7.ウチ来る?行く行く!ですわ
「そんなことよりさぁ、死神はいい家住んでるんじゃないの~?」
キャンディの目が光る。死神は自白剤の余韻のままに答えた。
「家……?」
「その身なりから察するに、こんなほったて小屋じゃなくて、お屋敷とかに住んでるんでしょ?そこに居候させてよ。私ら、腐っても令嬢だよ?ふかふかのベッドとか、使用人のご飯とかが食べたいよ」
死神はうつろな瞳で答えた。
「あるにはあるが……私は魔力を使って本の中に住んでいるからな。君たちは入れないよ」
オフィーリアとキャンディは顔を見合わせた。
「……本!?」
「死神は高位魔族だが、召喚獣の一種でもある。元々人間が使いやすいから生き永らえた魔族と言える」
「じゃあ、死神は二次元なの?」
「そうだ。二次元であり、三次元……次元を超える魔族だ」
「次元を超える……それで、人間界と魔界を行き来出来るんだね?」
「冥界ともリンクしている。彷徨える邪悪な魂を導くことも仕事のひとつなのだ」
オフィーリアが言った。
「まあ……お忙しいんですのね。その本はどこにありますの?」
「……これだ」
死神は懐から一冊の本を取り出した。金貼り文字で仕上げられた、美しい装丁の魔導書だ。
「一般的には魔導書と呼ばれている。我々魔族にとっては移動手段であるから、簡単に〝ゲート〟と呼んでいるがな」
オフィーリアはうっとりした。
「死神さんを持ち歩けるなんて……甘美な響き」
「君たち、召喚は出来るか?魔法を使ったことはあるか」
悪役令嬢たちは同時に首を横に振った。
「ないですわ」
「ないね」
死神は困ったように笑う。
「まずは魔物を倒し、魔力を充分に吸っておく必要がある」
「魔物でしたら、先程道中で吸血コウモリバッティング練習100本を致したばかりですわ」
「……それはいい」
死神は本を開く。本には様々な文様が書かれている。
「これが、魔法陣」
三人は魔導書を囲んだ。
「高位魔族だけが移動できる魔法陣の書き方が乗っている。私と契約し、どこかに描いておけば、いつでも私を呼び出せる。ただし先着順なので、別の依頼者のところへ召喚されれば出られないこともある」
「へー。本の中に入るところ見せてよ」
「分かった。とりあえず、この小屋の周辺のどこかにこの魔法陣を描け。いつでも私を呼び出せるようにするんだ」
「では、小屋の壁でいいかしら?」
「地面では消えてしまうから、屋内の壁でよかろう」
オフィーリアはわくわくしながらベッド際の壁に魔法陣を描き出した。
「……悪いがオフィーリア。そこに描かれると召喚された時、私はそのベッドに転がるしかないのだが」
「えっ!いいんじゃございませんこと!?いつでも私はこのベッドで手を広げてあなたをお待ちしておりますゆえ」
「……よくないっ」
キャンディが横から魔導書を取り上げた。
「まったく、オフィーリアには何も任せらんないよ!玄関の壁に描くからね!」
頬を膨らませるオフィーリアを尻目に、キャンディが炭で魔法陣を描き出して行く。
「こーんな感じ?」
「ああ、それでいい」
炭で描かれた魔法陣は、完成すると光を帯びた。
「では、一度本の中に戻る。試しに召喚して見てくれ」
オフィーリアは、どきどきと胸を鳴らしながら死神に問う。
「何と言って召喚したらいいのかしら?」
「私の名を呼ぶんだ」
「……あなたの名は?」
死神は、初めて彼女の前で笑った。
「〝命を刈る者〟アイヴァンだ」
そう言うと彼は発光し、本の中に吸い込まれて行った。
「わー!スゲー!本当に入った!」
キャンディは手品を見せられた子供のようにはしゃいだ。
「呼ぼうよ、アイヴァンを!」
オフィーリアは本を閉じると、うっとりした顔で
「〝命を刈る者〟アイヴァン」
と魔法陣に呼びかけた。魔法陣は光を放ち、再びアイヴァンを玄関前に登場させた。
「はえー、こういう仕組みかぁ」
キャンディは再び本を開けた。
「他にも色んな魔法陣があるね?」
「それは私を所定の場所へ飛ばす魔法陣だ。人間界、魔界、冥界では使われる魔法陣が変わって来るから、自然と頁数も多くなる」
「……あっ。サザーランド王国にも飛ばせる」
「サザーランドには行ったことがないな……」
「私が潜入していた王国だよ。ここの王子たちも全員もれなく馬鹿だった」
オフィーリアも自分の出身地行の魔法陣を見つけた。それを見て、ずきりと心が痛む。
放蕩娘だったので、追放刑が確定しても「家の恥」として家族の誰にも味方になって貰えなかった。その孤独を、今になって急に思い出したのだ。
本を静かに閉じ、オフィーリアは顔を上げる。
「アイヴァン様。この辺りに街はありますか?通貨などはどうなっているのでしょうか」
アイヴァンは悲し気に首を横に振った。
「国も街も通貨も全て消えてしまった。王族だけがコミュニティを作って豊かな生活をしている」
「そんなことがあり得ますの?」
「魔界全体がおかしくなっているのだけは確かだ。原因はよく分からないが……人間界と繋がりを持ち始めてから、何かが狂って行ったような気がしている。魔物が明らかに無気力になったんだ」
魔界で何かおかしなことが起こっているのは確かなようだ。
「そういえば、アイヴァン様のお馬さんはどこへ行ったのかしら?」
オフィーリアの問いに、キャンディがギクリと肩をこわばらせる。
「あー、ね」
「驚いて逃げてしまったからな。追いかけなくてはなるまい」
アイヴァンは何か言いたげな視線をキャンディに送った。キャンディは「えー!?」と不満を述べる。
「それこそ魔法陣で呼び戻せたりしないのぉ!?」
「彼は別の個体だからな。私の体の一部というわけではないのだ」
「じゃあ追いかけるしかないじゃん……」
「あいつは賢いから、今頃吹き矢を引っこ抜いて舌打ちしながらどこかで休んでいることだろう」
「賢過ぎるでしょ」
「人語も解すし、本を持たせておけば私を召喚することも出来る」
「んな馬鹿な」
「……誰が吹き矢を打ったんだっけな」
「あー、分かったわよ!行けばいいんでしょ行けば」
キャンディは頬を膨らませる。オフィーリアは息荒く縄を取り出し、目をきらきらさせながらアイヴァンに尋ねた。
「ハァハァ……今度はいかように縛られます?」
「……私を縛るのを楽しむんじゃないっ」
三人は馬を探しに、とりあえず元の場所に戻ることにした。