5.死神さんをお散歩させますわ
ざるに乗せた野草やキノコスライスを軒下に干すと、オフィーリアとキャンディは魔界を探検してみることにした。二人いれば、心強い。
「魔界は、朝はほとんど魔物がおりませんのね」
猟銃をからげ、オフィーリアは歩き出す。
「街とかないかな。資材が欲しい」
キャンディは小屋で見つけた荒縄を肩に巻いて持っている。獲物があればこれで引きずって帰る算段だ。
相変わらず魔界には一本道しかない。人間界のような複雑な道は、ここには存在しないのだろうか。
「ねえキャンディ。この道はどこに繋がっていると思います?」
キャンディは目を細めて遠くを見つめた。
「きっと重要な場所よねえ?」
「まずはこの道を行ってみるべきだと思いますの」
「でも、めちゃくちゃ長いよこの道。手持ちの資材が少ないから、もっと長旅が出来る準備を整えてから行くべきだと思う。今日は色々手に入れて帰るだけの日だよ、いい?」
「さすがはスパイですわね……私みたいな令嬢なんかには想像出来ないことも見通せるんですのね」
そう、魔界に何があって何がないのかも二人にはまるで分からないのだ。
こういう時、武器があるとほっとする。ふとオフィーリアは死神のことを思い出した。
「そうよ……私が魔界を変えるんですわ」
「オフィーリア、さっきもそんな話をしてたけど、それってどういう意味なの?」
オフィーリアは死神に会った時の言葉をキャンディにも伝えた。
「へー!〝悪役令嬢が魔界を変える〟って?」
「彼はそのようにおっしゃっていました。私も詳しくは分からないのですが」
「その死神とかいう奴、捕まえて吐かせよう。さっき採って来たキノコの中に自白効果のある奴があるからさぁ、それを口に押し込めばいいよ」
「え!自白?それってとっても楽しそう!」
きゃっきゃとはしゃぎながら道を歩いていると、ふとキャンディが足を止めた。
「……キャンディ?」
一瞬キャンディの顔が険しくなった。
「そこだ!」
キャンディが振り返りざまに、背後に向けて吹き矢を吹く。
キン!と軽い金属音がして、草むらから跳ね馬の暴れる音がした。
馬に跳ね飛ばされ、銀髪の男がまろび出て来る。馬はどこか遠くへ走り去ってしまった。
オフィーリアは叫ぶ。
「死神さん!」
死神は地べたに這いつくばってから、ぐっと顔を上げた。
「オフィーリア!銃を……」
オフィーリアは慌てて死神の前に走り、その額に銃口を突き付けた。
静寂がおとずれる。
「死神さん、許して。とりあえず両手を後頭部に添えて下さらない?」
死神は言われた通りにした。キャンディがやって来て続けざまに問う。
「おい、私らの後を付けていた理由を言え」
死神はしばらく銃口と睨み合っていたが、観念したように答えた。
「実は……私は君たちの力を借りたいのだ」
オフィーリアとキャンディは顔を見合わせた。
「なぜ?私たちはなんの力もないただの女でしてよ」
「嘘言ってるでしょ」
死神はこらえ切れず反論した。
「魔界はもう駄目だ。王の横暴を誰も止められない」
女二人は、黙って聞く。
「人間どもを入れないための結界も今は働いていない。あんなにあった街も道も、今はない」
キャンディはその話を唾棄した。
「そんなことは魔族同士でやんなよ。人間の力をあてにすんなっつーの」
しかしオフィーリアは、ふと視線を死神の懐に走らせた。
地面に、胡椒の実が散らばっている──
「死神さん、その胡椒は?」
死神はハッとそれに気がつくと動こうとしたが、銃口を突き付けられて再び静止した。
キャンディが死神の胸と地面の間に手を入れる。何かに当たって引き抜くと、そこには胡椒の実の詰まった袋があった。
「これって……朝話していた、調味料の……」
彼女の呟きに、死神は少し笑って答える。
「腰のポケットには、岩塩もあるぞ」
「ふん……盗み聞きとはいい趣味だね」
キャンディは忌々し気にそう呟いたが、オフィーリアは歓喜に震えた。
「まあ!これを私たちのために……!?」
「オフィーリアったらチョロ過ぎ!こいつは魔族だから、絶対何かたくらんでるに違いないよ!」
「えー、でもでも……たくらんでいるなら御しやすいんじゃございませんこと?」
キャンディはしばらく考え、「はっはーん」と笑った。
「利用してやろう……ってワケね?」
「そうですわ。我々だって魔界に堕とされて右も左も分からないのです。現にこうして貢物を持って来て下さっているし、今は危害を加えて来ていないのですから、利用しない手はありませんわ」
死神は少し呆れたようにそれを聞いていたが、つとめて笑顔でこう言った。
「君たちを助けよう。だからこの魔界を……」
「そんなことに興味ないね。とりあえず小屋に来なよ。自白キノコを腹いっぱい食わせてやるから」
再び死神の額に銃口がめり込んだ。
「ごめんなさい死神さん。でも私たちだって、この魔界で平穏無事に生きたいのです」
「……分かった、行こう」
キャンディは慣れた手つきで死神の両手を縛る。オフィーリアはその手綱を託されて死神を連れ歩くことになった。
(なんか……ワンコっぽくてときめきますわ。こんな甘美なお散歩がこの世にあるなんて……魔界も捨てたもんじゃありませんわね!)
そんなことを考えているとはつゆ知らず、死神は大人しく彼女のあとをついて行くのであった。