3話『影11血濡れ34危機gOd』
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「今回の事件の犯人はホワイトキラーではなく、その模倣犯だって言うの?」
「ああ。ヤツが犯人なら、わざわざかつての事件を再現する意図が分からない。だから犯人は別。現場に花を供えたのはそいつがホワイトキラーを崇めているからだ」
俺は持っていたスマホをテーブルに置いて差し出す。画面の中央に映っているのは、拡大されたピンク色の薔薇。造花ではなく生花だ。
それを見た涼子さんは先ほどの言葉を思い出すように、小さく呟く。
「花言葉は感謝――」
「そいつにとって十七夜月事件はある種、プレゼントのようなものだった。プレゼントを受け取るときのマナーは相手への感謝。だからこれはホワイトキラーへのアピールだよ」
「あなたから貰ったプレゼントに感謝しています。って? なら花やリボンが存在しない田中家と常盤家の殺人には何の意味があるのかしら」
「失踪と殺害の時期が合致するならそいつは四月に二人、五月に三人殺し、六月に四人を狙いわざと一人を生かしたことになる。月に一度の殺人には何か自分なりのルールがあるのかもしれない。被害者が階段を上がるみたいに一人ずつ増えていくのは成長を表していて――つまり前の二つは言ってしまえばただの練習台なのかも」
「……殺人の練習、ね」
この写真からでは判断できないが、遺体を直接調べれば証拠が出るだろう。殺人を重ねるごとに、切断面がどんどん綺麗に、手馴れてきているはずだ。
努力は他人の目がないところで――だから先の二つの殺人は失踪というプロセスを踏んで、封鎖された場所で実行され。
そして本番である菊代家の殺人は、舞台のように演出されて世間へと解き放たれた。
「でも、ちょっと待って。その考えだと田中家を狙う前にもう一人殺していることになるんじゃあ……」
「そうだね」
数が一つずつ増えていくのなら確かに、最初が四月の"二人"では不自然だ。
けれどその答えはすでに導き出されている。
「安心して。死体は出ない。なぜなら最初の一人は模倣犯自身だから。こいつはホワイトキラーという存在を知り、これまでの自分を殺した。それこそが最初の一歩だったんだよ」
殺人鬼が一番最初に殺すものは、理性で縛られた己自身。そういう意味じゃあ最初の犠牲者は田中父子ではなく、犯人自身と言えるのかもしれない。
なるほど、と涼子さんは納得した様子で頷いた。
「あなたの考え、あながち間違いじゃないかもしれないわね。派手な事件を起こした人間に信者が生まれ、それを模倣する者が現れた事例は存在する。でも本部を動かすには根拠が薄いわ。もっと決定的な何かじゃないと……」
「模倣犯と常盤家の関連を調べれば、それが突破口になる」
「結局はそこね。警察の捜査網に引っかからない以上、手詰まりだけど。父親はサラリーマン、母親はパート、常盤大河も特別ホワイトキラーを批判するブログをやっていたというわけでもないし。手がかりゼロ」
「いや――あるよ、接点。警察は知らない。ネット上にも出ていないやつが」
「え、それ本当なの⁉」
俺は大きく頷く。事は四月末までさかのぼることになる。琴平花灯、神崎凪沙を主軸とした『別れさせ屋』の一件――喫茶店『バタフライウインド』での一幕。
「四月末、涼子さんに不良の補導をお願いしたことがあったの、覚えてる?」
「ええ。詳しくは知らないけれど、あなたと常盤大河の繋がりはそこにあるのよね」
「……そう。あのとき、俺は『バタフライウインド』で常盤と『別れさせ屋』の一件で対峙していた。経緯は省くけど、そこで常盤はホワイトキラーを批判する言動を取ったんだ。――"美学がない"、ってね」
「それって……!」
「ああ、もしそれが原因で常盤とその両親が殺されたなら、この発言を聞いていた人物が犯人、もしくは犯人に繋がっていると思う」
「ならそのとき店内にいた人を早速――と、ごめんなさい。電話だわ」
振動するスマホを手に取り、席を立った涼子さん。その背を横目に俺は腕を組んで考え込む。
やはり、当時容疑者すら浮上しなかったホワイトキラーが、今さら悪口を言われた程度で動くとは思えない。犯人は模倣犯で間違いない。ならそれは誰だ?
あのとき『バタフライウインド』にいたのは全部で五人。
冬馬白雪、常盤大河、その元恋人、音楽教師の八木原、店の従業員。
俺と、すでにこの世にいない常盤は除外するとして、残ったのは三人。
この三人の中に連続殺人犯が、もしくはその共犯者が存在する。
しかしこの仮説にはいくつか引っかかる箇所がある。
まず第一に、警察がこのことを知らないのは不自然だ。田中と常盤が殺されたことで警察は当然、学校関係者や生徒にも事情聴取をおこなったはず。
ならば常盤の元恋人か八木原、もしくは常盤の一件の報告を受けた教育委員会から証言が得られるんじゃないか?
けれど実際のところ、警察は手がかりを掴めていない。
そしてもう一つ。
本当に常盤があの発言で殺されたとするなら、それはあまりに短絡的すぎる。
おかげで容疑者が絞られ、犯人逮捕までの筋道になるかもしれないんだぞ。
そんなこと少し考えれば分かるはずだ。それでも神を冒涜された怒りを抑えられなかったのか、それとも――捕まってもいい、とでも思っているのか。
『――神の子よ。今はまだ、そのときではない』
入学式の夜に出会ったあのパーカーの男。直感だが、ヤツが犯人だ。
神の子――ホワイトキラーによって変化を遂げた俺を、そう表現するなんてね。最悪だ。
性別だけで言うなら一致するのは八木原――だが、あの男が六人も殺した殺人鬼なのかと言われれば、何か歯車が噛み合ってないように思う。
「……」
ともかく、本格的な調査は涼子さんを通じて警察に任せよう。
俺の推理が正しくて、一連の事件を起こしたのが模倣犯で、その目的が神へのアピールなら――この先もしかしたら、"本物"が釣れるかもしれない。
考えが一段落したところで、紅茶を飲もうとしてカップの中身が空なことに気付いた。
時計を見ると、そろそろ夕食。織姫が準備を始めている頃だろう。
カップを片付けるついでに何か手伝えることがないか聞いてみるか。と、我が家の料理長のところへ行こうとしたそのとき。
丁度、通話を終えた涼子さんが戻ってきた。
「菊代結があなたに会いたいそうよ」




