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番外編二 女神の裁量(若神子side)

2015年4月26日 日曜日 9時36分




寝室を出ると土の山はなく、女が立っていた。振り返った女の顔は見間違えようもなく、愛しい亡き妻、麻紘(まひろ)だ。


「麻紘……? 麻紘なのか?」


寝ぼけていたが目が覚めてきた、これは昨日出会った神による奇跡だ。ありえないと疑えば土に戻ってしまうかもしれない、神の正体も蘇りのメカニズムも何も考察せず、見えているモノから目を逸らし、愚かに喜ぼう。


「ユキ、おはよ……はよ服着ろや」


「麻紘っ、麻紘ぉ、会いたかったよ麻紘ぉっ!」


抱きつこうとしたが腕を組んだ麻衣子は足で俺の胸を軽く押した。


「服着てからにしぃ」


「分かった!」


寝室に戻ってスラックス上下を着た。


「着てきたよ麻紘ぉ!」


「そんな大声出さなくても聞こえてるし見えてる」


「麻紘ぉ……麻紘なんだよな、麻紘……」


「……ごめんな、死んで。今度こそ置いてったりしぃひんから、そない泣きな」


姿も、声も、口調も、覚えている麻紘のままだ。


「まひろ、まひろぉ……会いたかった、まひろぉ……俺っ、まひろが居なきゃダメなんだよ、まひろが居なきゃ何にも出来ない、一人で立てない……まひろぉ」


「男のくせにぴーぴー泣きなや」


困ったように笑う麻紘の胸に顔を埋め、背に腕を回し、久しぶりの体温に目頭が熱くなり、胸が痛んだ。麻紘に背を撫でられると涙を堪え切れなくなった。


「……手ぇのかかる旦那だこと」


「麻紘が教えてくれたから普通の生き方が分かったんだ……でも、麻紘、麻紘が居なくなったらまた分かんなくなってさ……また、一から教えてくれよ」


「教えて言われても……別に教えた気ぃないし」


「一緒に居てくれたらちょっとずつ覚えるから……」


性別も年齢も関係なく、汚くも危険でもない者を選んで身体だけを重ねて、刹那的快楽で寂しさを誤魔化してきた。お前はそういう人間だからと兄が教えてくれた生き方だった。

けれど、麻紘はそれが虚しいだけだと教えてくれた、普通の生活を送るようになった。でも麻紘が死んだら寂しくなって、また楽に誤魔化したくなった。


「……私が死んで何年経ったん?」


「九年と一ヶ月と二十三日」


「よう覚えてんなぁ。じゃあ雪兎だいぶおっきくなったやろ、今どこおるん?」


雪兎(ゆきと)は俺と麻紘の息子だ。雪兎が産まれたことで麻紘は死んでしまった。


「あぁ……今は学校だから、帰ってきたらな」


ようやく雪兎に母親を教えられる。あの子には寂しい思いをさせた。若神子の慣習なんて、親父の言いつけなんて、クソ喰らえだ。親子の情を作ってはいけないなんて馬鹿げている、俺の代で終わらせてやる。


「失礼します当主様!」


扉が勢いよく開き、使用人が入ってきた。


「ノックくらいしろ。何だよ、急用か?」


「は、はい……」


報告を始めようとした使用人は麻紘を見て絶句した。当然だ、一度死んだ人間なのだから。


「し、失礼。よく似ていたもので」


俺が似た女を連れ込んでいるだけだと思ったらしい。


「実は……雪兎様が学校で倒れたと」


「ユキが? 理由は?」


「不明です。熱中症でも頭を打った訳でもなく、突然……その時点で意識レベル200、病院に運ばれたとのことです」


「聞き間違いじゃないな? 本当に原因不明で200なんだな?」


使用人は一瞬戸惑ったが頷いた。


「すぐに行く、車を出せ」


病院で原因が判明するならいいが、もしオカルト的要因なら病院では無駄だ。俺が出向かなければならない。雪兎は賢い子だからありえないとはとは思うが、ふざけて降霊術だとかを試したのかもしれない。


「麻紘、行くぞ」


「レベル200ってすっごい意識ハッキリしてそうやけど?」


「JSCだと数字大きいほど深刻なんだよ、ドンツーだぞ。痛みにちょっと反応するかなってレベルだ」


車に乗り込み、病院に向かう。使用人達は運転手も含め、麻紘に対して何も言わなかった。

俺、怖がられてるのかな……もう少し振る舞いを考える必要があるのかもしれない。状況の深刻さから話しにくいだけだといいのだが。


「病室は?」


「こちらです」


法定速度を超えて車を走らせて数十分、若神子の関係者専用の病院に到着。

使用人や会社員も含め、若神子に関わる者は少なからず神の力に汚染されている。抵抗力が下がった者ばかりの一般病棟に入れる訳にはいかないので専用の病院があるのだ。


「ユキ……」


「あれが雪兎? 大きなって……でも、何? なんで……こんな変な機械、いっぱい」


サングラスをかけた医師達が雪兎が寝かされたベッドの周りに五人も居る。麻紘には見慣れない機器もベッドの横にある、意識不明の患者に使う定番の物だ。まだ原因は分からないのだろうか。


「お前ら、何か分かったか」


医師達は揃って首を横に振った。


「なんでアンタらサングラスつけてるん?」


若神子家の者を肉眼で見ないようにだ。俺が意識して力を使わない限り何も起こらないとは思うが……いや、何も意識しなくても目を合わせるとやばいんだっけ?


「麻紘、悪いけど部屋出ててくれるか」


「…………分かった」


麻紘が部屋を出たのを確認し、窓がカーテンにしっかりと隠されていることを再確認し、深呼吸をする。


「力を使う、怖けりゃ目逸らしてな」


いつも以上に輝く赤い瞳を見た医師達は三人が背を向け、二人が熱心に見つめてきた。あの二人には休暇が必要かもな。


「ユキ、聞こえるか? ユキ、ユキ……」


「先程痛みへの反射も見られなくなりました、呼びかけは無意味です」


「黙ってろ、ここから先はオカルトの領域だ」


雪兎の瞼を無理矢理開けさせ、俺と違って瞳孔まで真っ赤な目と目を合わせる。身体には何の損傷もないが、霊体が薄まっていると分かった。さまよって何百年も経った幽霊のように存在が希釈されている。


「………………あのクソ女神っ!」


俺は病室を出てトイレに飛び込み、鏡を殴った。


「出てこいクソ野郎!」


四発目でようやく赤い服を着た女が現れた。


『あぁ、雪風君。どったの?』


「お前だろ、お前がユキから生命力奪ってやがるんだろ!」


『そうだけど、何?』


「なんてことしてくれるんだ、今すぐやめろ!」


昨日の善良そうな表情と話し方はどこへやら、女神は邪悪な笑みを浮かべた。


『だってボクまだ産まれたてだからさ、人間一人分の生命力なんてカバー出来ないよ。だからキミの息子から生命力をもらって、奥さんに移したんだけど……気に入らなかった?』


「当たり前だ!」


『そう、じゃ、奥さんがまた死んでもいいんだね?』


トイレの出入り口の方を見れば麻紘の心配そうな目と目が合った、鏡に向かって怒鳴る俺を奇妙に思っているのだろう。おそらく麻紘は神に生き返らせられたとは認識していない、息子を身代わりにするなんて麻紘が認める訳がない。


『ねぇ、雪風君。キミの愛する奥さんが死んだのは雪兎君が産まれたからだよね、雪兎君が麻紘さんを殺したんだよ? 愛する人を生き返らせる為に、愛する人を殺した彼を殺すのは、とっても合理的だろう?』


「……俺が息子を犠牲に嫁を取り戻すと思って声をかけたのか?」


『女親は子を何よりも大切にすることが多いけれど、男親は妻の方が好きだったりするものなのさ。ほら、麻紘さんを抱き締めてあげなよ、せっかく生き返ったんだから』


どんな手を使ってでも麻紘を蘇らせたかった。麻紘が死んですぐは世界中の文献を漁って蘇りを試みていた。


「なぁ、もし今……たとえば、病院を出てすぐに麻紘が車に跳ねられたら?」


『それが死に値する衝撃なら土に戻るよ、せっかく注いだ生命力も雪兎君に戻って元の木阿弥さ』


「なら、雪兎が死ぬまで麻紘が怪我しないよう頑張って守らなきゃな」


『完全復活後は普通の人間になるんだから、麻紘さんに生きていて欲しいならずっと守らなきゃだよ?』


手招きをすると麻紘は周囲を気にしながらも男子トイレに入ってきた。


『息子に麻紘さんの愛情奪われる心配もないし、息子を失って傷心の麻紘さんを慰めれば好感度アップのチャンスだよ』


「……そうだな」


麻紘を生き返らせる為、麻紘と再び生きる為、息子の雪兎を犠牲にする──

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