友達になりたい
両替を終えたらしい式見蛇が僕と目線を合わせるため、僕の背後で背を曲げる。
幸運──いや、不運か? 式見蛇が僕の味方になってくれるなんて希望を抱くほど僕は馬鹿じゃない。
「あ……塩飽君。な、何してるの?」
「い、いや……普通に、遊びにだけど。何? 式見蛇……ハゲゾンビと来てんの? マジで!?」
塩飽は一瞬崩した嫌らしい笑みをすぐに戻し、式見蛇に詰め寄った。
「ハゲゾンビ……? 何それ」
「勇二ちゃんだよ勇二ちゃ~ん、なぁ? お前ハゲでゾンビだもんな~?」
塩飽は式見蛇の背に隠れようとした僕の顔を覗き込み、口の端を吊り上げる。しかし式見蛇が塩飽の視線を遮った。
「そっ、そんな呼び方するな! 化野さんはどっちでもない、化野さんだ!」
「ひっ……ハっ、ハゲでゾンビなのは事実なんだからハゲゾンビでいいんだよバーカ!」
塩飽は一瞬怯んだが言い返し、足早に立ち去った。背が高く体格のいい式見蛇は相手にしたくないのだろう。
「ぁ、化野さん……」
「……式見蛇」
ありがとう、そう続けようとしたが式見蛇はしゃがみ込んでしまった。
「怖かった……! やだよ、もう……俺、金髪にトラウマあるんだよ……怖かった……」
やっぱり気が弱い。でも、それでも僕を守ってくれた。
「…………ありがとう、式見蛇。そんなに怖がってるのに庇ってくれたの、嬉しいよ」
「ぁ……えっと……ど、どういたしまして……? 化野さん……化野さん、困ったことあったらなんでも言ってね、俺、何とかするから!」
塩飽から僕を庇うだけでも涙目になって立てなくなるくせに。
彼は本当にいい人だ。疑っていた自分が恥ずかしい、優しくしないでなんて声に出さなくてよかった。
「じゃあ、このネコのぬいぐるみ、欲しいな」
「これ? じゃあ取って……ぁ、ゲームやりたい?」
「うぅん、やり方よく分かんないからいい」
式見蛇は百円一枚でネコのぬいぐるみを手に入れ、僕に渡してくれた。本物の猫の半分程度の大きさのそのぬいぐるみは両の手のひらで抱き上げて頬擦りするのにちょうどいい。
「可愛い……ありがとう、式見蛇」
これを父にバレずに部屋に置くにはどうすればいいだろう。そう考えるのも忘れるほど嬉しくて、僕はゲーセンにいる間ずっとぬいぐるみに頬擦りをしていた。
「…………うん、可愛いよ」
「だよね。いい出来だよこのネコ、刺繍だけど肉球まであるし」
「あ、いや……俺が可愛いって思ったのは、その」
式見蛇は俯いて何かを躊躇っているようだ。自分が高身長だと分かっていないのか? 俯くと僕と目が合うんだぞ。
「式見蛇は何が可愛いって思ったの?」
「ぬいぐるみ……に、喜んでる、化野さん……可愛いなって」
どういう意味だ? ぬいぐるみ一つで喜ぶ安上がりな女だという嫌味か?
「……取れてよかった。化野さん、化野さんがさっきみたいに喜んでくれるなら、俺なんでもするよ」
じゃあ、塩飽達三人を病院送りにしてくれ。そう言ったらどんな顔をするだろう。
「ありがとう、式見蛇。そう言ってくれるだけで嬉しいよ。何かあったら相談するね」
「う、うん! ぜひ……頼って!」
ゲームセンターを一周したが特にめぼしい物はなく、そろそろ正午なので外に出た。
「お腹空いてきたよね。何食べたい? 和? 洋? 中? 印? 韓?」
「んー……洋、かなぁ」
スパイスや塩はダメだ、口内の傷に滲みる。
「なら、そこのファミレスだね」
ファミレスに入り、メニュー表を見る。どれも五百円以上千円以下……僕の昼食六回分の値段だ。
「奢るから好きに頼んで」
「そんな……悪いよ。結構高いし。自分で払うよ」
「退院祝いだと思って受け取ってよ」
二人合わせて四桁なんて中学生にはキツいと思うのだが、式見蛇は小遣いが多いのか? 僕の基準がおかしいのか? とりあえず一番安いパスタにしよう。
「決まった?」
頷くと式見蛇は呼び出しベルを鳴らし、僕のクリームパスタと自分のだろうオムライスを頼んだ。
「そういえば化野さん、友達できた?」
「ううん……」
「そっか……! まぁ、すぐにできるよ」
彼の目は節穴なのだろうか。包帯で左半身を隠して、長い前髪で顔を隠して、鬱屈と過ごしている僕がどうすれば友達を得られると思うのだろう。
「…………式見蛇、友達になってよ」
こんな風に言えば誰も彼もが眉を顰める。そう分かっているのに式見蛇への期待が僕の躊躇を蹴り飛ばした。
「え……? い、いいの!? 俺が化野さんの友達で……う、嬉しい、ありがとう、大事にするよ! 守ってみせる! 俺、化野さんのこと一生大切にする! ありがとう……!」
あれ、僕プロポーズしたっけ?
「ぁ……う、うん。よろしく。ありがとう」
嬉しくて泣きそうになるなんてことあるんだな。
式見蛇は確かに見た目は怖いが美形だし、友達も彼女もいても良さそうなのだが、性格とのギャップが大きい。彼も友達がいなかったのだろう。
お互い初めての友達が出来たと浮かれたのもあって会話は弾み、あっという間に時間が過ぎた。
「現金で……ぁ、ポイントカードあります」
財布を出す暇もなく奢られてしまった。自分の分くらいは払いたい。しかしファミレスを出た後に小銭を渡そうとしても断られてしまった。
「退院祝いだから気にしないでよ。そんなに気になるならまた今度別の形で返して」
「別のって……?」
「俺、いつも一人で、寂しくて……構ってくれるだけでありがたいかな」
僕と遊んでも楽しくないだろうに、僕に奢っても何も返ってこないのに、どうしてこんなに施してくれるのだろう。
憐れみの範囲を超えている、友達だと初めから言ってしまったならともかく、奢ると決めた時は僕達は友人ではなかったのに。
「次どうする?」
「ん……そろそろ帰るよ、やることあるし……」
家事をしなければ父に殴られる。
「……すぐそこなんだから送ってくれなくてもいいよ?」
式見蛇の家は向かいだ。それなのに彼は自分の家に向かわず、僕の家の前に立って僕を見つめている。
「家の前で襲われたり鍵開ける瞬間に押し入られたりすることもあるんだよ?」
「……滅多にないよ、大丈夫」
「知らないの? 最近この辺で痴漢出るんだよ、中高生ばっかり狙う変態……」
それなら大丈夫だ。僕は女の子らしい格好をすることはないし、発育は遅いし、女の子だとは分からないだろう。分かったとしてもこんな包帯ぐるぐる巻きの気持ち悪い奴なんか触りたくないはずだ。
「大丈夫だよ……僕なんか襲っても面白くないだろうし」
「そう油断してると狙われるから、ちゃんと警戒して。化野さんは……その、可愛いんだから、特にね」
コイツもしかして火傷フェチとかあるのかな。そんなフェチないか、ただの気遣いだな、適当に礼でも言っておこう。
「ありがとう」
鞄から家の鍵を出し、不意に振り返る。式見蛇は僕をじっと見つめてニコニコと笑っていた。
「じゃあね化野さん、また明日」
「ぁ……うん。ありがとう、ばいばい」
玄関の扉を閉めて覗き穴から覗いてみたが、式見蛇はまだこちらを見ている。鍵を閉めるとようやく自宅に向かった。
「…………気持ち悪いなぁー」
優しいにもほどがある。
「……でも、嬉しい。好きだよ」
扉に向かって何を言っているんだか。僕の方がよっぽど気持ち悪い。




