6.自白剤ですわ~
意外とノコノコついてきた死神に少し猜疑心を抱きながらも、小屋に戻って来たオフィーリアとキャンディ。
オフィーリアは早速キッチンに立つと、真っ白な自白キノコをスライスし、アブラ菜と共に塩胡椒で炒め始めた。
(死神さんに、初めての手料理を振る舞いますわ♪美味しいって言って下さるかしら……)
一方の死神は、死にそうな顔で食卓に座っている。
「死神とやら、まずは話を聞こうじゃないか。自白キノコを食べてからの差異を確かめるためにもね」
キャンディはそう言って微笑み、死神の出方をうかがう。
死神はすぐに口を開いた。
「……世界各国に氾濫している〝バカ王子〟に、違和感を抱いたことは?」
ぴくり、とキャンディのこめかみが動く。
「え?……どこの国も、王の教育が悪いだけじゃないの?」
「いや、違う。〝バカ王子〟たちは魔王に操られてバカになっているんだ」
「えー!?信じられないよ、そんな話……」
「ならば、魔界に令嬢が次々墜ちて来る理由は?」
「んー?バカがやらかしてるだけなんじゃないの?」
「では、こう言おうか。とある令嬢だけ狙い撃ちされているんだ。〝悪役令嬢〟だけが」
キャンディが首をひねっていると、自白キノコの野菜炒めを持って来たオフィーリアがこう言った。
「私たちが賢いから、堕とされているんでしょう?」
死神は軽く頷いた。キャンディがそれを一笑に付す。
「嘘だぁ、だってオフィーリアは馬鹿だよ」
「や、やめてください!私は恋に盲目なだけで、バカではありませんわ!」
死神は少し目をすがめてから、こう言った。
「君たちは気づいていないだろうが──〝悪役令嬢〟と呼ばれ魔界に堕とされた君たちは、実は一定の魔力を持っているんだ」
オフィーリアとキャンディの目が点になった。
「魔力ですって?私たち、魔法なんか使えませんわ!」
「そうだよ。魔法なんか使えてたら、スパイなんかしないよ」
「じゃあこう言い換えよう。幼い頃、魔物を倒したことはあるか?」
ハッ、と二人の少女は息を呑む。
「そう言えば……昔、教会の裏庭で吸血コウモリを殴ったことがありますわ」
「私、昔貿易品に紛れていたミニデーモンを飼ってたことがあったよ。でも、三年ぐらい飼ったらある日死んじゃったんだ」
死神は言った。
「君たちは何かの拍子に魔物の死に触れたことで、彼らの魂を吸収した。それが君たちの魔力になっている。魔物の魂を吸うと魔力が増幅する。それは人間も魔物も変わらない」
キャンディは鼻で笑った。
「そうなの?でも魔法は使えないってば」
「……実は無意識に使っているはずだ。魔王の術から逃れられる魔法を」
「無意識とか言われるとな~どうとでも言えるよな~」
「魔王の例の術は、魔力のある者──魔法防御力がある者には効かないのだ。魔力を持っていないと操られる。つまり操ることが出来ない君たちが王家に近づくことは、人間界を征服しようと企む魔王にとっては具合が悪い。そこで〝断罪〟させ、魔界に堕としては始末しているのだ」
「……」
オフィーリアとキャンディは顔を見合わせてから、ずいと死神に自白キノコ炒めを差し出した。
「……冷めますわよ、温かい内にどうぞ☆」
途端に死神の顔が曇る。
「……本当のことを喋っているのだから、食べずとも──」
オフィーリアはぐっと前に詰め寄った。
「ごめんなさい死神さん……私はあなたを信じたいの。だからこそ、この自白キノコを平らげていただきたいのですわ!」
死神は観念した。
「仕方がない……ただ、その……質問は、魔王関連のことだけにしてくれ」
「分かりました!」
死神は自白キノコを食べ始めた。塩胡椒で味付けしてあるので何だかとても美味しい。
食べ始めると、あっという間に死神の目はうつろになった。
「じゃあ、質問を始めますわよ」
オフィーリアが言い、キャンディが頷く。
「……彼女はいらっしゃるのかしら?」
「……いない」
オフィーリアは小さくガッツポーズした。キャンディは呆れ果てている。
「どういった女性が好みですの?」
「……清楚で穢れのない……天使みたいな娘」
「いるわけないですわ!これだから男の人って……!」
「ちょっとオフィーリア、替わりなさいっ」
キャンディはオフィーリアを椅子から押し出した。オフィーリアは口を尖らせつつも渋々席を離れる。
「死神、あんたの目的は何だい?」
「……魔王を王座から引きずり下ろす。それから魔界の復興」
「それは本音なんだね。あんた、私たちをこれからどうしようっていうのさ」
「〝悪役令嬢〟を集めて……魔王に対抗する」
「そんなにいるの?悪役令嬢って」
「いるはずなのだが、皆……ほとんどが助ける前に殺されるか、死ぬかしてしまった。遺体は所々に埋葬した」
オフィーリアは、ぞわりと身がすくむのを感じた。
「だからあえて私は人間界の王に取り入って、断罪役を買って出た。未出産の女の魔物や悪役令嬢はとりわけ魔力が高い。子に魔力を分け与えるため魔力吸収率が男より高いのだ。よって、追放された罪人の中でも特に〝女〟に協力してもらう必要があった。オフィーリアとかいう女は特に魔力が高いので、是非生き延びて貰いたい。しかし、どうやって彼女から信用を得たらいいのかが分からないでいる……」
死神の今までの言葉に、偽りはなさそうだった。
オフィーリアは、死神の言葉を胸の中で反芻する。
〝生き延びて貰いたい〟
それは、彼女が初めて他人にかけられた労わりの言葉だった。
「そろそろ自白剤の効果が切れそうだよ。オフィーリア、他に聞いておくことはある?」
オフィーリアは目を輝かせながら、静かに尋ねた。
「死神さんは……私のこと、好き?」
キャンディが頭を抱えている。死神ははっきりとこう答えた。
「……別に」
オフィーリアはがっかりする。キャンディは「この恋愛脳ッ」と彼女を罵った。