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行商人は探しものを見つける


レオパーファ領南部のラシリオ地方。


その東端にある町トランタンは、小さい町ながらそれなりに活気があり、特に市場が開かれる時間帯は人で賑わっている。


その市場の隅っこで、旅の行商人が商売をしていた。


敷き布にずらりと並ぶのは、美しい髪飾りや腕輪、ブローチなどの装飾品。


この辺りではなかなか見る事の出来ない精密な細工は町の女たちに好評だ。



商人は若い男で、あちこちを旅しているせいか、田舎町にそぐわない洗練さを持っていた。賢そうな風貌で、商人らしく愛想もよいし口も上手い。



男がにこやかに商品を勧めれば、大抵の女性客は、商品が比較的安価な事もあり、割とあっさり財布の紐を解いてしまうのだ。






「兄さん、後ろの子はあんたの妹かい?」



髪留めを買った小太りの中年女性が、品物を受け取りながら男に問う。


男の後ろに張り付く様にして立っている女の子がいるのだ。


背格好からして八歳か九歳。

くせ毛でくるくると跳ねた若草色の髪は、肩の辺りで切り揃えられている。濃紺の目を大きく開いてじっと客を見つめ、話題が自分に向けられたと分かると、にっこりと微笑んだ。



「いや、俺の娘だ。可愛いだろ」



その返事に、若い女性たちからの残念そうな溜息が漏れる。ちなみに小太りの女性は夫持ちなのでダメージはない。



「若いのに、けっこう大きな子がいるんだね。子連れで旅の行商は危なくないかい?」


「・・・実は去年、流行り病いで女房を亡くしちまったんだ。それまでは、女房と子どもは家に残して、俺一人で回ってだけど・・・」



少し悲しげに娘の頭を撫でる様子を見て、さっきまで嫉妬の入り混じった視線を投げかけていた若い女性客たちが、今度は同情を含んだ眼差しを向けてきた。



「亡くなった奥さんも、さぞ心残りだったろうよ。こんな可愛い子どもを残してくんじゃあねぇ」



行商人の娘の顔を覗き込んだ客は、「おや」と呟いた。



「右のほっぺたに黒子があるんだ。ここ、小さな黒子でもけっこう目立つんだよね。私からすれば可愛いのに、意外と本人は気にしちゃうみたいでさ」


「・・・っ」


「ああ、ごめん。この子の事じゃないよ。私の知ってる子も、同じとこに黒子があったもんだから」



行商人の男の表情が僅かに険しくなった事に気づき、客の女性が慌てて説明を付け足すと、男は納得した様で、すぐに表情を緩めた。



「髪がくせ毛なのも似てるよ。その子も、いつもぴょんぴょん毛先を跳ねらかしててさ。ああ、年の頃も近そうだねえ」


「・・・親戚の子とかかい?」


「いや、ただの知り合いさ。隣り町にある孤児院の院長さんとこの娘でね。まぁ、知り合いって言っても、時々あいさつするくらいだけどさ」


「そうか、知り合いの子にね。でも、まさか顔まで似てたりはしないよな」


「いや、それはないよ。黒子の場所とくせ毛と、それに髪の色も同じだけど、でもそれくらいさ。他は似てないねぇ、目の色も違うし。

あの子の目は橙色だったから」


「・・・へえ、そうなんだ。橙色ねぇ」



男はにっこりと笑った。

そこにいた客全てが、その満面の笑みに思わず見惚れる。



「まぁ、似てようが似てまいが、うちのロージーが一番可愛いに決まってるけどね」



その言葉に、客の女性は目を丸くした。



「あらまあ、こりゃ驚いた! 黒子や髪の色どころじゃないね、名前まで一緒かい!」


「と言うと、まさかその孤児院の院長の娘さんとやらの名前も?」


「そうだよ。ロージーって言うんだ」



男が驚いた風で尋ねると、客もまた「すごい偶然だねぇ」と感心した様に呟いた。



ひとしきりその隣り町のロージーの話で盛り上がった後、行商人の男は集まっていた客たちに言った。



「さあさあ、今日でこの町での商売も終わりになるからね。ここに残ってるのは少し安くするから、皆さん、買ってっておくれよ」



そう言いながら、男は勢いをつけるかの様に手をぱん、と叩いた。



客たちは、「安くする」の言葉に歓声を上げるも、女性客たちの中には引き留める声も出る。「もう少しこの町で商売をしたらいいじゃない」と。



男は首を横に振ると、口を開いた。



「大切なお客さんとの約束があるんだ。ずっと待たせちまってるからね。そろそろ連絡して顔を出さないと」



それから男はいつも通り夕刻まで品物を広げ、大体の品を売りさばくと、最後まで残った品物を片付けて宿へと移動した。




「ふう」



部屋に入ると、行商人の男は椅子に腰を下ろした。娘はそのすぐ近くに立つと、父と呼んでいた男に向かって口を開く。



「アルフさま。今日のあの話」


「ああ」


「ロージーですかね」



アルフは首肯する。



「今度こそ当たりみたいだな。確認を取ってからの話になるが、恐らくはランスロットさまが喜ばれる結果になるだろう」


「はい」


「そうなれば任務も完了だ。四か月にわたる親子ごっこも、これで終了となるだろう。リネットもご苦労。なかなか上手い演技だったぞ」



リネットと呼ばれた娘は、照れくさそうに笑う。



「ありがとうございます。じゃあもう、つけ黒子も取っていいんですね」


「ああ。髪の染料もようやく落とせる。色の着きは良いんだけどゴワゴワになるんだよな」


「あたしもゴワゴワになっちゃいました」


「暫く変装が要る様な任務は遠慮したいね。独身なのに子持ちの役とか無理すぎて疲れた」


「似合ってましたよ?」


「それ褒め言葉じゃないから」



ようやくターゲットらしき少女を見つけたかもしれない、そんな安堵からか、二人は暫く軽口を楽しんだ。



それから、アルフは主から自分に貸し出された影を呼び出し、隣り町にある孤児院の院長家族の調査を命じる。





一週間ほど後。



全ての報告が主君ランスロットの元へ届けられる。




ーーー 即ち、探しものは見つかった、と。




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