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番外編 初めて触れた親切心

第一章 第二話 現実世界の友達候補

での式見蛇くん視点のお話。おまけのようなものです。

少し前、向かいの空き家が売れた。化野という人が買ったらしい。中学に入学すると出席番号一番に化野(あだしの) 勇二(ゆうじ)という名があった、珍しい苗字だしきっとあの家の子だろうと思った。

同性で近所の子なら仲良くなっておきたいと思っていたが、入学式の日に彼は居なかった。次の日も、その次の日も、居なかった。教師いわく入院中で復学はまだ先。勇二という名だが女の子らしい。

入院の理由は病気だろうか怪我だろうか、重いものなのだろうか、いつ復学するのだろうか、どうして男の名前を付けられたのだろうか、彼女も俺を嫌うのだろうか、可愛い子だろうか……化野家のポストにプリントを届ける度、疑問がぽこぽこ生まれた。




右腕が痛い。飲みすぎはよくないと気遣ったら母に包丁で切りつけられた。

左腕も痛い。酒を買ってこない罰だと母に煙草を押し付けられた。

コンビニに酒を買いに行ったら追い返された、酒屋に酒を買いに行ったら怒られた、家に帰ったら根性焼きが増えた。

もう嫌だな、死にたいな、無駄に不良っぽい見た目のせいで先輩に目をつけられて学校でも痛い目に遭うし……縄は買ったし、首吊ろうかな。

あぁ、でも、勇二ちゃんに会ってみたいな。復学したてで不安なところを助ければ俺みたいなヤツにも頼ってくれるかも、俺の生きる希望になってくれるかもしれない。

せめて彼女が復学するまでは生きてみよう。



日曜日、夕飯の買い出しに家を出ると、向かいの家から少年が出てきた。

灰緑色のカーゴパンツにネコ柄の黒いパーカーを着て、肩がけの濃い灰色の鞄をぶら下げたボブヘアの少年だ。手や足は服に隠れて分からないが、顔の左半分は包帯で隠れている、首もだ。


まさか、彼は彼女(勇二)なのだろうか。少年に見える……男っぽいのは名前だけではなかったのか。きっと入院の理由は怪我だ、退院したばかりで引っ越してすぐなら街に不慣れだろう。今助ければ俺を頼るようになるかもしれない。


俺は彼女の後を追い、信号待ちでは身体が呼吸によって微かに動くのも分かるくらい近くに立ったが声をかけられなかった。

俺は体が大きいし顔も怖い、きっと怯えられてしまう。それなら話しかけない方が──でも、道に迷うかも、もう迷っているのかもしれない。左足の動きが少しおかしいし、怪我がまだ痛むのかもしれない。声をかけるべきだ、でも声が出ない、何を言えばいいか分からない、変な汗が出てきた。



声をかけようと思いながら無言で彼女の後を追って数十分、彼女は俺の目的地でもあるスーパーに入っていった。

俺は自分の買い物もしながら彼女を目で追った、もし何かあればすぐに向かうつもりだった。昼間だから大丈夫だとは思うけど、この辺りは治安が悪いし、心配だった。


「──円になります」


レジも彼女の後ろに並び、彼女を見失わないように急がなければと思いつつ札を引っ張ると、財布が傾いて小銭をばらまいてしまった。


「すっ、すいません! すいません、すいません……!」


小銭が落ちる高い音が俺には店内放送よりも大きく聞こえた。この時間は急いでいる人が多いというのに、なんてドジをしてしまったんだ。俺の後ろに並んでいた者は舌打ちをしている。

きっと誰も拾わないだろう、そういう街だ。盗られないうちに早く拾ってしまわなければ。


「あの、こっちにも落ちてましたよ」


落ち着いた声と共に白くて柔らかそうな手が突き出される。その手には小銭が六枚乗っていた。


「へっ? ぁ、ありがとうございます……!」


どうして持っていかないんだ? なんで俺に優しくしてくれるんだ? 混乱しながらも受け取って相手を見上げれば化野 勇二だろう少女だった。彼女は俺に小銭を渡すとすぐに行ってしまった。


訂正することがある。彼女は少年のようなどではない。顔立ちは優しく輪郭も丸く、包帯の下に隠れた左目は分からないが右目は一重だというのに十二分に大きく、睫毛も長かった。小さいながらにぷっくりとした唇にも女の子らしさを感じたし、何よりは手だ。細長い指の先、桜の花びらのような小さな爪。白く滑らかな皮膚に包まれた手は痩せ過ぎているのに柔らかそうで、俺に小銭を渡すその手を掴みたくなった。


財布を鞄にしまい、買った商品の袋詰めを素早く行い、すぐに彼女の後を追った。

俺に親切にしてくれたなら俺を怖がりも気持ち悪がりもしていない、俺と仲良くしてくれるかもしれない、彼女こそが俺の生きる目的かもしれない、絶対に逃がさない。


「あっ……あのっ! 待ってください! あのっ! そこの人……!」


化野だろうとは思うがそう呼んでは不審だろう、もしかしたら違うのかもしれないし。


「ぁ……あの、あのっ……! すいません……」


聞こえていないのか振り向くどころか歩みを緩めもしない彼女の前に回り込むと、驚いたのかよろけていた。すまないことをした。


「す、すいません驚かせてしまって……大丈夫ですか?」


目を丸くして俺を見上げている。小さい、細い、弱そうだ、小動物のようだ。触れてみたい、撫でてみたい、抱き締めたい、丸呑みにしたい、腹の中でゆっくり溶かしたい。


「あの……さっき、小銭を拾ってくれたお礼を……ちゃんと言いたくて。すいません、驚かせるつもりじゃなかったんですけど、なかなか気付いてもらえなかったので」


目を見ると話せない、目を逸らして……ダメだ目を見て話さないと失礼だ、でも目を見ると緊張してしまう。


「ぁ……すいません長々と。ありがとうございました、助かりました……それを言いたかったんです」


「はぁ……どういたしまして」


喋った。透き通るような声だ。落ち着く声だ。もっと聞きたい。録音でもしてずっと聞いていたい。


「え……と、荷物、持ちましょうか?」


「え……? いえ、大丈夫です」


「でも、怪我してらっしゃるみたいですし、腕細いのにそんなに重そうなもの持って……ほら、俺力はありますから、さっきのお礼ということで」


パーカーはダボッとしていて分かりにくいが、顔や首や手足首を見れば不健康な痩せ方だと分かる。入院の影響だろうか、病院の食事は栄養バランスがしっかりしているはずなのに。


「大丈夫です……持てます。怪我はほとんど治ってますし、リハビリも兼ねて自分で持ちます」


こういうことで助けたくて家からずっと着いてきたのに断られてしまった。しかしリハビリなら邪魔は出来ない。


「そうですか……ぁ、えっと、お名前は?」


「…………化野です」


合っていた。やはり彼女が化野 勇二だ。


「化野さん……俺は式見蛇(しきみみ) 琴美(ことみ)です」


「はぁ……そうですか」


厳つい見た目のくせに可愛い名前だなんて笑われないかと思ったが、そんなことはなかった。表情も変わっていない。人の名前を無遠慮にバカにしない、いい人だ。


「化野さん、おいくつですか?」


「十二です、今年で十三」


「じゃあ同い年ですね」


「え? こ、高校生じゃ……?」


無表情に近かった彼女の顔に驚きが宿る。丸くなる瞳が可愛い、その目を舌の上で転がしたい。


「十二ですよ? 九月で十三です」


「……同い年なら、敬語は」


「あ、そ、そうですね。いや……そう、だね、化野さん……あの、下の名前は?」


俺は中学生に見えないのか? 確かに背は高いし筋肉質だし声変わりも終わったし……少なくとも中一には見えにくいか。


「…………勇二。こんな名前だけど、一応女子」


性別に合わない名前を気にしているのか、俺と同じだ。親近感が湧いてきた、もっと話したい、仲良くなりたい、丸呑みにしたいな。


「化野勇二……やっぱり、ずっと学校休んでる子だよね。俺達同じクラスだよ」


「え? 同じクラス? そ、そうなんだ……」


「すごい偶然だよね…………運命感じちゃう」


本当にすごい偶然だ、気になっていた近所のクラスメイトが家を出るところを見られるなんて。小銭を落とさなければ声をかけられなかっただろうし、これはもはや運命だ。絶対に逃がしてはいけない。


「なんで休んでるのか聞いてもいいかな」


「大火傷して入院してた。もう退院したから復学する」


火傷か……動きにくくなるものなのだろうか。助けてあげたら仲良くしてくれるかな。


「あ、えっと、勉強とか分からないとこあったら言ってね」


「入院中教科書読んでたから平気」


「そ、そっか……」


勉強を教えていけば仲良くなれるかと思ったが、甘くはない。


「……それじゃ、僕、家こっちだから」


「あ、俺も家そっちだよ。っていうか向かい。化野さん珍しい名前だから引っ越してきた時に覚えたんだ」


君に会いたかったんだと暗に伝えたら彼女も意識してくれるかと思ったが、無反応だ。俺の言い方が悪いのかな。


「…………ぁ、あのさ」


家が見えてきた、そろそろ別れの時間だ。これで終わったら学校でも話しかけられず、ゆっくりと関係が薄れていく。そんなのは嫌だ、仲良くなりたい、生きる希望になってくれるかもしれないんだ、逃がしてたまるか。


「連絡先……教えてくれないかな。近所だし、同じクラスだし……学校行事とか、ほら、色々、便利だから……ね? ダメかな……」


彼女のカーゴパンツの後ろポケットに携帯端末が入っている。頷いてくれると信じて携帯端末を持った。


「ごめん、今スマホ持ってないから」


「え……? 後ろのは?」


「なん、で……絶対、持ってなかったのに」


どうして嘘をついたんだ? 俺は嫌われていたのか? 小銭を拾ってくれたじゃないか……落としたのが俺じゃなくても拾ったのか?

あぁもうこれだから嫌なんだ、どうして俺は他人に期待してしまうんだ。


「赤なんてあるんだ、可愛いね。えっと……その、嫌だったの? 俺と……い、嫌ならいいよ、ごめんね、気持ち悪かったよね…………ごめん、もう二度と話しかけないから安心して」


勝手に期待して勝手に失望して、的外れな憎悪を抱く自分を殺したくなる。もう何を話したって気持ち悪がられるだけだ、早く帰ろう、帰って首を吊ろう。彼女に背を向けて足早に去ろうとしたが、ジャージの裾を掴まれて振り返った。


「ちっ、違う! 本当に置いてきたと思ってて……その、嫌とかじゃないんだ。ごめんね、連絡先教えて?」


本心だろうか。俺を傷付けないための優しい嘘だろうか。後者だとしたら甘えてはいけない、でも俺が断るのもおかしい。

チャンスだと受け取ってみよう。彼女は本当に思い違いをしていたのかもしれないし、仲良くなりたい欲求が抑えられない、絶対に逃がしたくないんだ。


「……本当? よかった……死のうかと思ったよ。ありがとう、何かアプリ入れてる?」


「えっと……ちょっと待って」


「あ、これ、このアプリ。俺も入れてるからこれでやろ」


どうか頷いて欲しい、その願いは叶った。彼女は携帯端末を使い慣れていないようだ、操作する指先が拙くて愛らしい。食べたい。


「ありがとう……! 親と公式以外と繋がれたの初めてだよ、本当にありがとう。くだらないことでもいいから送ってね、俺もするから」


「善処するよ。じゃあ、ばいばい」


「あっ……うん、ばいばい」


彼女はすぐに俺に背を向けて帰ってしまった。もう少し話したかった、復学の時期を聞いておきたかったのに……そうだ、こんな時のために連絡先を交換したんだ。

キッチンに荷物を置いてすぐにメッセージを送ったが、既読すらつかない。時々携帯端末を持ち上げては通知を確認し、返信が来ないことに落ち込む。


「なんで……なんで返事くれないの、化野さん……やっぱり俺が嫌いなの……?」


既読はついていないんだ、無視している訳じゃなく気付いていないだけ。そう自分に言い聞かせて夕飯を作り始めた、母が帰ってくるまでに完成させないとまた怒られる。


「…………水玉」


俺の左腕は水玉模様だ、写真を撮って送ったら「可愛い」とか言ってくれないかな? ダメだろうな、やめておこう。




母が帰ってくる時間に夕飯を作り終え、母の機嫌は保てた。家事を終えたら家を出て裏庭の倉庫に入り、絨毯の上に寝転がる。


「ぁ、返信きたっ……!」


月曜はまだ休むらしい。それなら火曜から一緒に登校したいな、初登校は不安だろうし了承してくれるはずだ。


それから数十分待ったが返信はなかった。既読はついているから読んでくれたはずだ。もしかしたら気持ち悪がられたのかもしれない、いや、別にそこまで変な文を送った訳でもない。それに少々気持ち悪いからと無視するような子でもないはずだ、きっと返信してくれる。


「…………ふわぁ」


日付けが変わり、欠伸をする。返信は来ない。

もしかしたら無言で肯定を示すタイプの子なのかもしれない。断らないならわざわざ言わなくてもいいと思ったのかもしれない。

枕元に置いて通知音を最大にして、返信が来たら起きられるようにして、今日はもう眠ろう。

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