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無力と知る

「道端で倒れたんですって? 本当に役立たずよね。お使いもまともに出来ないなんて」



夕方遅くに戻って来たヴィオレッタに、イライザはそう言ってせせら笑った。



頼んだものを買って来れなかったのだから、罰として今日は夕食抜きよ、と言い渡され、ヴィオレッタは静かに部屋に下がった。



後は夕食後の食器洗いまでヴィオレッタの出番はない。これ以上何か言われる事のないように、部屋で大人しくしているのが最善だ。



騎士団の詰所で軽く食事を取らせて貰っていたから、夕食抜きでも今日はそれほど辛くはないのが幸いだった。


平常心で過ごせるのは彼らのお陰だとヴィオレッタは思う。



「ランスロットさま、と仰っていたかしら・・・」



特に親身になって世話をしてくれた赤い眼の騎士を思い出す。


小さい頃に何度も何度も読んだ物語の主人公である英雄と同じ名前のひとだ。



その名の通り、立派で優しくて気遣いに溢れていて。


水を汲んで渡してくれたり、起き上がったヴィオレッタの背にクッションを置いてくれたり、色々と親切にしてくれた。



何より道端で倒れたままだったら、今ごろどうなっていたか分からなかった。


特に、屋敷に連絡を入れてくれたのは助かった。



そうでなければ・・・



ヴィオレッタはぎゅっと手を握りしめた。



危なかったかもしれない。



もし、「逃げた」と見なされていたら。



「・・・ヨランダ」



会いたくてたまらない人たちの顔が脳裏に浮かび、言葉になってこぼれ落ちた。



「ジョアン・・・ロージー・・・ダビド・・・」



彼らに何かあったら、そう考えるだけで胸が痛む、怖くてたまらなくなる。


母の様に、もう二度と会えなくなってしまったら、と。



「・・・大丈夫、伯父さまが頑張って下さってるもの」



まるで自分に言い聞かせるように、ヴィオレッタは呟いた。



「大丈夫、待てるわ。まだ、頑張れる」



ベッド脇に座り、今度こそ本を読もうと机の上の書物を手に取った。



だが、昼間も騎士団詰所の医務室で休んだというのに、すぐに瞼が重くなる。



追おうとした文字は霞み、やがてふわふわとした闇に包まれていく。



そうして、本を手にしたまま、知らずヴィオレッタは眠りに落ちていた。








父スタッドがイゼベルたちを屋敷に連れて来てひと月もしない頃だった。ヴィオレッタへの仕打ちについて聞いたらしい伯父が、怒って侯爵邸に怒鳴り込んで来た。



伯父ハロルドはトムスハット公爵家当主で、ヴィオレッタの母エリザベスの兄である。彼は妹をとても大事にしており、ヴィオレッタの事も可愛がってくれていた。


そんなハロルドが、エリザベスの死から数日もしないうちにスタッドが別の女を家に迎え入れたと聞いて怒りを覚えない訳がない。

しかも愛する妹の忘れ形見であるヴィオレッタを蔑ろにしているなどと耳にしては。



乗り込んだハロルドは、スタッドの不実を詰り、レオパーファ家との絶縁と事業提携の終了を宣言し、ヴィオレッタの引き取りを言い渡した。



ハロルドの誤算は、ヴィオレッタの不運は、その時にヴィオレッタが不在だったこと。



ガラリと変わってしまった屋敷内の空気を厭い、母の墓へと花を捧げに出かけていたことだろう。



もし、その時に出かけていなかったら。


或いは、屋敷に戻る前にハロルドに会えていたら。


せめて、ハロルドの来訪を予め知っていたら。



その日のうちにトムスハット公爵家に行く事が出来て、そうしたら今もきっとヨランダやジョアンやダビドとも一緒にいられたのかもしれない。ロージーの大きくなった姿もきっと見られた筈。



何も知らないヴィオレッタは、墓参りに同行していたジョアンと専属護衛のジャックスと共に、のこのこと屋敷に戻ってしまったのだ。



それきり、皆と一緒にいられなくなるとも知らないで。


そう、皆を危険に晒す事になるなんて、露ほども思わずに。



陰鬱な面持ちのテーヴが、ヴィオレッタたちを出迎える。もう彼の顔に、以前の様な微笑みは浮かんではいなかった。



そうして気づかぬうちに、そう瞬く間に。


いつの間にかに全てが、何もかもが、変わってしまった。





数時間後には、再び迎えに来た伯父に、ヴィオレッタはこう伝えるしかなかった。



「ごめんなさい、伯父さま。私はこの屋敷から出る事は出来ません」



ヴィオレッタから少し離れて後ろに父、その横には義母、隣には義姉。

愕然とする伯父にその理由を伝える事すら出来なかった。



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