2.お腹が空きましたわ
イケメンの死神から貰った棍棒をお守り代わりに、オフィーリアは魔界の一本道を歩いて行った。
道とはいえ、舗装されているわけではないので枝や雑草がところどころに生えていてドレスの裾に引っかかる。オフィーリアの上等なドレスは裾がびりびりに破けて行って、ついには膝丈になった。
何度も吸血コウモリが彼女めがけて襲い掛かって来る。そのたびにオフィーリアは棍棒を振り回す。いつの間にか一本足打法すら身について来た。
「棍棒の真ん中にコウモリを当てれば、死にますわね」
有名野球監督の名言を思い出しながら、彼女は腰を入れ、ガンガン魔物を弾き飛ばす。コツを掴んで来たので前より命中率が上がり、前進するのも楽になって来た。
周囲に転がる吸血コウモリを眺め、オフィーリアはため息をつく。
「はぁ~、お腹が空きましたわねぇ」
思えば、魔界を追放された後は何もやることがない。このままコウモリを殴り続けて一生を終えるのだろうか。オフィーリアはそこまで想像し、ぶんぶんと首を横に振った。
「嫌ですわ、そんなの」
オフィーリアは歩いた。生きてる以上、魔界に居場所を探すしか道はない。
しばらく道なりに歩いていると
「あら?」
木々の合間に、小屋が隠れているのを見つけた。何か大いなるヒントを得た気がして、オフィーリアは道を外れて林へと入って行く。
林を抜けると、そこには切り株だらけの空間が出現した。そしてぽつんと小屋がある。
「誰かいらっしゃるのかしら……」
ノックするが、返事はない。
「留守かしら?すみませーん、入りますわよ」
扉は鍵がかかっておらず、いとも簡単に開いた。
中を覗き込み、オフィーリアはハッと息を殺す。
人がいる。ベッドの脇に椅子があり、腰かけている人が──
「あの」
声をかけてから、彼女はごくりと唾を飲んだ。
椅子に座っているのは、骸骨だ。
「あらあら」
オフィーリアは歩いて行って、骸骨を間近で見つめた。木こりのような服を纏っている。これは死体だ、魔物ではない。
棍棒を部屋の隅に立てかけると、オフィーリアは骸骨に手を合わせた。
「申し訳ありませんが……雨風しのがせて下さいませ。私も生きたいのです」
それからオフィーリアは骸骨の脇を掴むと、ずるずると外に運び出した。切り株の近くに放置されていた錆びたスコップを拾い、穴を掘る。そこに骸骨を埋葬し、大きな石を運んで来ると目印に乗せてやった。
見知らぬ骸骨を弔うと、ふとオフィーリアに謎の感情が沸き起こって来た。
「……死にたくない」
彼女はそうひとりごつ。
「そう……絶対に死にたくない。私は魔界でも〝私〟であり続けたいの。たとえどうしようもないお馬鹿さんだとしても」
そう呟くと、なぜか土の下に心強い仲間がいるような気がして来る。この小屋の主もきっと、最後までその思いを胸に死んで行ったのだろう。
小屋の周辺を徘徊する。オフィーリアは井戸を見つけた。それから小さなナイフと桶。小屋に入ってくまなく探すと、なんと床下から銃を発見した。鉛弾も少しある。
オフィーリアは興奮した。地上でどんな贅沢をするより、激しく心が踊る。
「食べられますわ……肉が!!」
肉食は、肉食系女子にとってマストだった。
「狩りの興奮が、魔界でも味わえますのね……!」
貴族は冬に狩猟をたしなむ。オフィーリアもそのひとりだった。人間界では様々な貴族男性と狩猟をし、多種多様な技能(意味深)を磨いたものだ。
オフィーリアは銃身を掃除すると、弾を詰めた。それを肩に担いで小屋を出ると、魔界の空を見上げる。
魔界にも鳩のような鳥が飛んでいる。オフィーリアは体の軸がぶれないように足を開いて構えると、空に向かって発砲した。
ガーン!という音と共に、鳩が落ちて来た。
オフィーリアは猟犬のごとくガサガサとそこへ走り寄ると、鳩を鷲掴みにして打ち震える。
「やった……!お肉が食べられますわぁぁあ!」
完全な空腹状態になる前に、鳩をさばいて血抜きしなければならない。令嬢は急いで鳩の臓物を抜き始めた。まだ温かい血がオフィーリアの手を濡らす。
鳩を軒下に逆さ吊りにし、血が抜けるのを待つ。
「さてと……そろそろ暗くなるし、火の用意をしなくっちゃ」
オフィーリアは枝を二本拾って来て摩擦式発火法を試みる。枝をもう一本の枝の上で回転させながらこすり合わせ、火種が育つのを待って、稲わらの火口で包み込み息を吹きかけて行く。魔界の乾燥した空気に、この着火方法はよくマッチした。
「ふふっ。燃えろ燃えろ~何もかも~」
稲わらを暖炉に投げ込めば、ふんわりと小屋に明かりが灯る。かまどに火を移し、銅鍋で水を煮沸し紅茶気分で飲んでいると、人間界での栄華が思い出されて来た。
美しいドレス、煌びやかな社交界、めくるめく王子たちとの秘めごと──
ククッとオフィーリアは自嘲気味に笑った。
「そう……あれは何もかも夢ですわ。あれが夢で、これが現実──」
そう思わなければやって行けなかった。ここには酔える酒もないのだ。
「……そろそろ、鳩の羽をむしろうかしら」
オフィーリアがそう呟き、立ち上がったその時だった。
窓の外から、女の泣き声が聞こえて来たのだ。
「あらっ?地縛霊かしら」
オフィーリアは霊感が強くすぐにこのようなことを口走るので、周囲の怖がりで繊細な令嬢からはひどく嫌われていた。
窓まで歩いて行って下を見ると、そこにはピンクブロンドの貴族の少女が、豊満な胸元を震わせて泣いていた。
オフィーリアは見慣れない女の姿に怪訝な顔をしたが、ふと思い当たって少女に尋ねる。
「ピンクの髪……更に嫌味なほどのナイスバディ。女に嫌われそうなか弱い泣き方……。まさかあなたも〝悪役令嬢〟なの?」
ピンク髪の少女は、それを聞くとゆっくりとこちらに顔を向けた。