現実世界の友達候補
引越し前と違ってスーパーまでかなり遠い。左半身を火傷した今は特にキツい。皮が突っ張る感覚や動きの鈍さは長く改善されないだろう、憂鬱だ。
「あっ……あのっ! 待ってください! あのっ! そこの人……!」
地面に降りた鳩がアスファルトをつつくのを横目で見ながら歩を進める。餌が落ちているようにも見えないのに何をしているのだろう、なんて、興味のないことを考える。
「ぁ……あの、あのっ……! すいません……」
突然背の高い男に回り込まれ、左半身の動きが鈍いのも忘れて後ずさり、よろけた。
「す、すいません驚かせてしまって……大丈夫ですか?」
視線を上げれば褐色肌の強面イケメン、いや、さっきの青年。よく見れば三白眼は切れ長で僅かに吊っていて、緩い弧を描いた細い下がり眉も合わさって怖い。不良っぽいと言うよりは犯罪者っぽい。荒々しい怖さではなく静かで不気味な怖さだ。紺のジャージを着ていることさえ不気味に思えてくる、もう四月も終わるというのにどうして一番上までファスナーを閉めているんだ。
「あの……さっき、小銭を拾ってくれたお礼を……ちゃんと言いたくて。すいません、驚かせるつもりじゃなかったんですけど、なかなか気付いてもらえなかったので」
大学生、いや、高校生だろうか。歳下だとひと目でわかるだろう僕にも敬語を使うなんて、本当に気が弱いんだな。
「ぁ……すいません長々と。ありがとうございました、助かりました……それを言いたかったんです」
「はぁ……どういたしまして」
小銭を数枚拾った程度でスーパーの外まで追いかけてきただって? 礼を言うためだけに? あんなものあの場で完結するやり取りだろう、不気味だ。
「え……と、荷物、持ちましょうか?」
青年はようやく道を塞ぐのをやめたが僕の隣に並び、僕の狭い歩幅に合わせてきた。
「え……? いえ、大丈夫です」
「でも、怪我してらっしゃるみたいですし、腕細いのにそんなに重そうなもの持って……ほら、俺力はありますから、さっきのお礼ということで」
「大丈夫です……持てます。怪我はほとんど治ってますし、リハビリも兼ねて自分で持ちます」
見た目に反して悪い人ではなさそうだが、見ず知らずの人に荷物を渡したくない。ひねくれた僕は持ち逃げされる未来を思い描いてしまう。
「そうですか……ぁ、えっと、お名前は?」
「…………化野です」
決して、女の子なのに勇二なんて名前なのを気にして苗字だけを名乗ったのではない。知らない人だからだ。
「化野さん……俺は式見蛇 琴美です」
名前の半分が「み」だ。僕とは逆に男なのに女っぽい、見た目の割に可愛い名前だ。
「はぁ……そうですか」
「化野さん、おいくつですか?」
「十二です、今年で十三」
中学入学に合わせて引っ越し、その直前に父が母を殺し、僕は大火傷をして入院、病院内トイレで異世界を救えと頼まれ──短期間で色々起こり過ぎだろう、十二歳のガキが抱える問題じゃないぞ。
「じゃあ同い年ですね」
「え? こ、高校生じゃ……?」
「十二ですよ? 九月で十三です」
ありえない、十二でなれる見た目じゃない。一ヶ月後には僕の方が年上になるなんてありえない。
「……同い年なら、敬語は」
「あ、そ、そうですね。いや……そう、だね、化野さん……あの、下の名前は?」
「…………勇二。こんな名前だけど、一応女子」
医療用のカツラは長めのボブにしてもらったけれど、服はメンズ用だし、発育は悪いし、僕は女には見えないはずだ。
式見蛇も驚いていることだろう、そう思って彼を見たが、彼は目を細めて僕を見つめているだけだ。興味もないのか? いや、なら見つめないか。なんなんだコイツ。不気味だ。
「化野勇二……やっぱり、ずっと学校休んでる子だよね。俺達同じクラスだよ」
「え? 同じクラス? そ、そうなんだ……」
すごい偶然だな。スーパーで財布の中身をぶちまけたドジな強面イケメンがクラスメイトだなんて。
「すごい偶然だよね…………運命感じちゃう」
何言ってんだコイツ。やっぱり不気味だ。
「なんで休んでるのか聞いてもいいかな」
「大火傷して入院してた。もう退院したから復学する」
そういえば学校はどこなのかな。地図だけで迷わずに辿り着けるだろうか。
「あ、えっと、勉強とか分からないとこあったら遠慮なく言ってね」
「入院中教科書読んでたから平気」
養護教諭の優しそうな女性が何度か見舞いに来てくれた。その時に分からない箇所を聞いたから学力は問題ないはずだ。
「そ、そっか……」
復学前に同じクラスに知り合いが出来るのはとても嬉しいのだが、気弱で強面の男なんて知り合ってもどうしようもない。同性の友達が欲しい、異性の知り合いなんて学校生活では何の役にも立たない。
「……それじゃ、僕、家こっちだから」
「あ、俺も家そっちだよ。っていうか向かい。化野さん珍しい名前だから引っ越してきた時に覚えたんだ」
入り組んだ住宅地に入ると式見蛇も着いてきた。近所という偶然がもう一つ重なった。ここまで重なると怖い、不気味だ。
「…………ぁ、あのさ」
家が見えてくる頃、式見蛇がポケットから携帯端末を取り出した。
「連絡先……教えてくれないかな。近所だし、同じクラスだし……学校行事とか、ほら、色々、便利だから……ね? ダメかな……」
プリントを紛失した時などは確かに便利だろう。だが、携帯端末は病院に置き去りにした。
「ごめん、今スマホ持ってないから」
「え……? 後ろのは?」
式見蛇は僕が履いているカーゴパンツの後ろポケットに携帯端末が入っていると言いたいらしい。そういえば硬いものの感触がある。違う物だと思いつつも家の前に荷物を置いてポケットをまさぐると赤い携帯端末が入っていた。
「なん、で……絶対、持ってなかったのに」
「赤色なんてあるんだ、可愛いね。えっと……その、嫌だったの? 俺と……い、嫌ならいいよ、ごめんね、気持ち悪かったよね…………ごめん、もう二度と話しかけないから安心して」
連絡先を教えたくないから嘘をついたと思われてしまった。僕に背を向けて去っていく彼を見て僕は何故か手を伸ばした。普段なら絶対にこんなことはしないのに、彼のジャージの裾を掴んでしまった。
「ちっ、違う! 本当に置いてきたと思ってて……その、嫌とかじゃないんだ。ごめんね、連絡先教えて?」
「よかった……! 死のうかと思ったよ。ありがとう、何かアプリ入れてる?」
死……? いや、聞き間違いだろう。連絡先交換を断っただけで死ぬようなヤツと知り合いたくない。
「えっと……ちょっと待って」
「あ、これ、このアプリ。俺も入れてるからこれでやろ」
メッセージアプリなんて入れた覚えはないが……元々入っているものなのか? 女神が気を利かせてくれたのだろうか。まぁどっちでもいい、記念すべき一人目のアプリ上の友達ができた。
「ありがとう……! 親と公式以外と繋がれたの初めてだよ、本当にありがとう。くだらないことでもいいから送ってね、俺も送るから」
「善処するよ。じゃあ、ばいばい」
「あっ……うん、ばいばい」
携帯端末をポケットに入れ、荷物を抱えて家に帰った。ただいまと言っても父からの返事はなく、僕は少し温まっていた心が急速に冷えていく感覚に震えつつ夕飯を作った。




