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番外編三 人造神の裁量(若神子side)

麻紘を生き返らせる為、麻紘と再び生きる為、息子の雪兎を犠牲にする──


「麻紘、ごめんな」


「ユキ……? 何が?」


「俺、お前より好きな子が出来たんだ。だから死んでくれ」


──死んだ妻の土人形如きのために息子を犠牲にするなんて馬鹿げている。


『……は!? ちょっ……!』


麻紘の髪を掴み、洗面台に叩きつけた。


「……っ、ユキ……? なん、で……」


両手で頭を掴み直し、何度も何度も叩きつけた。次第に水音が混じり、生温かい液体が俺の手を濡らし、痛みに喚く麻紘の声が聞こえなくなり、頭を割って惨たらしく死んだ麻紘の姿を俺の目に焼き付けて土に戻った。


「はぁーっ……短い夢だったな」


『…………信じられない。キミ、嫁を何だと思ってるの!?』


「この世で一番大切だった人だ。今の一番は雪兎。当たり前だろ? 子供より大切な嫁なんか居るかよバーカ」


中指を立てると鏡らしく中指を立て返してきた。


『バカはキミだよ! 若神子の魂が手に入ると思ったのに……キミには失望した!』


捨て台詞を吐いて鏡の中の美人は俺に戻る。


「狙いは初めっから俺の信仰心なんかじゃなく、雪兎の魂か…………麻紘が本物じゃないことなんて分かってたんだよ、クソ邪神が」


生き返らせたなんて嘘だ、麻紘の魂を冥府から呼び戻したなんて嘘だ、土に俺の記憶を投影させていただけだ。そんなこと一目見た時から分かっていた。

本物の麻紘じゃなくても嬉しかった。雪兎に母親の顔を教えたかった。あんな若輩者の神霊につけ込まれるなんて俺もまだまだだな。


「…………俺を騙そうなんざ百年早いんだよ、バーカ」


麻紘そっくりの土人形を見るまでは、また麻紘と暮らしていけるのかもしれないと胸を躍らせていた。馬鹿は俺だ、もう少しで息子まで亡くすところだった。自分の手で妻の形をしたものを壊してしまった。

嗚咽が止まらない、吐きそうだ、視界がぐるぐると回っている……やばい、今度は俺が倒れるかも。


「当主様! 雪兎様が目を覚まされました!」


手や服にこびりついていた血も土に戻っていた。その土を払い落とし、土の山を乗り越え、トイレを出た。

使用人に先導されて病室に戻ると雪兎が上体を起こし、キョトンとした顔をしていた。


「ユキ……………………起きたか」


何を言えばいいか分からず、見て分かっていたことをそのまま口に出してしまった。


「お父さん? 嘘、来てくれてたんだ。えへへ……嬉しい、お父さん……僕のこと心配してくれたの?」


医師が止めるのも聞かずにベッドを降りて覚束無い足取りで俺の方にやってきて、微笑んだ。


「ごめんね、お仕事忙しいのに……」


抱き着いてきた。どうすればいいのだろう。息子ではなく他人なら抱き返して押し倒してヤればいいだけなのに、息子にはどう接すればいいのか分からない。


「お父さん……? 怒ってる、よね。ごめんね……寝不足とかかなぁ」


「…………ユキ」


どう接すればいいか、本人に聞いてみるか。


「何?」


「……俺は次どうすればいいんだ?」


雪兎はポカンとした顔をして俺を見上げた。真っ赤な瞳が見開かれていてとても可愛らしい。頭を撫でてみたいが、嫌がるかもしれないからやめておこう。


「え、と……お仕事に戻る? かな」


「それでいいのか? ならそうするが……」


「え……? もう帰っちゃうの?」


「お前が仕事に戻れって言ったんだろ」


泣きそうな顔になってしまった。何故だろう、俺の対応が悪かったのは分かっている、でも何がどう悪かったのか分からない。赤さで勝る雪兎の瞳を見つめてもその心は他の人間のようには読めない。


「僕のこと心配して来てくれたんだよね?」


「あぁ」


「そ、それっ、なら……ちょっとくらい、だっことか、してくれたって……いいじゃん」


抱っこ? 抱き上げればいいのか、そうして欲しいのか。まだまだ子供だな。抱き上げようと屈むと雪兎は走って俺から逃げ、ベッドに飛び乗り、枕を俺の顔に投げた。


「帰りたいなら帰れよ! 帰れ! 帰れよ! どっか行け! 雪風の顔なんか見たくもない! お前なんか父親じゃない!」


ベッドの上に立った雪兎は医師の胸ポケットのボールペンだとかまで俺に投げてくる。医師達は雪兎を止めようとはしているが、触れるのを躊躇って何も出来ないでいる。


「帰っていいのか?」


「帰れ!」


「抱っこしなくてもいいのか?」


「お前になんか触られたくもない!」


触られたくないなら抱き上げるのなんてもってのほかだ。雪兎の成長を体感出来ると思ったのだが……偽物の麻紘に関することで傷付いた心を癒せるかと思ったのだが……雪兎の気待ちを尊重しなければ。


「じゃあ、帰るぞ」


「早く帰れよ!」


「あぁ、お大事に」


今にも泣いてしまいそうだが、子供に親の泣き顔を見せるのはよくない。

必死に涙を堪えて笑顔を作り、病室を出てすぐに床に座り込んだ。


「とっ、当主様!? 大丈夫ですか?」


「…………あぁ、ごめんな。立ち方分からなくなった」


「は……?」


軽く腕を広げ、腕の中に雪兎が居る妄想をする。


「……息子に触られたくないって言われたんだ、足の力抜けたりもするだろ」


「あ、あぁ……そういう。アレは構わず抱き締めるべきだと思いましたが……」


「バカ言うな、ギャン泣きされるに決まってるだろ」


触られたくないと言ったのを聞いたのに無理矢理抱き締めるなんて嫌がらせでしかない。下手を打てばトラウマだ。


「悪いけど肩貸してくれ」


「分かりました。腕をもう少し上げてください」


使用人に肩を借りて立ち上がり、病院を後にして仕事に戻った。麻紘を失ってからずっと心に空いている風穴が広がっている気がしたし、雪兎に拒絶されたことで穴が一つ増えた気もした。





病室に集まった医師達は泣き続ける雪兎への対応に困っていた。ぬいぐるみを持ってくるだとか、絵本を読んでみるだとか、楽しげな歌を歌ってみるだとか、子供への対応のマニュアルが通用しないのだ。


「雪兎様、雪兎様、そんなに泣かれては体に毒です。何が気に入らないのです、私達はどうすればいいのですか」


医師の一人はとうとう雪兎に直接聞いてしまった。


「お父さんっ……お父さん、来てくれて、嬉しかったのにっ……! 大丈夫かとか、言って欲しかったのにぃっ……だっこして欲しかったのにぃっ! お父さんのばかぁあっ!」


しかし雪兎が答えたのは医師達に望む対応ではなく、父親に望んでいた対応だった。医師達は更に頭を悩ませる。


「お父さんは僕より仕事の方が大事なんだ!」


「そ、そんなことありませんよ」

「そうですよ、だったらそもそも来ませんって」


「じゃあ何で僕に何も言ってくれないの!? 普通さぁ、大丈夫かとか言うじゃん! なんで!?」


「それは……なんでだ? 当主様確かに冷たかったよな」

「しーっ! 見に来たのなんかただのポーズだろ」


医師達も雪風が雪兎を愛していないと思っていて、それを否定する言葉がなかなか思い付かないでいた。


「ぎゅーって、してくれるって……おもったのにっ……! お父さん僕のこと嫌いなんだ……僕も嫌いだ、お父さんなんか嫌いっ、大っ嫌いだぁっ!」


医師達の小声の会話を聞いてしまった雪兎は更に大きな泣き声を上げた。

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