手作りの破壊力
ディナーの後、暫く姿を見せなかったランスロットは、夜の9時頃になってジェラルドが泊まる客室に現れた。
その手には、作成したばかりの供述書がある。今まで、襲撃者たちの調書を取っていたのだ。
捕縛した襲撃者たちのうち、雇われた破落戸たちが五名、ゼストハ男爵の弟が首謀者だった。
「目的は誘拐・・・へぇ、身代金目当てね」
ジェラルドは、いつになく低い声で呟く。
ランスロットが囮となって捕まえた者たちは、まだ王国騎士団には引き渡しておらず、バームガウラス邸の私兵団詰所の地下牢に入れている。王国騎士団を軽んじる訳ではないが、まずは聴取を優先した。
「復讐や怨恨というよりも金欲しさという感じでしたね。家も仕事も失い、生活に困窮した事への八つ当たり的な動機と言いますか・・・」
瞳に怒りを宿しつつも、ランスロットは淡々とした口調で調書を読み進める。
兄であるゼストハ男爵の失態と、寄り親であり縁戚関係もあるスタッドの突然の平民転落。巻き添えを食らった男爵の弟は、ろくに荷造りもできないまま住居を追われた。
大元を辿れば、スタッドに恋慕したイゼベルの暴走が事の一端でもあるこの話。媚薬など盛らなければ、スタッドが平民落ちしたとて、今もゼストハ一族は普通に暮らせていただろう。
元凶のイゼベルは娼館に売られ、イライザも嫁入り先で離縁が確定、平民になったスタッドは金を独り占めしてゼストハから逃げ回っている。
復讐よりも、一年先を生きる金が欲しいと思った男爵の弟家族は、金を強請る対象をトムスハット公爵家の養女となったヴィオレッタに変えた。大体スタッドには兄たちが執拗に襲撃を仕掛けているのだ、無心に行ける隙はない。
ヴィオレッタはひとり凋落から逃れてトムスハット公爵家の養女になれたのだ。多少の『おこぼれ』に与らせてくれても良いではないかというのが男爵の弟の主張だった。
ジェラルドがハッと笑う。
「自分の姪が、厚かましくもエリザベス叔母上の後釜に収まった挙句、母娘してヴィオを虐げていたのを知っていて、よくもまあ図々しい考えが浮かぶものだ」
怒り心頭のジェラルドは、鼻息荒く言い捨てる。
「取り敢えず調書は取り終わったので、捕らえた破落戸たちは騎士団に引き渡します。男爵の弟の処遇については・・・」
「勿論トムスハットがもらうよ。父上にも、ちゃんと挨拶してもらわないといけないしね」
ランスロットが言い切る前に、多少食い気味にジェラルドが言う。
「それに、そんなに金が必要なら、その人には働き口くらい斡旋してあげないといけないだろう?」
ジェラルドが黒い笑みを浮かべてそう言った時、扉をノックする音と共に執事の声がした。
「失礼します。ヴィオレッタ嬢がこちらにいらしてますが」
ランスロットは一瞬、喜色を浮かべ、だがすぐにすん、とその色を消す。
ここはジェラルドが泊まる客室。自分に会いに来た訳ではないと気づいたのだ。
「あ~、ええと」
先ほどまでの勢いが嘘の様に、ジェラルドは見るからに慌てた様子で扉とランスロットとを交互に見る。いつもランスロットを揶揄うくせに、意外と心配症でもあるらしい。
「え~、まあいいや、どうぞ入って」
取り敢えず会えば何とかなるだろうと入室を許可すると、ヴィオレッタが扉向こうから顔を出す。
「ジェラルドお義兄さま」
明るい声。少し照れた顔をしているのは何故なのか。ジェラルドの背後でランスロットの纏う空気が少しばかり重くなる。
早く我が義弟の名前も呼んでやってくれ、とジェラルドが念じていると。
「ああ良かった。ランスロットさまはやはりこちらにおられたのですね」
「ん?」
見れば、ヴィオレッタの視線は丸っとジェラルドを通り越している。
「実は、折り入ってランスロットさまにお願いがありまして、先ほどからお姿を探しておりましたの。そうしたらこちらの執事さんが、ジェラルドお義兄さまの所にいらっしゃるのではと教えて下さって」
ぱぁぁ、と分かりやすくランスロットの表情が明るくなる。ジェラルドは気を遣って損したと密かに独り言ちた。
「・・・んんっ、はい、ヴィオレッタ嬢。ランスロットです。僕に何のご用でしょうか」
誤魔化すように咳をして、ランスロットが一歩前に出ると、ヴィオレッタは少し緊張した様子で口を開いた。
「あの・・・私たちの帰りは明日の午後の予定でしたよね。それで、もし・・・可能でしたら、明日の朝食の後、厨房を使う許可を頂きたいのです」
「厨房、ですか?」
首を傾げるランスロットに、ヴィオレッタは「はい」と顔を赤らめながら頷く。
「ミルちゃんにクッキーを作ってあげたいのです。ランスロットさまの許可が頂けたら、ですが」
「クッキー・・・」
ぽつりとランスロットは呟く。
「はい。ミルちゃんは甘いものがお好きだとか。それで、私のクッキーを食べてみたいと言ってくれて」
「・・・ミルに、クッキー・・・」
「料理人でもないのに図々しい申し出なのですが・・・ミルちゃんがあまりに可愛くて、私もつい作ってあげたいなどと口が滑りました」
「ミルに、ヴィオレッタ嬢の手作りクッキー・・・」
「は、はい。あの・・・やはり急だとご迷惑だったでしょうか。それでしたら、また次の機会に致します」
「っ、いえ、いえ! もちろん許可します。許可します、が・・・っ」
「が?」
「が・・・」
『が』の先がなかなか出てこないランスロットを、ヴィオレッタは首を傾げてじっと見上げる。
何か思い悩んでいる風なランスロットを見て、やはり無理を言ってしまったかとヴィオレッタが肩を落とした時。
「ねぇ、ヴィオ。そのクッキー、多めに作って、俺と、それから我が義弟の分も頂戴ね」
二人を心から応援する男、ジェラルドの助け舟が入った。




