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最初が上手くいき過ぎていただけだ

次の雇い主は簡単に見つかった。しかし既に護衛を雇っているようだったので、後日タダ働きを条件に馬車に乗せてもらうだけだ。ヒッチハイクみたいなものだな。


「……ねぇ、なんか……怪しくない?」


雇い主と護衛達は馬車の中だ。僕は御者の役をしているジャックの隣に座っている。


「仕方ない。もう馬車を持つ者が居なかったんだ。牧羊の大陸側から出ている定期便に乗る金はないしな。それと、人相だけで人を疑うのはよせ」


雇い主も護衛達も人相が悪い。だからアンに聞いた盗賊団だとかでないかと疑っている。口では「気を付ける」と返事したが、僕は疑心を改めなかった。


「……ねぇ、あと何時間?」


「二十三時間だ」


後一日もないのか。次のセーブポイントには間に合うだろうか。異世界で嫌な思いをした今、現実世界に戻りたくないという気持ちも薄れてきた。どちらの世界も僕に厳しいのだと察した。

それからずっと僕達は無言で、日が落ちてから数時間、高原はもうすぐだとジャックは言った。しかし僕には何も見えない。


「セーブポイントは?」


「まだまだ遠いな」


「……あと何時間?」


「十六時間。セーブポイントには間に合うだろう」


ロードが必要にならなければ、だな。ため息をついていると馬車の扉が開き、護衛の一人が顔を覗かせた。


「なぁ、腹減ったんだけど何か持ってねぇ?」


乱暴な口調だが声は高い。視線を落とせば胸が少し膨らんでいるのが分かった。女の子のようだ。


「ない」


「マジかよ……晩飯抜きとか最悪」


「お前は何故持っていないんだ」


「飯食う金がないから護衛やってんだよ。晩飯もらえるはずだったのに「お前はまだ仕事をしていないだろ、飯は働いてからだ」とかさー?」


空腹状態で仕事が出来るとは思えない、仕事をさせたいなら食わせるべきだ。僕は自分の考えを呟いた。


「だよなー? 無理矢理奪ってやろうかな…………ん? なぁ、ちょっと止まれよ」


少女はジャックが掴んでいた手綱を引っ張り、馬車を止めて飛び降りた。


「おい、何故止めた!」


馬車の中から雇い主の怒号が飛ぶ。


「す、すいません! なんか急に出てって……」


「すぐに連れ戻せ! タダ乗りは許さんぞ!」


馬車の中からランプが投げ渡される。僕とジャックは仕方なく少女が向かった方へ走った。


「おーい! どこー? 戻ってきてー、暗いし危ないよー……けほっ、はぁ……大声苦手。ジャックも呼んでよ」


ジャックは頷いたが、彼が大声を上げる前に返事があった。声の方へ走ってランプを掲げると少女は羊を捕まえていた。


「お前らも食ってねぇんだろ、これ焼いて食おうぜ!」


なんて野生児だ。


「ダメだよ! 離してあげてよ、可哀想だよ!」


僕はバタバタと暴れている羊を逃がそうと少女の手を引っ張ったが、腹を蹴り飛ばされてしまった。


「ユウ! ユウ、大丈夫か!」


「ぁ、うん、全然痛くない」


「よかった……お前、よくもっ!」


僕の無事を確認して振り返ったジャックと僕が見たのは少女が羊の首に剣を突き刺した光景だった。鳴き声と跳ねる体を無視して剣を動かし、羊の腹を裂いた。


「ふぃー、切れた切れた。血抜きはもういいや、すぐ食っちまおう」


「なんてことを……!」


「──我の求めに応じ顕れよ……炎の精──んだよお前食わねぇのか?」


ビクビクと痙攣している羊の真横に火が浮かぶ。炭も木もないのに空中に浮かんだ火は、少女が魔力による魔術とかいう異世界特有の不思議な力で発生させたものらしい。


「ほらほら美味そう……ん? 誰だ? お前……」


火を挟んで少女の向かいに子供が立っている。子供と言っても現実世界の僕よりは大きそうだ。性別はよく分からないが白い仮面で顔を隠し、黄色いフード付きのローブを着ているとは分かった。ローブからはみ出した足にはズボンの裾も靴下も靴も見当たらず、髪をすっかり隠してしまっているフードには不自然な膨らみがあった。まるで耳の上にコブがあるような──


『……君さ~、ここの人~? 違うよね~』


声変わり前のようで判断し辛いが、おそらく少年だ。胸ぺったんこだし──現実世界の僕もぺったんこ……胸の話はやめよう。


「違うけど……おたく地元民?」


『違うんだね~。じゃあさ~、その羊の飼い主と知り合い~? 許可もらった~?』


少年は少女の質問に答えなかったが、おそらく牧羊の大陸の民だろう。羊を殺した少女を咎めているのだ。僕はそう予想した。


「いや? なんだよ、文句あんのかガキ」


『……何、僕の羊勝手に殺してんの?』


間延びした口調ではなくなり、声が一段低くなる。それでも少年の声は可愛らしいものだ、それなのに僕は何故か言いようのない不安を覚えていた。


「ぁー、お前の羊? マジか、ごめん。金入ったら払うわ……いくら?」


『死ね』


少年は空中に浮かぶ火を意に介さずに少女の目の前に歩んだ。その火の熱さは間近に立つ僕も感じている、シネラリアの青い炎とは違う、空中に浮かんでいるのが不思議なだけで普通の火だ。それなのに少年は全く怯まず、ローブに燃え移りもしなかった。


「え? いや、ガキ、ごめんて……いっ!? 痛っ、痛いっ! 痛いって! このクソガキっ……おいお前ら! このガキ何とかしろ! 痛いっ……いだっ、ぁ、いっ、だいっ……!」


少女は少年に頭を掴まれ、呻いている。しかし僕は彼を助けるために動くことはできなかった、少年は自分より背の高い少女の頭を掴むために浮かんでいたからだ。少女が出した火のように、何の脈絡もなく浮かび、空中に静止している。少年の裸足は空気にしか接していない。


「ひっ……!」


少女の声が止み、火が消える。僕を背に庇ったジャックが持つランプだけの灯りに頼り、少女の頭を握り潰した少年を見る。


『ん~……久しぶりのなずき最高~……よくないんだけどね~、僕は善良な神様なわけだし~? でもやっぱ……おいし~』


間延びした口調がまた恐ろしい。少年は死んだ少女の首を掴み、脳を啜っていた。割れて落ちた頭蓋骨を拾って内側を舐め、手についた血や肉や脳の欠片も舐めとっている。


「じゃ、く……ジャック、ジャックぅっ……」


「ユウ……前に出るなよ」


少年は仮面を上にズラし、口元だけを露出させている。それによって捲れたフードの隙間から少年の白い巻き髪や耳の上に生えた羊のような角が見えた。


『…………君達さ、羊殺しに関わった?』


僕とジャックは首を激しく横に振った。すると少年の姿は消え、僕の真後ろに現れる。


「ひっ……!?」


少年は僕の首に腕を回しており、力は込められていないのに僕は恐怖で動けなかった。ジャックは少年に剣を向けるが、狙うような隙はないし少年は怯まない。


『君はさ~、羊助けようとしてくれたんだよね~?』


「は、はいっ……羊、殺すなんて……そんなのっ、ダメだと思って」


『……ま、助けられなかったわけなんだけど~』


少年の小さな手が首を撫で、丸っこい爪が喉を軽く引っ掻く。


『でも僕は結果主義なんかじゃなくて~、気持ちを汲む優しくて善良な神様だから~、君を許すよ~』


「……ぁ、りが、とっ……ございますっ……」


ふわりと浮かんで僕から離れる。ジャックは素早く僕を背に庇った。ジャックの背に隠れられたこと、少年が「許す」と言ったことで身体の硬直が解け、僕は鍵を掴むことが出来た。


『……っ!? それはまさか銀の──!』


鍵を出した途端に少年が向かってきたが構わず回し、港に戻ってきた。


「…………次のセーブポイントまで行く時間は残っていない」


座り込んだ僕の目の前に鉄板で形作られた手が広がる。


「ジャック……じゃあ、とりあえず……さっきの通りにしよう。新しい雇い主見つけるまでは、同じで」


僕はジャックが新しい雇い主の元へ交渉に行く間、売店でなけなしの金を払って干し肉をひと包み買った。


「ユウ、どうする? 同じように進んでいるがあの馬車に乗っても次のセーブポイントには間に合わないぞ」


「分かってる、馬車に乗るのは次だよ。時間余ってても現実世界に戻れるよね?」


「……あぁ、次回に時間を持ち越すことは出来ないし、ユウは予定より早く目覚める」


「十分の一なんだから数分だよ、どうでもいい……セーブしたら僕今日はもう帰るよ」


いつも現実世界に戻る時は憂鬱な気分だ、戻った瞬間から異世界を恋しく思う。けれど今回は異世界でも嫌な目にあったので、どちらの世界もクソだと舌打ちしながら目を覚ました。

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