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最低最悪の十二位だ

長らく更新止めててすいませんでした……




二時間目が終わり、嫌な笑みを浮かべた塩飽は僕を教室から連れ出して無遠慮に肩を組んできた。意外なことに校内案内は普通で、嫌な笑い方をしているだけで悪い奴ではないのかもなんて思い始めていた。


「ちょっと、こっち男子トイレ……」


「いいじゃんお前パッと見男なんだし」


しかし男子トイレに引っ張り込まれ、その認識が間違いだと悟る。肩に乗せられた腕を払って──払えない。焼けた左半身は自由に動かせない。


「…………トイレに何の用があるんだよ」


父じゃあるまいし僕に欲情するなんてありえない、カツアゲとかその辺かな。


「……歌祖谷、毒島、押さえといて」


「へ……? ちょっ、ちょっと、何を……」


二人がかりで男子に押さえられては抵抗なんてできない。塩飽はニヤニヤ笑いを貼り付けたまま僕の頭に巻いてある包帯に手を伸ばした。


「やー、仲良くするなら素顔しっかり見ないとな」


「ぁ……や、やめて! やめろっ……やめろっつってんだろ! やめろよっ!」


顔を振っても包帯が解かれるのを少し遅らせる程度で、醜い火傷跡を見られる未来は避けられなかった。


「うっっわキモっ!」


笑い半分の顔で塩飽が叫ぶ。


「うぇー……なんて言うんだっけ、ケロケロ?」


それを言うならケロイドだクソプリン。


「カエルかよ。ドロイドだろ」


ケロイドだっつってんだろヒョロガリ。


「そだっけ。マジでゾンビじゃん、キモー……ん? これまさか……」


塩飽の手は今度は髪に──ウィッグに伸びた。やめろと叫んでも何も起こらず、ネットまで無理矢理外されてしまった。半分以上に髪が生えていない焼け爛れた頭皮を見られてしまった。


「マジかよヅラかよハゲかよキッモ!」


「女子の頭じゃねぇってこれ、ちょっと残ってんのがまたキモい、すっげぇゾンビ。ってかこの網何?」


「網? あぁ、地毛覆うやつだな。こいつほぼねぇけど」


炎に包まれたんだ、皮膚が爛れたって髪がなくたって仕方ないだろう。


「こんなキモいのがクラスメイトとか嫌だわー、なぁ! 毒島、歌祖谷」


こんなふうに言われないために早起きをして包帯やウィッグで念入りに隠していたのに、大嫌いな鏡を何十分も見つめて頑張ったのに。


「……なぁ、これ頭だけなのかな」


今まで黙っていた歌祖谷がポツリと呟く。


「あー……いやでも女子の服脱がすのは流石になー、でもこいつゾンビだしなー、勇二だしさ? なぁ?」


「え……? う、嘘……嘘だろ、待てよ、嫌だ……やめろっ、やめてっ……やだ、いやぁあっ!」


サマーセーターとシャツを強引に脱がされる。三対一で勝てる訳もなく、抵抗すれば胴ばかりを殴られて、僕は父にされる時と同じように大人しく嫌なことが終わるのを待つことにした。


「うわー……すげぇキモい。毒島、ほら、ゾンビゾンビ」


「見てるって、つーか撮ってる」


脱がされたサマーセーターとシャツは便器に放り込まれ、肌着は踏まれている。下着一枚にされた上半身を携帯端末のカメラから守るために抱き締めても大した意味はない。辛うじて残っている髪を掴まれて顔を映され、撮った写真を見て三人は大笑いした。

火傷跡のある体はそんなに面白いのか? 僕の裸はそんなに笑えるのか?


「ぁー、お前みたいなグロいの見てたら吐き気してきたわ、すっげぇ気分悪い、どうしてくれんの? 慰謝料もんなんだけど?」


「……財布、持ってない」


何が慰謝料だ。勝手に見たくせに……僕が欲しいくらいだ。そう言い返したらまた殴られる、大人しくしていよう。


「はぁ? じゃあ次でいいから、五千円な」


「……そんなにお金持ってない」


「親の財布からコソッと抜いてくりゃいいじゃん」


「そっ、そんなの、無理だ。殺される……」


「はぁ? いや、持ってこなかったら俺らが殺すから」


そんな度胸ないだろ。なんて言えず、涙を零しそうになったその瞬間、肩を思い切り押され、右足だけでは踏ん張りがきかず、トイレの床に尻もちをついた。


「とりあえずその汚ぇの洗ってやるよ、感謝しろよな」


左手足が上手く動かなくてすぐには立てず、ホースで水をかけられる。頭からびしょ濡れになっていく。

塩飽が僕に水をかける中、毒島がトイレ掃除用のデッキブラシを持ち出した。何をされるのかと怯えているとチャイムが鳴った。


「やべっ、次誰だっけ」


「社会だから……えっと」


「あのデブなら走れば間に合うかもだな」


「その前に……勇二ちゃん、どーすんの? 五千円持ってくる? 写真バラまこっか?」


ここで反論しても殴られるだけだ、今はやり過ごして後で対処法を考えよう。


「……お金、持ってくる」


「話分かるじゃねぇか勇二ちゃ~ん、じゃ、五千円よろしくなー?」


三人はバタバタと足音を立てて去っていった。

便器に放り込まれていたシャツとサマーセーターを拾い、仕方なく着る。ブラ一枚で歩き回るよりはマシ……かな。トイレの床に落ちてびしょ濡れの包帯は流石に使えない。


「…………臭い」


どうしよう、教室に戻ろうか、いやダメだ、先に保健室に行って着替えと新しい包帯を貰おう。

どうしてそうなったのと聞かれたらどうしよう。塩飽達を先生がどうにかしてくれるとは思えない、きっと無理矢理握手でもさせられるに違いない。小学校の時にトイレの個室に入っていたら水をかけられた時はそうだった。


「………………帰ろ」


裏門の横の扉の鍵は内側からなら回すだけで開けられたはずだ。そこからこっそり帰ろう。

授業中の校舎を歩く静けさは不安を煽り、勝手に帰るために靴を履き替えるのには心臓が破裂しそうなくらい激しく脈打ったが、誰にも見つからず学校外に出られた。

しかし学校の傍の道を歩いているところを見られないとは限らない、この時間に制服を着て歩いていたら目立つし、裏通りを通って帰ろう。



帰宅後すぐに風呂に入り、制服も念入りに洗った。体と服を洗い終えたら鏡を叩く。


「出てこいよ女神っ! 幸運はどうしたんだよ……魔樹に紋章彫ってやっただろ!」


しかし、何も起こらなかった。

部屋に帰り蹲って泣いていたら携帯端末が震えた。見てみれば式見蛇から「化野さんどこにいるの?」と呑気なメッセージが届いていた。


「助けてくれないよね……」


塩飽達にされたことを伝えたら気が弱い式見蛇は僕に関わるのをやめるだろう。それが普通だ。虐められている者には関わらないのが上手く生きるコツなのだ。

僕は「家だよ、サボっちゃった」と返し、携帯端末を床に置いた。その後の返信を無視して泣いていると学校から固定電話に連絡が入った。


「……はい、もしもし」


担任だ。電話に出たのが僕だと分かったらしく、口調はすぐに変わった。


「化野、どうした? 荷物も置いたまま……なんで勝手に帰ったんだ」


「…………急に、その……皮膚が痛く、熱くなって……そうなったら病院に行けって言われてて……ごめんなさい、痛くて、焦ってて、伝えるの忘れてしました」


下手な言い訳だ。左半身の皮膚に感覚なんてほとんどない。幻肢痛みたいなものだって経験していない。


「……そうか。次は手提げでいいから、ちゃんと来なさい。荷物は預かっておくから先に職員室に来るように」


「…………元気だったら、行きます」


担任は僕の嘘に気付いただろうか。明日行ったら怒られるのだろうか、面倒臭くなって放置されるのだろうか、どっちも嫌だな、行きたくないな。



部屋に閉じこもって憂鬱な気分をどうにもできずにいると、いつの間にか夕方になっていた。どうせなら異世界に潜っていればよかったなと思いつつ部屋を出ると、ちょうどインターホンが鳴った。

父だろうか? 鍵を忘れたのか? 他に思い付かない。どうしよう、包帯を巻いていない、殴られる、でも早く開けないともっと酷い。


「お、おかえり…………え?」


扉の前に居たのは父ではなかった。


「……えっと、ただいまって言っていい?」


式見蛇だ。困ったように微笑んでいる。


「サボったって返信あったけどさ、先生は体調不良って言ってて……一回しか返信なかったし、様子見に来たんだ、大丈夫?」


「別に大丈夫……式見蛇こそ平気? 吐き気しないの?」


僕の左半身を見て顔を顰めないのは医療関係者くらいのものだ。


「え? 俺は体調普通だよ」


「………………気持ち悪くない?」


「うん……? ないけど、なんで?」


コイツ目見えてんのか?


「……っ、僕の顔だよ! 気持ち悪いだろ、正直に言えよ! ゾンビだって、キモいって言えよ!」


「そ、そんなこと思ってないよ……」


「嘘つき! 帰れっ!」


玄関の扉を閉めようとしたが、式見蛇は爪先を挟んでこじ開けてきた。


「化野さん……信じて、俺は」


「黙れ! 出てけよぉっ!」


式見蛇の足を蹴り、胸を押し、無理矢理追い出す。しかし扉を閉める寸前に式見蛇は腕を伸ばしてきて、僕は彼の腕を思い切り挟んでしまった。


「ぁ……ご、ごめんっ!」


慌てて扉を開けるとたった今痛みを与えてしまった手が僕の左頬を撫でた。


「ごめんね」


「え……?」


なんで式見蛇が謝るんだ? 悪いのは全部僕だ。気持ち悪い顔を見せて、一方的に怒鳴って、暴力まで振るった。


「化野さん、俺は本当に化野さんのこと気持ち悪いなんて思ってないよ。何かあったんだよね、じゃなきゃ帰ったりしないよね……無神経だったかな、ごめんね。何かあったなら言って、どうにかするから。俺のこと嫌いでいいから、俺のこと信じて」


「…………出てって」


「朝、また迎えに来るよ。学校行かなくてもいいから、ドア開けなくてもいいから、電話越しでもいいから……声聞かせてね」


式見蛇は寂しそうに微笑んで帰っていった。

どうして優しい言葉をかけてくれたのだろう、今のが女神に与えられた幸運だったのだろうか。優しくされたかったのに、友達になって欲しかったのに、僕は自らの手でその可能性を潰した。


日が沈み、父が仕事から帰ってきた。包帯を巻いていないこと、夕飯を用意していないこと、返事が遅いこと、様々な理由で暴力を振るわれ、異世界に潜ることも出来ずに気を失った。

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