伯爵領・第三都市トリモチ
ダリウム城 二階の簡素な一室に通され、連邦王の病状回復まで待ちぼうけを食らったソドムとポール。
病とは無縁と言っていい強靭な肉体を持つ連邦王ファウストなだけに、政治的理由だと二人は気がついている。
「参りましたな、これでは戦を遅らせるどころか・・こちらが軟禁されたようなものです。ここに交渉もできぬまま数日とどめられているうちに公国は攻略され、それを盾に降伏を迫ってくるに違いない」ポールはクセのある白髪交じりの長髪を掻きむしりながらため息をついた。
ゼイター侯爵領までの道中、ソドムから今作戦のカラクリを聞いていただけに、すっかり公国贔屓になって、連邦騎士であることを忘れ・・我が事のように思い苛立っていた。
「うむ、足止めできぬままギオンの街が陥落してしまったら、別動隊のアレックスが善戦していようとも降伏するしかなくなる。相手の意表を突く一手が、裏目に出てしまったな」ソドムは唸りながらソファーに深く沈んでゆく。途方に暮れて、何気なく窓の外に目を向ける。
なんの変哲もない青空が広がると思っていたが、それを遮るかのように見覚えのある建物が鎮座しているのに気がついた。立ち上がり、窓にへばりつくように外を見た。
建物は連邦王国の「白堊の城」であった。もはや、この超兵器を帝国に隠すつもりはないらしい。
「ドン!」という爆発音とともに白堊の城に配備された金属製の筒が火を噴き、人の頭ほどの鉄球を打ち出しているのが見えた。何もない平原に着弾すると「ドドーン」とまたもや爆発音が鳴り響き、周辺の地をえぐった。
その威力は、公国の木柵ごときは軽く破壊できるだろうし、石造りの建物も崩れかねないと思われた。竜王の火炎弾には遠く及ばないまでも、兵団に直撃すれば数人は死ぬだろう。
これは城召喚のみならず、強力な攻撃兵器を見せつける明らかな恫喝であった。
ポールはソドムが凝視している城を見て、話に聞いた連邦の切り札だと悟り絶望を覚えた。城を丸ごと召喚するのであれば、大掛かりな儀式やらが必要なはずで、先々の心配事だと少々たかをくくっていたからである。
巨大な城を、まるで裏庭に馬車を横づけするがことく簡単に呼び出す事ができるなどとは思ってもいなかった。しかも、今さっき通って来た場所に。それに筒状の新兵器。防衛設備などを得意とする自分すら知らないものであり、破壊力に言葉を失った。
連邦の思惑通り、二人は肝を潰され作戦変更を余儀なくされた。
ソドムが兵馬の気の上がりようから察するに、連邦の進撃は今日ではないと判断し
「早いが自室で休みたい。明朝、今後の策を伝える。ポールは久々の連邦陣だろうから、旧知の者と会って昔話でもするがよかろう」
「なにを悠長な!駄目で元々、今一度 連邦王に目通りを願い出ましょう!」ポールは珍しくムキになった。連邦からソドム公に鞍替えしたのだ、簡単に投げ出すわけにはいかない。
それに、アレックス王子の遠征が成功するまで国の体がないと王子の実績にならず、敗戦後に肩身が狭くなってしまうからだ。アレックス王子がコウモリ伯を撃退したならば、公国が敗亡したとしても、その功績をもって然るべき地位に就けると思っている。
「無駄だよ・・。本人もそうだが、周りが許すまい。まあ、なんとか交渉のテーブルに着かせる策は考えよう。それが叶わぬなら、宮廷魔術師長を刺し違えてでも止めてみせるさ」と、ソドムは言い残し、あてがわれた自室に引き上げていった。
(何事も思い通りにはいかぬものだ。いっそ国を渡して、レウルーラとシュラを連れて、冒険者として気ままに暮らしてもいいんだがなぁ。まあ、それはそれで懐いた民がついてきて苦労が増えるかもしれんな)
ポールは言い知れぬ不安を覚えた。(王自ら暗殺者にでもなるのだろうか。それで一時的に食い止めても、連邦の憎しみは骨髄まで達して、より凄惨な結果をもたらすとしか思えん。やはり、この方は馬鹿なのだろうか・・)
ソドムが頼りにならない以上、旧知の者と親交を深め、万が一(というより間違いなく)公国が敗北したときの渡りをつけるため騎士団詰所に向った。
連邦との決裂から二日目、伯爵領攻略部隊であるアレックス達は竜王山脈の間道を抜けてハンドレッド伯爵領の東に位置する第三都市トリモチ周辺の森に潜伏することに成功した。
ゼイター侯爵領を迂回したため、戦闘もなくハンドレッド伯爵には気づかれていない。
普通に考えて、ゼイター侯爵領を突破できたとしても一週間はかかるので、伯爵が油断しているのは当然であった。いや、突破できるはずがないと考えるのが自然かもしれない。
彼等は平面水晶で周囲の安全を確認して、各々手近な岩なり切株なりに腰を下ろし、携帯食糧であるパンとチーズにかじりついた。
正規の行軍ならば、兜を鍋代わりに湯を沸かして、公国のヒット商品「竜鍋の素」(一鍋分の干し肉と乾燥野菜・昆布・調味料を革袋に詰め込んだ携帯食糧。包装である革袋ニ杯分の水を入れるだけで味が決まるので、誰でも食堂並の料理が作れると評判を呼び、連邦歩兵の正式兵糧に採用されている。あとは野草・キノコを足してボリュームを出したりする。乾いたパンや干し飯を浸しても美味)をぶち込んで、出来たてのスープを味わえるのだが、敵地なので火を使うのは控えねばならず、ひっそりとした食事に甘んじるしかなかった。
竜鍋と言っても、本当に竜の肉を使っているわけではなく、あくまでも滋養があるというのが由来とされている。まさか、竜王ソドム発案のアイディア商品だとは知られていない。
ちなみに、使用されてる干し肉は かつて少女を生贄に差し出された竜王が慈悲の心(実際は迷惑だった)で代用を求め、ギオン市民から毎年捧げられる供物であるので、比較的安価に販売しても利益率は高い。そして、安価ゆえに競合商品がなく、連邦版図での兵糧や冒険者の携帯食として浸透していた。
アレックスは、殺伐とした食事の最中にレウルーラを気遣って声をかけた。
「連日の行軍と野宿で、お疲れでしょう」
形式上であれ、息子に心配をかけてしまっていたことに「ハッ」と気がつき赤面するレウルーラ。犬としての十数年を差し引けば、同じくらいの年齢のため義理の親子というのも違和感があるのだが、半年共に暮らしているうちに、シュラとアレックスを我が子として受け入れつつある。
「あっ、ごめんなさい。昔、冒険者として野宿とかしてたから問題ないのだけど・・・」と、少し視線を下に逸らすレウルーラ。
「ソドム・・・ソドムとね、こんなに離れたことがなかったから・・・」
つまり、寂しいのだ。食事の内容や寝床なんてどうでもいい、傍らにソドムがいれば何でも良かった。好きという感情だけでなく、王になったことへの尊敬と面白き発想への好奇心が彼女を虜にしていた。そして、ソドムからの大きな愛・・・世界と自分を天秤にかけても彼女を選ぶと言うのだ、これほど嬉しいことはない。
だが、今回の作戦では別行動になるのは絶対条件であり、それを十二分に理解はしている。ただ、実際離れてみると・・・つい、色々と考えてしまうのは仕方がないところだ。
茂助とドロスは気まずい空気になりそうなので、差し支えない挨拶をしながら各々の任務のため場を去った。計画では茂助はトリモチの街に潜り込み、後日に内通して門を開ける。ドロスは昔の手下たちに声をかけ手勢を集める。当たり前だが、敵地で募兵することはできないので、山賊や その郎党がアレックスの兵となるわけだ。まるで水ものが如き戦になるが、それを勝たしめるのはドロスの動員力・アレックスのカリスマ性・レウルーラと茂助の索敵しだいといったところだろう。
アレックスは「しまった」と思った。愛し合ってる二人の暮らしぶりを知っていながら、つい余計な気遣いをして任務外のことを話すきっかけを作ったのだから。
(私はバカだ。少し考えれば、仲良し夫婦が離れ離れになって恋しくないはずがないではないか!彼女は宮廷魔術師としての重責と、私たちの親としての責務を果たしているが、実際のところ自分と同じくらいの二十歳そこそこの多感な年ごろであり、もっと配慮すべきであった・・・)
「そ、そうですよね。少しでも早く帰れるように、この作戦を成功させましょう」と、アレックスは当たり障りのない言葉で場を収めようとした。
ボヤいてスッキリしたのか、レウルーラはいつもの凛とした表情に戻り、
「ええ、ありがとう。今作戦の下調べから、根回しまで準備は万端だわ。明日にでも挙兵すれば、雪だるま式に戦果を挙げて、三日後にはガランチャ城で祝杯をあげることができるはずよ」と微笑みながら言った。
二人は食後 交代で眠りにつき、夜陰に紛れて戻ったドロスから、払暁には兵が集結するとの報告を受けた。
翌朝、森に集まった兵を見渡すアレックス。
兵は想定よりも多く集まり、五百人に達してドロス自身も困惑したほどだった。ただ、兵と言っても元山賊ドロスの手下やゴロツキが報酬欲しさと、公国兵に取り立てるという好条件で集まった者も多い。一部、竜王の正体を知ってしまった者が命惜しさで参加した悲壮なケースもあるのだが。
アレックスらが、基礎的な集団行動を叩き込むうち、連邦第二王子という旗頭が彼らの心に正当性を与えたのか、不思議と兵士らしい面構えになっていき、戦闘力はともかく・・機敏な進退はできるようになった。
あとは夜を待ち、街を強襲し援軍が来る前に一気に占領するだけである。
素早く占拠できるカラクリは、トリモチでは略奪をしないと住民と約定を交わすからである。そうであるならば、住民にとっては支配者(役人)がすげかわるだけで、命を張る意味もなくなるのだ。その代わり・・という条件付きで。
その後の展開としては、水晶と読唇術を駆使して先手先手とハンドレッド伯を迎撃しながら、第二都市メガを攻略し、最後に伯爵の本拠・エルドラドのガランチャ城を陥す、という計画なのだが・・二千もの兵で籠城されると詰んでしまうので、野戦に誘い出すのが肝であり、いかに小勢で小賢しく立ち回るかが腕の見せどころであった。
奇襲が得意な兵種(山賊あがりなので、それしか能がない)の特性を存分に活かせば、確かに善戦できそうだ・・と、アレックスは この地に来て初めて自信を深めていた。それと同時に、ソドムが戦力外とされる山賊向きの作戦を立案していたことに畏敬の念を覚えていた。