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1話『約束を胸に、運命へと』

 日曜日の午前。俺――冬馬白雪(とうましらゆき)の家であるこの洋館には、呼び出しに応じたとある四人が訪れていた。

 高砂楓(たかさごかえで)美原夏野(みはらなつの)琴平花灯(ことひらはなび)七瀬七海(ななせななみ)の四人だ。


 集まってもらった理由はいくつかあるのだが、最も大きなものとしてはやはり、()()()()()()()()()()()()


 昨日の昼間、俺の保護者であり警察官である桐野江涼子(きりのえりょうこ)から報せが入った。


 これまで失踪していた田中直紀(たなかなおき)とその父親、常盤大河(ときわたいが)とその両親の遺体が発見され、さらに新たな殺人事件が発生したという報せ。


 警察は遺体の状況から、一昨年のホワイトクリスマスに俺の家族を殺し、ネット記事やSNS等で『ホワイトキラー』と呼称されている殺人鬼が活動を再開したと判断して捜査を進めている。


 ここで目を背けてはいけないのが、今回の事件の被害者には共通点としてどこかしらに俺との接点が存在していることだ。

 

 田中、常盤とはかつてひと悶着あったし、実のところ新たに遺体となって発見された人物も無関係とは言い難い。


 つまり、次に殺人鬼が動くとすれば、その標的は以前から危惧していたように俺に近しい人物である可能性が高いだろう。


 だから事情を呑み込んでもらうためにも、こうして話し合いの場を用意した。

 元々、夏野とのすれ違いを解消して以降、どこかしらで打ち明けようと思っていたんだ。


 覚悟は、できていた。


「――みんなに話さなくちゃいけないことがある」



 そして織姫(おりひめ)が淹れてくれた二杯目の紅茶がなくなる頃、冬馬白雪という存在の過去はこの場にいる全員の知るところとなった。



「――と言うのが、ここまでの俺の経緯なんだ」


 改めて全員の反応を伺う。


 過去の話――俺が虐待されて育ち、両親が詐欺罪で逮捕されたことをきっかけに、小学校を卒業する少し前に十七夜月(かのう)家に引き取られ、十七夜月さくらという少女と出会い、中学三年の冬、彼女とその両親がホワイトキラーによって殺されたこと。


 その後は今年の三月まで精神病院に入院しており、そこで()()と出会い、今の俺が持つ心理的知識や洞察力を磨いたこと。


 断片的に俺の過去を知っていた夏野、花灯、織姫の表情に驚きはない。が、今回初めて詳細に語られたそのストーリーには、やはり苦い顔を見せている。


 一方で楓と七瀬は。


十七夜月(かのう)事件、ホワイトキラー、か。そっか。全然知らなかった……話してくれてありがとな、冬馬」


「……そちらの三人はあまり驚いていない様子だけれど、以前から?」


 楓は思いのほかすんなりと受け入れ、七瀬も冷静に周囲を観察しているようだ。


 七瀬の問いに、三人が小さく頷く。


「ごめん。もっと早く話すべきだった」


「それは例の事件の犯人――ホワイトキラーと呼称される人物が再び動き始めたから?」


「ああ。今回起きた三つの事件、その被害者には共通点がある。田中(たなか)家と常盤(ときわ)家は言わずもがな、昨日発見された菊代(きくよ)家……その父親はライターで、当時のゴシップ紙が事件関係者である俺を取り上げたとき、それを批判するような記事を出してくれたんだ」


 当時の俺は拾われた身で唯一の生存者という複雑な立場にあった。

 それこそ俺がホワイトキラーだと騒ぎ立てるヤツもいた。


 その中で唯一、俺に寄りそってくれたのが菊代修二(きくよしゅうじ)の出した記事だ。


 事件から一週間から二週間が経った頃、俺はもう入院していたから、あの記事にどれくらいの抑止効果があったのかは分からないけれど、それでも記事のことを知ったときは嬉しかった。


 けれど今回、彼とその家族は――。



「――つまり、どの家にも白雪(しらゆき)君との接点が存在していた」



「織姫先輩の言う通り。だから、考えたくないことだけれど考えなくちゃならない。俺が今親しくしているみんなにも危険が迫るかもしれないって」


「私は別にあなたと親しいつもりはないけれどね。殺人鬼に狙われようがそうでなかろうが、事件の関連に気付いたマスコミが明日にも学校に押し寄せるでしょうし。迷惑はすでに被っている」


「……七瀬」


 どこまでも冷静に呟く七瀬を見て、夏野は呆れるようにその名を呟いた。

 花灯も、織姫も、そこまではっきりと割り切れる七瀬にどこかしら冷たい印象を抱いているようだ――が、違う。


「起きてしまったことは気にしても仕方ないわ。そう、過去は変えられない」


 俺の目に映る七瀬は。

 ソファーの端に肘をかけ、手のひらを見せるその仕草。それは罪悪感の表れだ。

 

 起きてしまったことは、過去は、変えられない。

 つまり七瀬が田中をいじめていた過去も、そのことを謝れずに彼がこの世を去ってしまった事実も――否定できないのだ。


 もう七瀬七海の罪を赦す人間はいない。夏野とはちゃんと和解することができたけれど、だからといって自責の念が軽くなることはないだろう。


「あなたはどう見たって被害者なのだから、謝らないでよ」


 加害者だった七瀬は、伏し目がちにそう呟いた。


「七瀬先輩の言う通りだぜ。悪いのは全部そのホワイトキラーじゃねぇか。それともお前は、『なんでそんなこと隠してたんだ。お前のせいで厄介事に巻き込まれちまった』とか、俺らが言うとでも思ってんのか? んなことあるわけないだろ。何も気にすることねーって!」


 陰鬱な雰囲気を蹴飛ばすように、楓が高らかに言った。

 

「……ありがとう」


 改めて俺が短い高校生活の中で積み上げてきた人間関係を見回す。

 過去を知られたら、拒絶されると思っていた。これまで何もかもを取りこぼしてきた俺だ。だから今回も、と思っていた。

 でも違ったみたいだ。


 拳を握る。俺が守るべきものはここにある。もう絶対に、何も失くしてたまるものか。

 

 決意を新たにしたところで、半開きになっていたリビングの扉がノックされた。

 返事を待たずに入ってきたのは飾り気のないスーツ姿の涼子さん。


「お話はおしまい?」


 彼女が小首を傾げると、一束にまとめた黒髪が揺らめいた。


「ああ、次は涼子(りょうこ)さんの番」


「と言うと?」


 七瀬の問いに、俺たちのそばまでやってきた涼子さんは、内ポケットから手帳を取り出した。

 証明写真とバッジ――桐野江涼子という人間が何者であるかを証明するための警察手帳を。


「改めまして水波(みななみ)警察署刑事課強行犯係の桐野江涼子(きりのえりょうこ)警部補です。皆さんに警護の提案をするために参りました」


「――それじゃあ俺たちはこれで帰るからよ。って、そんな顔すんなよ。警察が警護してくれるんだからさ。もうちっと気を抜いてもいいんじゃねえ?」


 楓に指摘されて、自分の頬に触れてみる。どうも無意識のうちに悲しい表情をしていたみたいだ。

 ホワイトキラーの再来、事件に関連する俺――ここまでくれば当然警察も動いてくれる。


 警察が身の安全を保証してくれるんだ。これ以上に頼もしいことはない。

 そして俺は俺で、犯人の割り出しに専念できる。これがベストな形であることは確かだ。


「……ああ。そうだな」


 どうしたって相手が相手。不安は残る。だがその懸念が現実のものとなる前に、決着をつければいい。

 玄関へ向かう楓たちの背中を見つめて、俺もまた歩き出した。


「つーかさ、帰りは涼子さんが車で送ってくれるんだろ? 琴平さあ、俺が会長の隣に座れるように協力してくれない?」


「ん、不祥な考えですね……っていうか、会長さんとはまだ一緒に生活してるんでしたっけ。なんかさっき洗濯物が――あ、やべ」



 それは一か月ぶり二回目。琴平花灯のとんでもない失言だった。



「ま、だ?」


「一緒に……生活……?」


 この場を駆け抜けた衝撃。ぎろりと夏野、楓が俺に視線を向けた。気のせいか瞳にキラーマシーンのような赤い光が宿っているような……。


「あ、あ~、ほら高砂くんも七瀬先輩も行きましょう。ほら、三人で仲良く後ろに乗るんです。先輩が高砂くんの隣ですよ!」


「む、そういうことなら協力させてもらうわ……! あと修羅場とかごめんだし」


「なんでちょっと嬉しそうなんですか七瀬先輩……! それより冬馬! お前! どういうことだ~!」


「そういうのは自分で解決しなさいね、白雪」


 失言、フォロー、結託――気が使えるんだか使えないんだか分からない花灯だったが、ピリッとした空気の中、一瞬にして俺、夏野、織姫がこの場に取り残されてしまった。


 まずい。織姫が昨日からまたこの洋館に来ていたことは、事件のことや、未だ原因の分からない催眠騒ぎがあって、夏野に言いそびれていたんだ。

 

「あ……その美原君……これはだな、突然昨日のことでな! 再び私の家の事情なんだ! だからそのぉ……」


 申し訳なさそうに夏野の名前を呼ぶ織姫。織姫は今でも俺と夏野がすれ違ってしまったあのときのことを気にしている。

 今回もまた――そう考えたらどんなに見苦しくてもとにかく言い訳を並べることに思考を割くのだが。


「会長さん、すみません。ちょい二人にしてくれません?」


 それを夏野が制する。怒りも焦りも何も感じない、凪のような声で。


「あ、ああ……分かった」


 通路を引き返す織姫。

 反対に再び正面玄関に向かって歩き出した夏野。


 その背中を俺は追った。

 無駄に長い廊下。会話はないが、様子を見た感じ、やはり怒っているわけではないようだ。


「夏野、俺の気持ちは――」


 前を歩く夏野に目をやると、不意に昔のことを思い出した。

 細い体。小さな背中。綺麗な茶髪。もう定番のようになっていたポニーテール。


 その後ろ姿に重なる記憶があった。投影される面影――。


 俺はずっと手を引かれていた。今は亡き彼女――十七夜月さくらはいつだって俺の前を歩いていたんだ。


「……っ」


 でも今度は俺が、夏野の手を引いて前を歩けたら。


「夏野!」


 その瞬間、夏野が振り返った。俺の呼びかけに応えてくれたのではなく、彼女のほうから何かを言う決意ができたようなタイミング。



「――ねえ、夏休みに入ったらウチも来ていい? この、白雪くんの家に」



「え?」


「だって会長さんだけ、ずるいよ」


 赤く染まった頬。中々合わせてくれない視線。

 夏野は恥ずかしそうにぼそっと、そう言った。


「あ、ああ。分かった。夏休みに……約束だ」


「うん」


 前髪を弄りながら嬉しそうに口元を緩ませる夏野。


 しばらく俺たちは会えなくなるだろう。

 でも大丈夫だ。

 この約束が――繋がりがある限り、俺は絶対に折れない。


 前を向いて、胸を張って生きるために、全部終わらせるんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] またまた久しぶりに立ち寄りました。 いつもながらキレ味鋭く、面白い!と思いながら読んでおりましたが、第二章のプレリュード読んで鳥肌立ちました。 あの男の存在は確かに嫌なものがあったけど、 …
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