マルヤマ国のバイクだ」
令嬢二名は首をひねった。
「バイク……?」
「一から説明するのも面倒だ。言い換えれば、メカニカルな馬と言うべきか。かの国には魔導力で駆動する二輪の乗り物があるのだ」
「まあ!そのようなものがあるのですね。アイヴァン様は博識でいらっしゃるのね!」
「これを辿って行けば、馬に会えるかもしれない……」
「行きましょう、今すぐ!」
オフィーリアがバイクという謎の乗り物を想像して歩き出した、その時だった。
パラリラパラリラ。
妙に軽快な音がして、三人は戸惑った。
「な、何ですの?この奇天烈な音は……!?」
それと同時に
「ヒ……ヒヒーン!」
馬がこちらに駆けて来た。三人はその方向を見てぎょっとする。
馬がバイクに乗った令嬢に追いかけられている。
彼女の出で立ちは、遠く令嬢には及ばない姿であった。
サイドを刈り上げた金髪ポニーテールをたなびかせドレスをばさばさと巻き上げながら、彼女はエンジンをこれでもかとふかし馬を追いかけている。
びゅんと疾風のごとく通り抜けた単車令嬢を、三人は呆然と見送った。
「あ、あれが……バイクか!?」
「何て早いのかしら……」
「追いかけよう。あんなのに追い立てられたら馬が可哀想だ」
バイクはこちらに急旋回すると、馬を止めるように立ちはだかった。
馬も急ブレーキを踏む。
もうもうと砂煙が上がる中、モヒカン金髪ポニテ令嬢は単車から降りて来た。そしてゆっくり歩いて来ると、ひるむ馬の前足から、ぴっと吹き矢を抜いてやる。
どこか重々しい空気を纏う令嬢は、馬から視線を外し三人を見つけると思い切り睨みつけ、
「なんだ~?テメー」
と凄む。オフィーリアは前に出ると、ハラハラしながらも問いかけた。
「申し遅れました。私はオフィーリアと申します。つかぬことをうかがいますが、もしやあなたも人間界を追放された〝悪役令嬢〟ではございませんか?」
モヒカン令嬢はそれを聞くと、にやりと笑って見せた。
「へー、ってことはアンタも〝悪〟ってことなの?」
「はい、そうですわね……夜な夜なヤンチャしておりましたわ!」
アイヴァンがどこかオフィーリアに軽蔑の視線を送る。一方、モヒカン令嬢がオフィーリアに向ける視線は良い方へ変化した。
「だからあんたの背中にはバットが入っているわけか」
「へっ?……いえあのこれは、棍棒です!」
「ニーン……つって出して来るアレだ。敵チームを油断させといて殴るための」
「ち、違います!これはアイヴァン様からいただいた愛の証ですわっ」
アイヴァンは更に怪訝な視線をオフィーリアに送る。モヒカン令嬢は笑った。
「まあ細かいことはいい。ところであんたら、私に何の用?」
アイヴァンは前に出た。
「逃げた馬を取り戻しに来たのだ」
「へー。じゃあ、あんたが飼い主?」
「……そうだが」
すると、モヒカン令嬢の目の色が変わる。
「この馬に矢を放った奴はどいつだ!?私は大切な単車を攻撃する奴は大嫌いなんだ……徹底的にシメてやる!!」
その怒号に、オフィーリアとアイヴァンはその視線を同時にキャンディに走らせた。咄嗟のことだったので表情管理が出来ていなかったことを、瞬時に二人は後悔する。
「おーん?そこのピンク頭が主犯かぁ?」
「ち、違いますの。これにはワケがありまして……」
「馬を攻撃するワケなんかあるか?お?」
膠着状態が続くかと思われた、その時だった。
「いいよいいよ……はいヤメ。別にあの矢はそんなに痛くなかったよ。それよりバイクで追い掛け回されていた方がキツかった」
馬が喋った。
「馬が……喋った?」
令嬢三名の声が重なった。馬は頷いた。
「あ、知らなかったの?俺ってすごい馬然としているけど、元々はケンタウロスだから」
「そうなんですの?人間の上半身ではありませんけども……」
「こっちの方が生きやすいから、この姿に変えて貰ってるんだアイヴァンに。異形って結構辛いもんで」
「まあ、そうでしたの」
一方、モヒカン令嬢は落ち込んでいる。
「そっか……私はてっきり暴れ馬だと思って、止めようと」
「俺、今までなんで追いかけられてるのか分からなかったよ」
「すまない」
「まあいいや。こうしてアイヴァンとも落ち合えたしね」
アイヴァンは馬に跨った。馬が言う。
「例の魔導書は、オフィーリアに?」
「ああ。一番魔力が高い女なのでな」
「……うん、それがいい」
モヒカン令嬢はそんな彼らを眺め、単車を一度「ブウォン」とふかした。それから、
「私、魅愛っていうんだ」
と続ける。紫とピンクは顔を見合わせた。
「はあ、そうですか。それじゃ」
「待てよ。腹減ってんだよ、どっかいいとこない?」
オフィーリアは言った。
「私たちも自給自足をしておりますの。この魔界では、碌な街やお店などないそうです」
「マジか……さっき見かけた鶏、捕獲しとけばよかった」
一瞬の静寂の後、オフィーリアが目を輝かせた。
「……それ、獲って来られます?」
「獲る道具は持ち合わせていないから、どうかな」
「なら、場所を案内してくださいませ。アイヴァン様、馬に乗せて貰っても?」
「別に構わないが……」
オフィーリアは頬を赤らめる。キャンディはやれやれと首を横に振った。
「私も、その……バイク?とかいうのの後ろに乗せてよミア」
「いいぜ。鶏はこっちだ、行くぞ!」
ミアは単車で走り出す。馬もその後をついて行った。