1.断罪されましたわ!
彼女が〝悪役令嬢〟と周囲から呼ばれるようになったのは、一体いつからのことだろう。
それはきっと──彼女を悪役としておいた方が世界が上手に転がると誰かが気づいたその日からに違いないのだ。
彼女はあらゆる人間の都合から、悪の役を押し付けられた。
男爵令嬢オフィーリア。
紫の髪をたなびかせ、手を後ろ手に縛られ、裁きの間の中央にひざまずいている、己の欲望に忠実な美しい少女──
「毒婦オフィーリア!貴様を魔界追放処分とする!」
そう目の前で叫んだのは、ウォルスタン国の第二王子クリフ。その隣には、彼の婚約者の公爵令嬢ダリアの姿があった。
オフィーリアは彼の怒れる顔とダリアの蔑みの顔とを交互に眺め、不敵に笑って見せる。
「あら、あなたから断罪されるとはね……あんなに夜ごと遊んだ仲じゃない、ひどいわ」
ダリアの顔が歪み、クリフから一気に血の気が引いた。すると兵士が両隣から寄って来て、脅すようにオフィーリアの前に槍を突き立てる。しかし彼女は一切顔色を変えなかった。
「無礼者め、寝言を言うな!お前は罪人なのだぞ!」
クリフはダリアの手前、震えを誤魔化すようにそう叫んだ。
「いいか?ダリアの飲み物に貴様が毒を盛ったことは、周囲の証言から明らかだ。証拠も全て上がっている!」
オフィーリアはその証言とやらを鼻で笑った。
「ふん……証拠や証言など何とでも出来ますわ。それよりも、クリフ様。あなたとの夜の火遊びを黙っていられる令嬢が、この国にはどれほどいらっしゃるかしら。どの令嬢が婚約者のダリア様に嫉妬して毒を盛る可能性があるか、あなたももうお分かりにならないほどではありませんか?」
図星を指されたクリフは脂汗をかいている。尚もオフィーリアは言い募った。
「だから手っ取り早く私のような、地位の低い貴族の娘を犯人にでっち上げ、見せしめに刑を処すことでその噂が回るのを食い止めようとした……というのが真相なのでしょう?」
それを聞くや、婚約者のダリアがクリフを睨みつける。令嬢らしからぬ刺すような視線にクリフは怯え、更に声を張り上げた。
「黙れ黙れ……毒婦の戯言だ!!早く〝執行人〟を呼んで来い!」
その言葉に、さすがのオフィーリアも笑ってはいられなくなる。
魔界追放の執行人は、泣く子も黙る〝死神〟である。彼らは魔界へと人間を引きずり込むために、夜な夜な郊外を徘徊している魔界の者であった。力のある有力者は彼らを莫大な金で雇い、魔界送りにする。王族もまた、彼らを金で雇っているのであった。
〝魔界追放〟とは、いわゆる拷問刑だ。この国の宗教上〝殺人〟はご法度であるので、死刑の執行はない。代わりに魔界送りにされる。つまるところ事実上の死刑である。
王族であるクリフの叫びに呼び寄せられ、〝死神〟が音もなく空間を割って現れる。
骸骨の騎士だ。
黒い甲冑に身を包み、黒い炎の吹き上がる剣を持ち、骸骨の馬に乗っている。彼らは人間の前では喋らない。
音もなく馬で疾走し、骸骨騎士はオフィーリアに近づいて行く。
オフィーリアが真っ青になった時、叫ぶ間も与えず彼は彼女を馬上に抱き上げた。
それは一瞬の出来事。
裂けた空間が再び閉じ、裁きの間に静寂が戻る。
クリフはお喋りなオフィーリアが目の前から消え失せ、ほっと息を吐いた。
「……危ない危ない」
隣で、額に青筋を立てたダリアがにこやかに問う。
「……何がですか?」
クリフは再び青くなったが、顔色を悟られないように話を戻した。
「……まあよい、あいつは二度と人間界の地を踏むことはないだろう。永遠にな……」
一方その頃、魔界送りにされたオフィーリアは歓喜に打ち震えていた。
魔界に入った瞬間、骸骨の姿をしていた死神に肉体が宿ったのだ。
その姿は人間界では見られない、絶世の美男子。そんな騎士に馬上で抱えられ、ときめかない女子がいるであろうか。
その死神は青白い顔をしているが、妖艶でまさに悪魔的な美貌だ。しかも人外とあってか生気がなく、愛するには背徳感に満ち溢れ過ぎている。髪はさらさらの銀髪。イケメンに目がないオフィーリアは、思わず声を出した。
「わっ……めっちゃイケメンですわ~」
しかし死神は何の感情もなくオフィーリアを地面に投げ捨てる。
「い、痛い!」
更に、頭上から棍棒が降って来た。
「あ、危ない!」
無論棍棒は頭に当たった。
「ぐふっ」
死神はその様子をじっと眺めてから、ぽつりと呟いた。
「これが……魔界を変える〝悪役令嬢〟か……」
オフィーリアが顔を上げると同時に、死神を乗せた馬は疾風の如く遠ざかって行く。
彼女は怪訝な顔を作ると
「……今、何て?」
と首を傾げた。悪役令嬢、と彼は言ったのだ。オフィーリアは腕を前に組んで考えた。
「なぜ死神さんがそんなことを知っているのかしら……〝悪役令嬢〟は、私についたあだ名ですわよ」
オフィーリアはイケメンに目がなく、貴族令嬢という身分もわきまえずとりあえずイケメンを見れば惚れてアタックし続けていた。それを見て周囲は様々な恋物語のライバルからたとえるようになり、彼女に〝悪役〟のレッテルを貼ったのだ。身の程知らずな女。わきまえない女。節操のない女。それがオフィーリアだ。
オフィーリアはふっと笑って、紫の髪をかき上げた。
「しかも魔界を変えるだなんて……こんな場所にまでその名を轟かせているとは、私ったら超有名人なんですわね」
しかもとにかく明るく前向きな悪役令嬢なのであった。
彼女は魔界の空を見上げる。オフィーリアの髪色にそっくりな紫色だ。
「……とにかく前に進みましょう。人間界が駄目なら、魔界で頑張ればいいのよ」
オフィーリアは棍棒に頬ずりした。
「ふふっ。それにしても会っていきなり棍棒を下さるなんて……何て情熱的な死神☆」
しかし無情にも、次の瞬間、紫の空から吸血コウモリが彼女の顔めがけて降って来た。
「うわああああああああおおおおお!」
オフィーリアは遮二無二棍棒を振り回す。殴られた吸血コウモリは断末魔を上げ、地面に二体転がった。
彼女は肩で息をし、ふと何かに気づいて棍棒を見つめる。
「ま、まさか……死神さんは私を助けようと、この棍棒を……!?」
オフィーリアは棍棒をぎゅうっと抱き締めた。
「わ、私……きっとあなたの想いに報いますわ。絶対に、魔界で生き残って見せます!」
死神の意図は何なのか不明であるが、とにかく勘違いしたら一直線な恋愛モンスターオフィーリアは、贈り物をくれた彼のため、この魔界で生き延びることを心に誓うのだった。