10.チェーンソーを調達しますわ!
鶏を四羽も生け捕った悪役令嬢たちは、意気揚々と小屋へ戻って来た。
鶏を室内に放し、ミアは小屋の内部を見渡す。
「へー。ここがあんたらのアジトか……」
「アジトだなんて、そんな大層なものではありませんわ」
「でも、ここで三人暮らすのは無理そうだよな」
アイヴァンは音もなく魔導書の中に舞い戻って行く。ミアは忌々し気に呟いた。
「さっきの男は何者だ?人間ではなさそうだ」
「彼はアイヴァンという死神さんですわ」
「あいつ、何か便利な魔法は使えないのか?もう一個小屋を増やすとか。魔族なら、誰しも魔力があると聞いたが」
「そういえば、そのような話はしておりませんね」
キャンディも頷く。
「塩胡椒も、どこから持って来たんだか」
オフィーリアはその会話に割って入った。
「聞いてみればいいのですわ。〝命を刈る者、アイヴァン〟」
しかし、その言葉を唱えても、アイヴァンは姿を現さなかった。
「……あら?おかしいですわね。さては、別の召喚先に引っ張られてしまったのかもしれませんね」
「そんな都合よく?さてはあいつ、何か秘密があって出て来ないつもりじゃないか?」
魔導書は静まり返っている。ミアはますます眉間に皺を寄せた。
「怪しいぞこいつ」
オフィーリアは、モヒカン令嬢に反論したくなった。
「悪いようにはされていませんわ。鶏の捕獲にも協力して下さいましたし……何でも彼は、私たちに魔界を救って欲しいそうですの」
「ふーん。じゃあきっと、あんたらはあいつに利用されてるんだ、不自由な生活をさせておいて恩を売ろうと」
「まあ、ミアったら。疑り深いですのね!」
キャンディはスパイの勘でふと思い当たることがある。
「最初から甘やかして懐柔する方法もあるにはあるでしょう。でもそれを選択していないということは、あいつにも何か考えがあるはずなんだ」
オフィーリアは「ほうほう」と頷いた。
「確かにそうですわ……!我々に苦労させることは、アイヴァンにとって必要な事なのかもしれません。獅子が崖から子をホニャララ的なやつですわ、きっと!」
「うぜーな。あいつ、先生気取りかよ」
ミアは小屋を眺め腕を前に組み、落ち着かなそうに突っ立っている。どうやら先輩に椅子は譲っておくつもりらしい。そこに気づいたオフィーリアは、鶏を得た安心感からこんなことを言った。
「もうひとつ、椅子が欲しいですわね」
キャンディがようやくそこで椅子が足りないことに気づき「あ」と声を上げる。
「ごめん、気づかなかった」
「いいぜ。ところでここ、木材は揃ってないのか?丸太のひとつでもありゃ、椅子なんて出来そうなもんだろ」
確かに、この小屋に人工的なものはもう何もない。
「チェーンソーなんかがあればいんだがな」
「チェーンソー?」
「マルヤマ国の現場でよく使われているぜ。魔導の力で動く、木を切り倒すための機械式斧だ」
ミアの話はひどく刺激的だ。人間が魔法を使える術が揃っている不思議な国の話が飛び出ると、オフィーリアはわくわくしてしまう。
「その斧とやらは魔界にあるでしょうか?」
「うーん、あるにはあるんだよ。マルヤマで使っているチェーンソーだって、基本的には魔界の食人鬼からぶんどって来ているわけだから」
オフィーリアとキャンディは目をぱちくりした。
「え?魔界から調達……?」
「マルヤマ国はかなり昔から魔界と国交があって、魔界に入国出来るパスポートを持っていたから」
「パスポート?」
「通行手形だよ」
「まあ……そうでしたの」
「その手形で入ってぶんどって来るわけだ」
「恐るべし、マルヤマ国」
「食人鬼を襲うか……」
キャンディが吹き矢を掃除し始める。
「久々にこいつの出番が来たようね」
「いい武器持ってるなキャンディ。そうそう、オフィーリア。あんた銃を持ってんだから、その背中のバットの方を私に貸してくんない?」
オフィーリアは棍棒をかき抱いた。
「い、嫌ですわ!この棍棒は、アイヴァンが下さった愛の証……」
「病室の子どもにホームランを誓った野球バッターでもあるまいし、バットが愛の証なわけないだろ。目を覚ませ!」
「う、うう……」
オフィーリアは「そうよね……これはチェーンソーを手に入れるためよっ」と自らを納得させた。
「仕方がありませんわね……使ったらご返却下さいませ」
「わーったよ。返す返す」
言うなり、ミアは腰ポケットから金槌と釘を取り出した。
「んなっ!ミアったら、何を……!」
「何って、もっとこのバットの攻撃力を上げるんだよ」
次の瞬間、バットに釘が打ち込まれた。
カツーン!カツーン!
「い……いやああああああああ!」
「満遍なく打ちつけて行くぜ♪」
「愛の証がああああ」
「なーに、これで愛も強くなるってもんよ!」
トンカントンカン……
「死神の棍棒:攻撃力10」
は、改造によって
「レディースの釘バット:攻撃力22」
に進化した!
「おーし!いっちょ資材調達に繰り出すかあああ!」
儚げに涙を流すオフィーリアに、キャンディがそっと囁く。
「死神におねだりすればいい。きっと、次はもっといいバットをくれるよ」
二人はよりよい生活を手に入れるため、再びミアのバイクの背に乗り込むのだった。