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厚顔


「・・・部屋の外が少し騒がしいようですが」



気のせいでしょうか、とランスロットは白々しく微笑んだ。


対して、スタッドは取り繕うつもりもないらしい。

はは、と笑うと、「確かに」と答えた。



この「騒がしい」とは勿論、時折り聞こえる三階で軟禁状態の彼の娘イライザの怒鳴り声だ。


ランスロットが居るのはサロンがある一階、三階のイライザの部屋とは建物の構造上でも離れているのだが、それでもこうして声が聞こえるのだから、その声量の程も想像がつくというもの。


だが、スタッドにそれを恥じる様子はない。

もとより躾がなっていない娘を平気で社交界に出していた男だ。挙句、その娘を格上のバームガウラス家の妻にと縁談を申し入れる程の面の皮の厚さ。


あの夜会後、縁談を断られても食い下がった事に対し、流石にレオパーファ家から謝罪はあったが、ランスロットは受け入れていない。だが、スタッドはそれも大して気にしていないようだ。


どうやらこの訪問を『許し』と取るつもりらしく、スタッドはこう続けた。



「それは兎も角。こうしてランスロット卿に来て貰えたのは僥倖だ。一つ心配事が減ったよ」


「さて、なんの話でしょう」



ランスロットは目を細め、首を傾げてみせた。

夜にレオパーファ侯爵家を訪問するにあたり、先ぶれは出したが訪問の目的は明かしていない。


明かす筈がない。今からヴィオレッタをここから連れ出すつもりでいるなどと。



ランスロットは、遠くから聞こえる怒声を耳にしつつ、壁の時計に目をやる。


まだ、あともう少し。



タイミングの算段を立てるランスロットの耳に、スタッドのどこか緊張感のない声が響いた。



「いずれにせよ、あの子(イライザ)がこれ以上卿に迷惑をかける事はないだろう。もうじき人妻になる身なのでな」


「・・・輿入れは、確か二日後でしたか?」


「おや、ご存知か」



スタッドには、さして驚いた様子もない。



「・・・可愛がっていた娘さんを嫁がせるとなると、寂しさを感じるものですか?」


「・・・寂しさ?」



ぱちりと目を見開いたスタッドは、それからふわりと笑う。



「まぁきっと、それなりに寂しくなるのだろうな。だが、嫁に出しても娘は娘。父としては、嫁ぎ先で幸せになってくれる事を願うばかりだ」


「・・・そうですか」



あの怒鳴り声からすると、当の本人は父が幸せを願っているとは思ってなさそうだが。



だが、そこはランスロットの関与するところではない。


イライザの今後などどうでもいい。今、彼がここにいるのはヴィオレッタのためだ。



ランスロットは、再度さりげなく時間を確認する。



レオパーファ邸を訪ったのは七時を半分ほど回った頃。そして今は八時を三分ほど過ぎたところだ。


何事もなければ、レオパーファ領でも、そしてこの屋敷の三階でも、各人質の救出計画が始まっている筈。

念の為に早目に到着して事前に計画が察知された気配がないか探ってみたが、今のところそれは安心して良さそうだ。


目の前のスタッドに緊張は見られないし、扉近くに控えている執事やメイドにおかしな様子はない。



時刻を確認しながら、ランスロットはこれから自分が行う筈の手順を今一度頭の中で復唱した。



それから、背後に控える自分の従者へと顔を向ける。



「アルフ」


「はい」



名を呼ばれ、ランスロットの従者が一歩前に出る。



「うっかりしていた。侯爵に見せようと準備したものを馬車に置いてきてしまった。座席にあると思うんだが、馬車まで行って取って来てくれないか」


「畏まりました」


「持ちきれなければ、馬車で待機している護衛の一人に頼んで手伝ってもらうといい。色々(・・)あるから」


「はい、分かりました」



退室するアルフから、対面のスタッドへと視線を戻すと、ランスロットの発した言葉に期待したのだろう、表情に喜色が浮かんだ。



「私に見せたいもの、か。何だろう、楽しみだ」



ランスロットが微笑む。



「きっと侯爵も驚かれると思いますよ」



そう、きっととても驚く筈。



まあ、アルフがここに戻って来るのは合図の後になるけれど。



そんな言葉をランスロットが心の中で独り言ちた時。



ーーー ドタドタドタ



上から下に響く足音と、それから。


徐々に大きくなっていく甲高い喚き声。



・・・来たか。



ランスロットは背筋を伸ばし、ゆっくりと足を組み直す。



「ちょっとっ! お父さまとお母さまはどこっ?!」



先ほどまでよりもずっと近く、ほぼ扉の向こうと言っていい距離から、合図と決めた声が響いた。





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