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番外編一 もう一人の標的(若神子side)

もう一人の主人公、もう一人の女神様のターゲット、雪風視点のお話です。





化野 勇二が異世界転移を果たした同日、女神は別の人物にも接触していた。その者はうっとりと鏡を眺めていた。




鏡の中に美男が居る。

透き通るような白髪、陶器のような肌、綺麗に通った鼻筋、僅かに吊った白い細眉、みずみずしい薄桃色の唇、この世のどんな宝石でも敵わない輝きを放つ真紅の瞳。


「びっっじんっ! 今日も俺カッコいい! はぁっ……美しい」


「……当主様、用意出来ましたか」


鏡に映る美しい俺の背後に男が立つ。黒いスーツに身を包み、色の濃いサングラスをかけた男だ。その怪しい格好は我が家の使用人の制服、彼は俺の側仕えだ。


「着替えてんだよ入ってくんな変態! ま、俺の裸が見たいっていう気持ちは痛いほど分かるけどな」


振り返ると使用人はピシャリと扉を閉めた。


「……へくしっ」


寒い。早く服着よう。

仕事着はスーツだ、白いことと値段以外はサラリーマンの皆様方とそう変わらない。


「んー、服着た俺も美人」


最後に細いフレームの眼鏡をかければ完成だ。


『うん、本当に美人だよ。そんなキミに提案がある』


眼鏡のツルに挟まった髪を違和感のないように整えていると鏡の中の美人が俺から赤い服の女に変わった。


「……神霊だな、お前。それもかなり若い、何の用だ。俺が誰か分かってんのか?」


『あぁ、もちろん。人に造られし神の一族、若神子家の当主様、若神子(わかみこ) 雪風(ゆきかぜ)だろう?』


赤い服の女の神霊……この女から感じる力は弱く、浅い。俺が知っている神話の再来や再解釈などではない、力を持ち過ぎた都市伝説と言ったところだろう。


「そんだけ詳しいなら知ってるな。若神子一族は人類に奉仕する一族、産まれたての神の面倒なんか見ない。存在を安定させたいなら地道に信者集めな」


『うん、集めるよ。それには奇跡を起こして見せるのが手っ取り早いだろう? だからキミに奇跡を起こしてあげようと思ってさ』


「……お前、馬鹿か? しょぼい奇跡を大人数に見せてコスパ良く信仰集めるのが定石だ、俺は奇跡なんて求めていないしな。お生憎様、金持ちな美人っつーサイキョーセイブツなもんで」


『ボクはねぇ、この世界じゃなくて全く別の進化を遂げた並行世界で神様になる気なんだ、こっちの主役は人間だろ? でも向こうの世界ならまだ神様に役がある』


文明が進めば進むほど神の奇跡は解明され、神は消えていく。人間の残虐性の方向を定めるためには宗教は有用だからまだ残っているが、神を見て神と会話する者はそうそう居ない。

信仰の形が変わったこの世界で神性が顕現するのは難しい。


「なるほど。こっちの世界に固定されないよう、浅く広くじゃなく狭く深く信仰されようって言うんだな?」


『うんうん、話が早くて助かるよ。ボクが大きな奇跡を起こし、人造神(デミゴッド)であるキミがそれを信用すればボクの力は一気に強まるからね』


「並の奇跡じゃ俺の目は誤魔化せねぇぞ? これでも表家業は製薬だからな、そっちにも精通してるんだ。たまに居るんだよ、ただの化学反応を神の御業って言う連中。で? 奇跡って?」


無視してもいいが、もし兄の方へ行ったら大変だ。俺で止めなければ。


『キミの奥さんを生き返らせてあげる』


「…………は?」


『人間の女が神を産む負担に耐え切れる訳もなく、若神子家の直系男児の子を孕んだ女は出産時に例外なく死亡する。だから大抵は余命が近い女、自殺志願者などの中から、家族に保険金以上の金を遺したい女から選ぶ。全く非道な家だね、同じ女として気に入らないよ』


この神は女神なのか? そうは思えない、女の姿をしているだけだ、この姿はきっと本性じゃない。俺の目なら本性を見破るのは容易かもしれないが──嫌な予感がする。神の正体を見るなんて無粋な真似はやめておくべきだろう。


『キミはそのことを知らされる前に大学在学中に知り合った女と恋愛結婚、君の子を産んで君の愛する妻は死んだ』


「…………よく知ってるな。読心か何か持ってんのか?」


『キミは妻を何よりも愛していた。だから妻を殺した自分の息子を愛せず、仕事を言い訳に息子を使用人に任せている』


読心ではない……過去を視るだけか? 調べ物が上手いだけか? 能力を探るのすら危ない気がする。最近の都市伝説は過激だな、怪異には弱点や抜け道を用意するもんだ。ランダムエンカウントで出会ったらアウトなんて面白みがない。


「使用人に任せるのは若神子の慣習だ、俺も兄貴も成人するまで親父の顔も知らなかった」


『へぇ? そう? ま、それはどうでもいいよ。キミもそうだろ? どうでもいい話をして気を紛らわせ、泣き叫んでボクに願いたい気持ちを抑えている』


読心ではないにせよ、心理学などには精通していそうだ。


『……土だよ。人間の体積の土を用意してくれればいい、そうすればボクがキミの奥さんの魂を冥府から呼び、キミの奥さんを蘇らせてあげる』


「土人形に魂を押し込むだけか?」


『人間は赤い土から創られた……っていうのが主流なんだろ? 蘇った後は人間になるよ、DNA検査という化学で神の奇跡を試すといい』


アダム……か。聖書を引っ張ってくるなら自分の神話はないのか? 大まかな設定だけの都市伝説なのか? プライドがないだけなのか、正体を隠すためのブラフか……読めないな。


「……ま、本当に出来たならお前の力を信じざるを得ない。俺には得しかないみたいだしな」


『あぁ、キミには得しかない。ボクにも得しかない。交渉成立だね?』


「本当に出来るのかってとこ以外、不審点はないしな。いいぜ、やってみろよ」


人間同士の交渉なら双方に得だけがあるというのはおかしい。しかし同じ存在でない場合はそうでもない。神は奇跡を与え、俺は信用を与える。それは等価交換だ、何の問題もないだろう。


『ありがとう! じゃあ、夜までに土を集めておいてね』


鏡の中の美人が神から俺に戻る。扉の向こうから急かす使用人を無視し、鏡の中の自分をじっと見つめる。


「……ふっ、神を上回る美貌」


「当主様! 当主様! 中で失神でもしてるんですか!?」


「あぁ、気が遠くなるぜ。鏡の中の超絶美男に見つめられて……あぁっ、視線で孕む!」


「いい加減にしてください! 開けますよ!」


使用人に引っ張られて仕事に出る前、別の使用人に赤土を部屋に運んでおくよう言いつけた。妻の体重は覚えていたから量を迷う必要はなかったし、奇妙な言いつけだからと聞き返すような使用人は家には居ない。



仕事を終えて部屋に戻ると赤土が詰まった袋が積まれていた。カッターナイフで袋を破り、全て混ぜておいた。

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