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大王国の前祝い

 大陸屈指の豊かさを享受している伯爵領。特に第一都市エルドラドは富が集中し、領民からは黄金の都などと呼ばれている。


 その稼ぎは半年前まで行われていた「竜王山脈の無断開発と、帝国への横流し」という背信と世界的リスクをはらんだ行為であるため、十年での急激な発展は連邦王国に伏せられていた。


 ゆえに、未だ「主要街道からも外れた辺境の村落」という印象をもたれたままであり、わざわざ立ち寄る者は少ない。富が多いので当然 物価も高く・・・伯爵領の宿場を利用すればボッタクリと感じる上に、ついエルドラドに踏み入ってしまった者は、伯爵の趣味「旅人狩り」で拷問され、生きて帰ることはない。それゆえ、この大陸中央の山林しかない辺境は 謎の地帯のままであり関心すら持たれることはなかった。


 稀に連邦王都に遊びに来る伯爵の豪奢な姿や 同行している豪商達の羽振りの良さは、蔑称である「コウモリ伯爵」の印象もあって、住民から血税を吸い上げて贅沢をしていると王都民には捉えられている。


 ギオン公国の宣戦布告から三日後の夜、領地に帰還したハンドレッド伯爵は居城ガランチャ城で、交易都市のライバルであるギオン公国を連邦王国の敵にできたことを祝って宴を催していた。


「者共、公国の命運は尽きた!今宵は前祝いぞ。いまこそ我らが帝国と連邦の間に入り、稼ぐだけ稼いで版図を拡げ、両国をも凌ぐ大王国を築くのだ!」そう言って、伯爵は黄金の杯を高く掲げた。

 

 かつて、ソドム一行を歓待した豪勢な部屋にはソドムのアドバイスを活かした宮廷料理が並び、集められた騎士団長・文官クラス六名の横には卑猥な衣装を纏った踊り子があてがられて、豪勢この上ない宴会であった。


 当然、伯爵は今宵のとぎをするお気に入りの踊り子を両手に抱えてふんぞり返り、上機嫌で臣下を眺めながら今後の「ろくでもない計画」に思いをはせている。

宮廷魔術師せんせい・・・貴方の助言に従い、ついにここまで来ましたぞ。だが、金と権力だけがあってもどうにもならぬ、仕上げは難攻不落の城と・・絶対に裏切らぬ強力な軍隊となるが・・)



 もともと、未亡人の男爵夫人に取り入って成り上がったハンドレッドは、巨万の富の一部を夫人に渡すことにより恩に報いているため、夫婦としての関係は形式上であっても全く問題はなかった。

 つまり、伯爵は放蕩ほうとう三昧、夫人は贅沢三昧といった具合にウィンウィンな関係で上手くいっており、伯爵が女に狂おうが快楽殺人者だろうがお咎めなしなのである。


 そして、伯爵を囲むはイエスマンばかり。やんわりと苦言を呈しながら、良い方向へ誘導してくれた宮廷魔術師は今はいない。憎っくきソドム公の護衛の小娘に、撲殺されているのだから。いや、撲殺を通り越して消し飛ばされたと言うべきか。とはいえ、今回の件で溜飲は下がり 戦勝国としてギオンの地に行く準備にとりかからねばならない。


 側近のイエスマン達は、伯爵の機嫌を伺いながら杯を掲げ、

「伯爵様万歳!」と連呼した。


 その万歳三唱に飽いた伯爵は、右手をゆっくりと前に出して彼らを制止する。


「うむ、皆も大義である。して・・騎士団長、兵は増強できたか?」念には念をと思ったのだろう、伯爵が軍備を気にして質問した。


「ははっ、千の募兵があり 我が軍は二千になりました」


 騎士団長は慌てて踊り子の尻から手を引いて、背筋を伸ばして報告する。


 まさか、このような酒池肉林の宴席で真面目な話を持ち出されるとは思わなかったようだ。


 伯爵家 黎明期れいめいきの功臣ダニエルの息子ダニエル・ジュニア。記憶するに値しないが通称ディジェイと、年の近い同僚に呼ばれている男である。

 連邦王の太鼓持ちであるハンドレッド伯爵の更に「太鼓持ち」としての能力しかない彼は、戦場に出ないため 肌は青白く、戦士にしてはふっくらとした体形で、どちらかというと商家の若旦那のような風貌をしている。


「よっしよし、万が一 ソドムが血迷って攻め込んできたとしても、ゼイター侯爵に阻まれて全軍では来れぬ。いかに奇策を弄しても五百が精一杯のはず・・・」伯爵は戦の玄人ではないが計算は得意なので、その予測は実数に近かった。


「募兵を下知なさってからギオン公国に向かったのは、今後の展開をを予期していたからでございますね!」騎士団長は、「さすが伯爵様」と言いたげな表情を作ってわざと間をあけた・・・。あまり喋りすぎると機嫌を損ねる可能性があるからだ。他の側近も感服したふりをして頷いてみせる。


「ふっはっは。つまり、小勢の反逆者が攻めてきたところで大軍で返り討ちにして、その手柄でギオン領でも貰うとしようかぁ!」伯爵は得意満面。その笑顔は、あごがせり出し 横から見るとたいそうな奇相になった。

(ふははは、あの美しき妻も小生意気な娘もワシがいただこう・・・。いや、あの暴力娘は手に負えぬ・・・、なぶり殺しにするか、誰ぞに下賜するとしようか)


「得るであろうギオンの街には重税を課して、娘を売り払うしかない状況を作って、皆で格安で買い取るのもいいのぅ。ふははは!」

 本当にろくでもない発言に踊り子たちは心の中で眉をひそめた。


「流石でございます!」とりあえず、ついて行けば儲けさせてくれる主人なので、側近たちは己の矜持など道端に捨てて伯爵を讃える。



 一番年上の六十近い文官も、自らの子孫に より良き地位を継承したいので、おべっかに必死であった。

「寒村トリモチの男爵であった貴方様が・・・立派になられましたなぁ・・。本当に・・本当に、大王国も夢ではありませんな・・」と涙を滲ませる。

 

 もちろん、演技だ。


「うむ。そのあかつきには、貴公らも爵位と領地を与えるぞ。期待していろ」と、伯爵は上機嫌に応じて、肉料理に手をかけた。

※堕落した貴族の定番、女に「アーン」して食べさせてもらう・・・というのは実際にはしないものだ。口を開けるタイミングや 汁の滴りなどがわずらわしいので、結局は自分で食べたほうがいいのである。



 伯爵をおだてる宴が続き、二時間ほど経った深夜、第三都市トリモチ陥落の報せが届いた。


 敵軍が現れるには早すぎるし、そもそもゼイター侯爵から報告があるべきはずであり、あっさり陥落というのも にわかには信じられず、伯爵たちの誰もがピンとこない。


「ん?何を言っておるのだ?冗談にしてはつまらんぞ・・・」伯爵は両手に抱えた踊り子たちの胸を揉みしだきながら、半開きの眼を伝令に向けた。


 報告者は構わず事実を述べた。

「敵はギオン公国軍。指揮するは連邦王国第二王子でもあるアレックス殿下」


「なぁにぃぃ~!?国境突破とは聞いておらぬぞ!して、敵の数は!?」


「およそ五百!」


「二百人いた守備隊はどうしたぁ~!?守るだけならば十倍の敵にも数日持ち堪えるだろぉぉ?」


「闇夜に乗じて内応者が街の門を開け、敵兵が一気に雪崩れ込み 守備隊は驚き逃走、民も全員投降致しました!」


 情けない報告内容と、伯爵から発せられる怒気に伝令兵は押しつぶされるような思いがした。


「はぁぁぁ~?逃げたぁ?」怒りのあまり、伯爵は膝にかけていたナプキンをブン投げた。


 とはいえ、報告者に落ち度はないので壁に向かってである。街のヘタレ守備隊長を任命したDJは、責任追及されるのを恐れて大きめの体を縮めて「伯爵の怒りの嵐」が過ぎ去るのを静に祈った。


 伯爵は激昂しながらも、敵が少数であったため その思考は完全に乱れてはいない。むしろ、報告の「殿下」と「守備隊逃走」という言葉を聞いて事態を受け入れた。


 潤っているエルドラドと違って、出稼ぎ労働者の街でもあるトリモチでの自らの評判は良くはない・・・連邦王子が来たならばなびいてもしかたがなく、自軍の弱兵なら絶対有利でない限り逃走しかねないからだ。


 伯爵は目を閉じ深呼吸をしてから、ふいに立ち上がり命を下した。


「すぐさま軍を招集し、夜通し駈けに駈けてトリモチを強襲する!」



「えぇ!?真でございますか~?」と騎士団長が声を裏返して聞き返す。


「兵は拙速せっそくを尊ぶ、敵もすぐさま奪還に来るとは思うまい。この街の守備は百だけでよい、多少の遅れはかまわん。準備でき次第トリモチへ突撃せよ。約四倍の兵だ、行けば それだけで勝つ!!」と、したり顔で伯爵は言い放った。


 騎士団長は控えめに、常識論で自重するように諭してみる。


「しかし、我々だけでなく兵たちも酒を飲んでしまって・・・戦になるかどうか・・」


「なに、走っているうちに酒もぬける!今が勝負時なのだ!」


「では・・・せめて、別れの時をくださりませ・・・」と、若干甘え癖がついてしまった騎士団長がチラリと横の踊り子に目をやった。



「・・・・仕方がないヤツよのぅ。・・・わかった、では出撃は一時間後とする。ああ、連邦には援軍要請しておけ、あくまでも念の為にな」伯爵はキリッとした表情を作ってみせ、カラクリ時計の時間を指さし、両脇の踊り子たちと共に自室に引っ込んでいった。


 連邦としては、公国との共倒れを望んでいるため、援軍は来ないのだが、おめでたいことにハンドレッド伯爵は気がついていない。


 彼の人生において、何事も上手く行き過ぎたため、世の中は全て自分の都合良く動くものと過信しているのだった。

 

 残された家臣たちは、悲嘆どころか兵力差に楽観しており、各自そそくさと踊り子を連れて広間を後にしたのであった。上が堕落しきっている組織は、下もそれにならいクズしかいなくなるようである。



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