青春の数、恋の数
あたしはこの日そわそわしていた。
朝起きてから学校に登校してくるまでずっと。ずっとそわそわしている。
教室に入って自分の席に着く時もなんだかぎこちない動きになっていた。
――あの人のそばを通るときは特に。
「好きです! 付き合ってください!」
「え、急に言われても君のこと、あたしよく知らないし………ごめん」
昨日の夕方のことだ。
ほとんど関わりのないクラスの男子に告白された。
そして断った。
「はぁ……」
あたしはため息をついて気持ちを落ち着かせた。
告白してきた彼の名前は田中君。勉強でもスポーツでもあまり目立つことのない、地味なクラスメイトだ。顔も悪くはないが、イケメンでもない。性格も普通。周囲の友達も普通。いたって普通の男子だ。
告白を断ったあたしの判断は間違いではない。今改めて考えても同じ答えになる。
なぜなら今まで彼と話した記憶はほとんどない。挨拶もしたことはない。人知れず見つめあったこともない。前世での記憶もない。彼に告白された理由が見つからないのだ。
それなのになぜあたしなんかに告白してきたのだろう。
顔か? 顔なのか? あたしの顔が好きなのか?
自慢じゃないがあたしの顔も普通だ。普通だと思う。一目惚れするレベルではない。
それとも体か? あたしの体目当てか?
いや、これも立派なものじゃない。自分で言うのもむなしいけど。
あぁああー! なんであたしに告白したんだぁああー!
あたしは心の中で叫びながら自分の机に突っ伏した。
よく考えたら一目惚れに理由なんていらないか。好みなんて人それぞれだしね。彼にとってあたしのルックスが好みのタイプだったということかも。顔か体かはわからないけど。
いや、あたしの性格に惚れた可能性もある。友達思いのところとか、やさしいところとか、可愛いところとか、乙女なところとか、色んな可能性がある。
その全てがタイプだったってこともありえる。だってあたし可愛いもん。
……あたしはちょっと浮かれている。自分の思考が恥ずかしい。
告白されるなんて初めての経験だったからね!
あたしを好きになるなんて、彼には見どころがある。これから友達として仲良くなって、お互いのことを知った後に付き合うのはありかもしれない。
それにしても、あたしだけこんなに彼のことを気にしたり考えたりしているのは、なんか負けた気がする。不公平だ。
しかしながら彼も勇気を持って告白したのは間違いない。それだけでなく、あたしのことを気にしまくっていたのだろう、考えまくっていたのだろう。だから告白したのだ。
そう思うと今のあたし以上に頭が大変な状態だったということである。
「……悪いことしたかなぁ」
あたしは机に突っ伏したまま小さくつぶやく。
昨日のことを思い出すと、あたしは彼に冷たかった。そんな気がする。
凄く落ち込んでいたらどうしよう。あたしのせいか。あたしのせいなのか。
しょうがないじゃん! いきなりだったし! あたしも困惑してたし!
でもまあ、これから友達として仲良くしていくか。それで罪滅ぼしになるはずだ。だって彼はあたしのことが好き好き大好きで仕方ないのだから。
彼からあたしに話しかけるのは気まずいと思うので、あたしから話しかけてあげよう。あたしはなんて優しいのだ。天使か。
「よしっ」
ひそかに気合を入れ、顔を上げた。そして彼の方に視線をやる。
「む」
彼はクラスの女子と話していた。楽しそうにおしゃべりしている。あたしは彼が女子と会話するところを初めて見た。あんな風に女子と普通に話す人だっただろうか。あまり気に留めたことがなかったので知らなかった。
まあ彼はあたしのことが好きなんだけどね! ごめんね!
いらぬお節介をクラスの女子に心の中で投げかけた。
「さて」
あたしは彼に近づくべく、立ち上がる。と、
「おっと」
袖を引っ張られて再度着席した。
袖が伸びた方にあたしは顔を向ける。
「ってどうしたの、あゆ」
「ご、ごめん。ちょっと相談があって」
あたしを引き留めたのは後ろの席のあゆ。クラスで一番仲のいい友達だ。
「相談? もしかして恋の相談でもする気?」
あたしが冗談まじりで問いかけると、あゆはうつむいて赤面した。
「え? マジ?」
あゆはコクリと小さくうなずく。
「え、だれだれ? てか急にどうしたの、珍しい」
あゆが恋バナを切り出したのは初めてではないだろうか。仲のいいあたしでも、あゆの浮いた話を聞いたことがない。
「うん、ちょっと……。同じクラスの田中君のことなんだけど……」
「え? 田中、君?」
あの田中君以外いない。
まさか好きになったの? あゆが? なんで? あの普通の男子を?
いやそもそも彼はあたしのことが好きなのだ。その恋は実るはずがない。
「あ、あのね、あゆ、田中君に告白するのは――」
「私、田中君に告白されたの」
「え?」
あゆは耳まで真っ赤にしてそう告白した。
「え? え? どゆこと? あゆが告白したとかじゃなくて?」
「う、うん」
「あゆが?」
「うん……」
「田中君に?」
「う……」
「告白された、の?」
「そ、そうだよ。恥ずかしいからあんまり言わないで……」
あゆはさっきからずっとうつむいたままだ。
正直可愛い。こういう乙女のあゆはなお可愛い。凄く可愛い。あたしが男だったら放っておかないね。あ、だから田中君は放っておかなかったのか。そっかそっかぁー。
衝撃のあまり、あたしはうまく頭が回っていなかった。
え? なになに? どゆこと?
田中君はあたしが好き。あゆのことも好き。そういうこと?
……いやいや、どういうこと!?
「そ、そのー、さ。あゆはいつ告白されたの?」
「……きのぅ」
あたしと一緒やん! もういや!
「ほ、放課後?」
「そぅ」
「な、何時ごろ?」
「う、うーん……、五時ごろかなぁ」
あたしに告白した一時間後!? なんで!? もうわけわからないよ!
「それ、で……あゆは返事どうしたの?」
「………」
しばらく沈黙した後、あゆは静かに口を開いた。
「保留にしてるんだ……。今日返事しなきゃいけないんだけど……」
「へ、へぇ……。そっかそっかー」
「私、田中君のこと前から少し気になってて……」
「そうだったんだ……」
そんなそぶりをあゆは見せたことがなかった。クラスのちょっと目につく男子程度なだけで、あゆは決して田中君が好きなわけではないだろう。そのほんの一握りの気持ちを利用されようとしているのではないか。
「ねぇ、私どうしたらいいと思う?」
「うーん……」
本当のことを打ち明け、あゆの乙女心を傷つけたくはない。
しかし彼は女子の敵だ。
きっと手当たり次第に告白して反応を楽しんでいるのだ。それか目立たない何人かの女子に告白して成功すればラッキー、といった計画か。あたしたちがそれを他人に触れ回ることはない、とでも思っているのだろうか。
……実際あたしは誰にも話すつもりなかったけど。
彼の狙いは正確にはわからない。
けれど、とにかくあゆはあたしが守る、と心に決めた。
……ついでにあたしをからかった罪を償ってもらう!
「じゃあ、田中君のことはどう思う?」
「は」
彼へのわずかな好意は、既に殺意へと変わっていた。
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