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欠損テレパス

今日の昼には現実に帰る時間がやってくる。朝起きてすぐに身支度を整え、朝食を取らずにホテルを出た。


「ユウ、女神様が用意してくださった身分証がある。渡すのを忘れていた、持っておけ」


「身分証とかあるんだ……うん、ありがとう」


イマイチこの世界の文明の度合いが分からない。


「アンさんにヴェーンさん紹介してって頼みたいけど……今日、ライブなんだよね。忙しいかな……」


ひとまずライブ会場に行ってみると警備員は僕の顔を覚えていてくれたようで、すんなりと通してくれた。昨日の記憶を頭に浮かべて廊下を進み、アンの楽屋の扉を叩く。


『どうぞ』


少々ぶっきらぼうなアンの返事を聞き、扉を開ける。アンはムスッとした顔をして腕を組んでおり、向かいに立った仮面を着けた……性別は分からない、仮面に白いシルクハット、白い燕尾服の不思議な人物を睨んでいた。


『ユウさん……ジャックさんも。こんにちは』


アンは笑顔に変わって僕達に手を振り、それから仮面の人物の方を数秒眺め、またしかめっ面に戻った。


『ユウさんとジャックさんです、お友達です……余計なお世話です! えぇ、そういうのじゃありませんからご心配なく! 早く出ていってくれませんか、あなたの席は用意していません! どうしても居たいなら当日券をお求め下さい、もう売り切れてるかもしれませんけど!』


当たりが強い、アンは本来こういう人物で、僕やファンにだけ愛想がいいのかもしれない。僕ももっと仲良くなれば冷たくされたりするのだろうか。


「あの……アンさん、この方は?」


仮面の人物がこちらを向いた。仮面には視界確保のための穴が空いてあると思うのだが、目の前の仮面にはそれがない。シルクハットの飾りなのか目玉が縁に乗っているのも不気味だ、見ればネクタイピンやベルトにも目玉の装飾がある。ガラス細工のようだが、そういうファッションは僕は好きにはなれなさそうだ。


『……わたくし、アンの姉のシネラリアと申します。どうぞよろしく』


「シネラリア……さん? お姉さんなんですね」


仮面越しならくぐもると思うのだがそんなことはなく、シネラリアの方から聞こえた訳でもなく、僕の頭の中で綺麗な声が響いた。


『ちょっと! 姉とか言わないでください! 私は縁切ったつもりですから、あなたとは他人です』


『ごめんなさい、この子こういう子で。でも、根はいい子。それに、とても寂しがり屋。この先も友達でいてあげて』


「い、いえ……はい、もちろん」


『何こそこそ話してるんですか? 私にも聞こえるようにしてください』


シネラリアの声は十分アンに聞こえる大きさだったと思うのだが、アンには聞こえていなかったようだ。


『本人の目の前で陰口ですか? これだからテレパスは!』


「テレパス?」


聞き慣れない単語の解説が欲しいのでジャックの方を向く。


「テレパスとは、テレパシーと呼ばれる能力を持つ者のことだ。視覚聴覚などの感覚的手段によることなく直接自分の意志や感情を伝え、相手の意志や感情を汲み取る。思念伝達や精神感応の力だ」


流石人工知能、ネットに繋がっているかのような解説能力だ。しかし説明が辞書的過ぎてよく分からない。


『要するに、声に出さずに心に直接話しかけて、人の心を覗ける力ってことですよ。大嫌いです』


「そんな……アンさん、シネラリアさんは」


『わたくしにあなたによる弁明は要らない』


「シネラリアさん……でも」


『……私の目の前で私のこと私に聞こえないように話すのやめてください! これ以上私の心を覗くのもやめてください! 出てってください!』


シネラリアと共にまとめて部屋を追い出され、ここに留まってもスタッフの邪魔になるだけだとライブ会場を出てその裏手に集まる。


「あの、シネラリアさんはアンさんのお姉さんなんですよね」


『はい。しかし、仲は微妙。あなた達まで追い出されてしまった、アンに用事は?』


「あ、はい、実は……ヴェーンさんに用事があって」


「待て、少しいいか、シネラリアとやら。お前、俺達が話そうとしていない隠したいと思っていることまで感知できるのか?」


ジャックの言葉に背筋が寒くなる。魔王城に侵入し魔樹に紋章を彫ろうとしていることがバレていたら、魔王に密告されかねない。


『わたくしのテレパシーはわたくしが声を出せないのでお父様が与えてくださった最低限の能力。他の姉妹も勘違いをしているが、わたくしには送信能力しかない』


「……信用出来るのか?」


『証明する方法はない』


送信……つまり自分の意志を相手の心に直接伝える力。相手の心を覗き見る力はないなら安心したいが、彼女の言葉を信じていいかは微妙だ。


「いや、証明する方法はある」


ジャックはそう言いながら剣を抜いた。


「足を狙うか手を狙うか、当ててみろ」


『……わたくしには送信能力しかない』


「ジャック! やめてよ、そこまでする必要ないだろ!」


「ある!」


ジャックは止めに入った僕を優しく突き飛ばすとシネラリアの目の前まで跳び、体の後ろに下げていた剣を離し、鞘で腹を殴った。


「ジャ、ジャック! なんてことを……シネラリアさん、大丈夫ですか? ごめんなさい……本当にごめんなさい」


鞘は彼女の腹にかなり沈んでいたように思えるが、彼女は少しふらついただけだった。僕の経験上、あれほど深く腹に物を沈められたら嘔吐か失禁は避けられないだろうに。


「……手応えがない、だと」


「ジャック、謝れ! 女の子のお腹殴るなんて……最っ低!」


『何ともない』


「ダメです、お腹は大事なんですよ。吐きそうじゃないですか? 漏らしそうじゃないですか? 痛いなら正直に言ってください」


『何ともない』


ジャックの方からピピッと電子音が聞こえた。確か今のは暗視装置を起動した音だったはずだ。


「なんだ……? お前、人の形をしていないな」


『……女の服の下を覗き見するなんて、下品な人』


「ジャック……もうやめてよ、シネラリアさんは悪い人じゃない、もう警戒するのやめて、失礼だよ」


ホテルを出る前にセーブしているし、いっそのことロードして出会いをやり直してしまおうか。


『それが普通の反応。テレパスは誰でも怖いもの、慣れている、気にする必要はない』


「慣れてるって……そんな」


『あなたみたいな人は珍しい』


僕はテレパシーの力をよく知らなかっただけだ。意味を理解した後はシネラリアを疑った、ジャックが過剰だったから止める役になっただけで僕もジャックや他の人間と変わらない。

ジャックが意地悪な役になることで逆に僕の好感度は上がったから、彼女に本当に心を覗く力がないならロードの必要はないかもしれない。そう考えてしまって自己嫌悪が膨らむ。


『それより、用を聞かせて欲しい、わたくしに対応可能かもしれない』


「…………ヴェーンさんに用事があって、ちょっと会いたくて……アンさんに頼もうとしてたんです」


『ヴェーンおじ様に? わたくしから話を通しておく』


アンの姉なら──と期待していたが、当たりだ。シネラリアもヴェーンと関わりが深いらしい。


「ヴェーンさんは叔父さんなんですか?」


『叔父という訳ではない。幼い頃からよく会っていて、わたくしは特に構っていただいていた、兄のように慕っていて……でも兄なんて歳じゃないと嫌がられたので、おじ様と呼んでいる』


僕にはそういう関係の大人は居ないから分からない感覚だ。


『今、すぐがいいのか?』


「えっと……そう、だよね? ジャック」


昼には現実世界に返される。後三時間程度はあるはずだ。


「…………あぁ、向こうにもセーブポイントがある。行こう」


目的地付近にあるセーブポイントを感知し、ジャックは頷いた。


「それじゃ、お願いできますか? シネラリアさん」


『来い』


彼女の言葉が事務的に聞こえるのは意思を直接伝えるテレパスであるが故なのだろうか。冷たく感じて、怒っているのかとも思ってしまって、少し苦手だ。

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