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23話『君を理解したかった 私を理解してほしかった』

 とあるホテルの一室に、俺――冬馬白雪(とうましらゆき)と、クラスメイトである琴平花灯(ことひらはなび)、さらに大企業風見グループの社長である風見宗玄(かざみそうげん)とその妻、舞歌(まいか)が集まっていた。


 理由は一つ。とある男がこの部屋に来るのを待っているのだ。

 マスコミ対策として直接迎えに行くことはできなかったが、予定通りならそろそろ――。


 直後、部屋の扉がノックされた。

 扉を開けて入ってきたのは、スーツを着た風見の社員。

 その後ろには無精髭に迷彩柄の服を着た男――琴平陽光(ことひらようこう)の姿があった。


「花灯!」


 娘の姿を見つけた彼は、何よりもまずその名を呼び、すぐさま駆け寄る。


「お父さん!」


 花灯もまた、一年も離れ離れになっていた愛しい父のもとへ行き、その体を抱きしめた。


 ちゃんと目の前に存在している。

 この光景は夢なんかじゃないと確かめるように、父の温もりを実感しているのだ。


「長い間、本当にすまなかった……!」


「ううん。いい、いいよ……」


 そう。今日は、一年前に横領の罪で逮捕され、それが冤罪であると無事証明された琴平陽光の釈放日だった。


 証拠のでっちあげをおこなった高梨康介(たかなしこうすけ)の証言により、冤罪には『イノセント・エゴ』の関与も明らかになった。

 つまり琴平陽光の釈放に加えて、宗教団体『イノセント・エゴ』による風見グループ乗っ取りの一件も、これで解決したことになる。


 神無月(かんなづき)の一件と横領の濡れ衣、企業への潜入。教団は失墜した。

 ――これは大きな一区切りだ。


 いや、まだ区切るのは早いかもしれない。

 俺は琴平陽光のもとに近づいていく風見宗玄の背を見て、そう思った。


「琴平君」


「社長……」


「一年前、君を信じ切れなかったことを心の底から詫びる。申し訳ない」


 部下を束ねるものとして、同時に一人の人間として、父親として、風見宗玄は頭を下げた。

 同じように後ろに控えた妻の舞歌も。


「……あなたを恨んだこともあったが、濡れ衣を着せられたのは自分が間抜けだったからです。それにもう、誰かを疑ったり憎んだりすることはしたくありません。なので、顔を上げてください」


「ありがとう……今後のことはできるかぎりサポートしよう」


「だったら、とりあえず美味しいものが食べたいです。中の食事は質素で。あ、でも知ってますか? クリスマスとかは結構いいものが出てですね――」


 両者の和解はあっけなく済んだようだ。これで本当に一区切りだろう。


 琴平陽光――初めて会ったが、好青年をそのまま大人にしたような雰囲気の人だ。

 確かにこの人が親なら、花灯が立派な考えを持つことも頷ける。


「おめでとう花灯」


 時計で時刻を確認してから、俺は静かに喜びを噛み締めている花灯に声をかけた。


「これ以上邪魔するのも悪いし、俺はもう行くよ」


「そう、ですか。気を付けてくださいね。警護の話、結局無くなったんですよね?」


「ボディーガードが監視になっただけさ」


 現在の俺は警察にかなり警戒されている。当然だ。

 なにせ、俺が警護に指名した高梨は犯罪を自供し、さらにその後、拘置所内で何者かに殺されている。


 俺が関わってないと見るほうが不自然。つまりは完全に容疑者扱いだ。


 容疑者――か。


「それじゃあね」


「あ、君――!」


 部屋を出ようとした矢先、花灯の父親に呼び止められた。


「君のことは娘から聞いているよ。本当にありがとう。今度、ウチに来るといい。盛大にもてなすよ」


「……ええ。必ず」


 そうしてホテルを出た俺は、その足で琴平陽光が収監されていた刑務所を訪れた。

 理由は一つ。面会だ。


 刑務所で面会というと真っ先に思い浮かぶのはクラスメイトである高砂楓(たかさごかえで)のことだが、今日は違う。


 "彼"と会うのは、実に何年ぶりのことだろうか。

 本心を言えば二度と顔も見たくない相手だが、しかしそれでも俺は会わなければならない。


 会って、話をして、確証が欲しい。

 高梨康介が拘置所で殺害されたあの日。謹慎中であるにもかかわらず、水波署に裏口から出入りをしていた桐野江涼子(きりのえりょうこ)が、無実であるという確証が――。


「久しぶりだなぁ白雪。ま、座れよ」


 アクリル板越しに俺を見つけ、怪しくも妖しい笑顔を浮かべた"彼"は、我が物顔でパイプ椅子に座った。

 それから彼は背後に立っていた警官に面会室を出ていくよう指示し、改めて俺に向き直る。


 その自由な振舞いは、まるで檻の中に囚われているのは俺のほうだと錯覚しかけるくらいだ。


「アンタに話があって来た」


「おいおい、もうお父さんとは呼んでくれないのか? はは、お前の近況は知ってるよ。とことん不幸だねぇ()()()()()


 無言で椅子に座ると、"彼"――今から五年ほど前に詐欺罪で捕まった俺の父が、そう言い放った。


「誰のせいだと思ってるんだ」


 名前も思い出したくない男だ。

 とにかく俺は、嫌悪の視線で突き返した。


「さてな。俺はお前にこう教えたはずだ。お前に降りかかるあらゆる不幸は、お前自身の力不足によるものだってな」


「なら、アンタがこうして塀の中にいるのも無能だったからか?」


「ふっ、バーカ。逆だよ。力がありすぎて目を付けられたからさ。つーか白雪ぃ、随分と余裕がないじゃあないか。ダメだねぇ。そんなんじゃあ金払いがよくなっちまう。詐欺師の恰好の的だぜ」


「……はあ」


 俺はわざとらしくため息を吐いて、とにかく本題に入ることにした。


「早速だが、アンタが騙した人間の中で復讐を考えそうな人物に心当たりはないか?」


「おいおい、俺が素直に答えてやるとでも?」


「対価を払えと? 少しは自分の子供を助けてやりたいとは思わないのか? 親としてやっちゃいけないことをアンタたちはやったんだ。償いたい気持ちはないのか?」


「そう熱くなるなよ。まったく、罪悪感を煽って人を操ろうとするとは、悪いやつになったもんだなぁ。だが同時に普通の世間の基準に合わせた価値観も備わったか。いい先生を見つけたな、白雪」


 いい先生――その単語から俺が連想したものを目敏く嗅ぎつけた男が口角を上げた。

 

「ふふははは、そりゃあ例の殺人鬼に復讐したいはずだ。で、その容疑者を探しに来た――いや、もう少し入り組んでるな。容疑者の目星はついてる。だがお前はそれを否定したい。誰かほかのヤツが犯人であってほしい――ってなところか」


「適当なことは言うな。全部ハッタリだろ? そうやって鎌をかけて相手の反応を見る――詐欺師の手口だ」


「ビンゴ。でも図星なことに変わりはないな。俺に嘘が通用すると思ったら大間違いだ」


 軽い吐き気を覚えた。見透かされている感覚。圧倒的な観察力とそれを生かす頭脳。

 これらがありながらも利己的に生きたこの男の在り方が、俺には気持ち悪く思えて仕方ない。


「……」


「ま、そう怒るなって。話を戻そう。対価の話だ。――半年前、お前の母親、つまりは俺の嫁が鬱になって医療刑務所に移された。お前ちょっくら会いに行って治してやってくれ」


「は、はぁ⁉ 俺は医者じゃない!」


「知ってるよ。だがな、お前ならできるさ。視線や仕草を見れば判る。精神科医から師事を受けたな。方法は任せる。記憶を消すのでも、自分に依存させるのでも、口車に乗せて自殺させるのでも」


「ッ――本気で言ってんのか!」


「――っはは! 冗談だよ! ま、とにかくあいつを助けてやってくれ」


 それが対価だ、と父は言う。俺は沈黙で答えた。

 情報が得られなければこいつと会った意味がない。


 だから本当にしぶしぶ、肯定も否定もしない状態を貫いた。この男にはそれで充分だから。


「さて――十七夜月(かのう)事件だっけな。犯人に心当たり、ないこともない」


「本当か?」


「なあ白雪、俺たちは同業者やお偉いさん方からこう呼ばれてたんだ。"優しい泥棒"だってな。俺たちが奪う金はいつだって脱税や横領で不正入手された金だけだ。法の手が届かないそれを取り返して、元の持ち主に返すのが仕事であり主義。だから義賊とか、ダークヒーローとか言われたこともあった」


 自分で言うなよ、と思いながらとにかく話の続きを聞く。


「警官から感謝されたこともあるし、ターゲットを見殺しにしたことだってほんの数回しかない。さっきは親としての償いがどうこうとか言ってたが、お前がきちんと俺たちの『教育』に耐えた暁には、美味いものを沢山食わせて、高い服も時計も車も何でも与えてやるつもりだったんだ。ま、結局は飼い主に切り捨てられてこのザマだがな」


「で、この話はどこに着地するんだ」



「――富樫健三(とがしけんぞう)



 それは不思議と、初めて聞いた気がしない名前だった。


「騙されたことを知り、発狂して俺たちを殺そうとした奴の名だ。当時ある警官がやむを得ずに町中で射殺したんだが、それが世間の目に留まって泥沼化。警官は自殺、俺たちがゴミ箱に捨てられるきっかけにもなった。奴には伊織(いおり)という娘がいたはずだ。それを調べてみな」


 何か、閉ざされた記憶の扉が開きかけたような感覚だ。

 俺はその一件を知っている。

 大事な出来事。けど今はもう終わったことだから、記憶の奥底に収納されている出来事。


 ――どうやら来た甲斐はあったらしい。


「富樫、伊織……。ありが――……いや、何でもない」


 お礼を言いかけて、舌を噛む勢いで阻止した。


「あら。素直になればいいのに。ふふ、育て方を間違えたかな」


「いいや。アンタが間違えたのは……多分もっと別の何かだよ」


 金をせびりに来たドラ息子ではないが、欲しい情報が手に入った俺は、さっさと面会室をあとにした、

 もう二度とあの男に会わないことを誓って。


 それから俺は、喉が渇いたので自販機でもないものかとロビーを闊歩していたのだが、ふと涼子さんの部下であり俺の監視役でもある女刑事――宮下(みやした)に声をかけられた。


「どうも」


「宮下さん、何か?」


 これは意外なことだ。彼女は名目上は俺の護衛だが、その真の目的は監視にある。

 涼子さんがホワイトキラーの協力者である可能性を、俺は誰にも話していない。

 だから警察からしたら俺が一番怪しく見えているはず――ゆえの監視だ。


 なので直接接触してくることはないだろうと思っていたのだが……。


「一応、お知らせしておこうと思いまして」


「と言うと?」


「高砂楓と七瀬汐音(ななせしおん)の釈放が決まりました。四日後――八月三十一日です」


 息を呑んだ。そうか、二人は無罪となったのか。

 これでまた世間はざわつくことだろう。二人には過酷な現実が待っている。

 それを考えると素直に喜んでいいか、少しだけ分からない。


「あなたの周りは不思議ですね」


「……え?」


「殺される人間がいる一方で、釈放される人間がいる。人を裁き、人を救う。まるで神様がいるみたい――」


 きっとその言葉は、他意のない直感的な意見だったはずだ。


 だというのに、いや、だからこそ、だろうか。

 宮下が去ったあとも俺の脳内ではその言葉が残響し続けた。

 

 何かは分からない。誰のモノかもわからない。

 けれど宮下が感じたその率直な印象には、何者かの意図が込められているように思えて仕方がなかったのだ。


 ならばその思考は、思想は、誰の――。


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