4.毒キノコですわ~
オフィーリアが朝起きると、テーブルにはどっさりと草が乗せられていた。
「……草、ですわ」
ベッドから起き上がり、周囲を見渡す。
「キャンディはどこにいらっしゃいますの?」
不安になり小屋の周囲を徘徊していると、怪しいキノコを大量に抱えたキャンディと鉢合わせした。
「あら、キャンディ!朝早くから、一体何を?」
キャンディはキノコをマイクのようにオフィーリアの鼻先に近づける。
「朝ごはんの準備よ☆」
「まあ!キノコですの?」
「スパイだから、毒キノコには詳しいよ。これは食べられるキノコ」
「魔界のキノコって、やべーイメージなんですが大丈夫ですか?」
「さっき毒味しておいたから大丈夫」
「……朝から毒味なさっているなんて尊敬します!」
小屋に入り大量のキノコをキッチンに乗せてから、キャンディは草を仕分け始めた。
「これは乾燥させるとハーブティになるやつ。これは今日中に食べないと苦くなるやつ。これはかなり煮て、アク抜きしないといけないやつ……」
キャンディは野草にも詳しい。オフィーリアは有難さに泣き出しそうになった。
「キャンディが来てくださって助かりましたわ。朝からお腹いっぱいになれそうですもの」
「えへへ、そう?」
「炒めて食べますか?」
「これは保存食にしよう。今日はこの半分を食べようか」
「待って、調理は私がします。せめてものお礼です」
オフィーリアは草とキノコを炒めた。しっかり火を通し、皿に取り分ける。
二人はどこにもいない神に祈ってから、食べ始めた。
「何だか味気ないですわ……調味料が欲しくなりますわね」
「魔界って、モンスターしかいないのかな?どこかに塩胡椒を売ってる店でもあればいいんだけど」
オフィーリアは、ふと死神のことを思い出した。
「そういえば、私を魔界に引き込んだのは人と同じ形をした騎士様でしたわ」
キャンディは、その話に食いつく。
「えっ、人型の魔物と出会ったの?」
「はい。正確には死神なのですが、騎士の格好をしています。人間界では死神は骸骨騎士の姿ですが、魔界に入ると肉体を取り戻すのです。その姿はまさに麗しの騎士様──余りのイケメン具合に、気の多い私はすぐに惚れてしまいました」
「へえー!いいなぁ、私なんか飛んできたワイバーンに頭齧られながら空中イリュージョンな魔界入りさせられたって言うのにさぁ」
「まあ!下手をしたら首がもげてしまうではありませんか!」
「だから、私が処されたのはそういう刑だよ。運良く落っこちて助かったけどね」
ふとオフィーリアは、部屋の隅にある棍棒に目を向けた。
死神からの、ただひとつのプレゼント。
「はー……だから、忘れられないのですわ、あの方が」
「その人が来たら、塩胡椒がどこで売ってるのか聞いてみようよ」
「お住まいはどちらなのかしら?」
「んー。思ったんだけど、一度魔界を探検する必要があるよね。だから遠出するためにも、やっぱり保存食が必要だよ」
「そうですわね……町や集落があるかもしれません」
「どうしても見つからなければ、それはそれでまた考えよう。私たちはどの道、もう人間界には帰れないんだから」
オフィーリアはキノコを咀嚼しながら考えた。
あの時死神が言っていた言葉が、今になって引っかかって来る。
〝これが……魔界を変えると言う〝悪役令嬢〟か……〟
「そう……ですわね」
「魔界で幸せになれる方法ってなんだろう?人間界にありがちな、身分とかしきたりとかに囚われないぐらいしかいいところないよね。ここは毎日薄暗いし、道も舗装されてないしさ」
「ねえ、私たちが魔界を変えませんこと?」
キャンディは目の前のオフィーリアを珍しそうに見つめた。
「は?何よ急に」
「一応命はあるわけですから、楽しく暮らさないと損ですわ。たくさんキノコを齧って、感覚を麻痺させていかないと」
「ん?待って待ってオフィーリア」
「キノコさえあれば、夢の中で暮らせますもの。幻覚幻聴なんでもござれで」
「あー!駄目だ、これは……」
「イッケメーン!パラダイス!」
「これ、毒キノコだ!」
キャンディは急いでオフィーリアの背後に回り込むと、その口の中に手を突っ込んだ。
「おらぁッ!吐けッ!」
「死神さま~!そこはダメですううううう」
「どういうプレイだよ……」
「おえええええ」
「耐えろオフィーリア!少量だ、まだ助かる!」
大量の水を飲ませては吐かせる。段々落ち着いて来たオフィーリアに、キャンディはほっとした。
「ごめんオフィーリア。私、毒に少しづつ体を慣らす特訓を積んでたからさぁ、効かない毒キノコがあったみたい。あんたには効いちゃったんだね、本当にごめん」
「はー……はー……危うく人間界、魔界、冥界を股にかけるところでしたわ!」
一方で、朝から大騒ぎする二人を窓辺からこっそりと見つめる瞳があった。
「塩胡椒か……」
銀髪の死神はそう呟くと、足早に小屋から去って行った。