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47話『風見織姫の危機』

風見織姫編、開幕です。

 桔梗高校の二年生、田中直紀(たなかなおき)とその父親に次いで、三年生――常盤大河(ときわたいが)とその両親が失踪したとの報せを受けてから、早いことに三週間が経とうとしていた。


 暦はもう六月。今月最初の金曜日。


 涼子(りょうこ)さんから件の電話を貰った翌日。話の通り、俺に対して警察からの事情聴取が行われた。


 場所は歩風(ほかぜ)町の警察署。

 というと、なんだか任意同行を求められたとか、ともすれば強制的に連行されたんじゃないかと思う人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。


 実のところ、聴取に関しては涼子さんが少しばかり便宜を図ってくれた。


 常盤大河のことで学校を訪れた警官と接触しない代わりに、後ほど警察署に足を運んで聴取に協力する――そんな取り決めが俺と警察側との間で結ばれたのだ。


 小さな気配り、些細な努力。

 それが実を結び、校内において何か俺に関連した噂が立つようなことはなかった。

 

 つまりこの三週間。俺の周囲は、仮初めかもしれないけれど、揺れる水面に蓋をしただけかもしれないけれど――それでも平和な日々が続いていた。


 これは決して俺一人の力では成し得なかったものだ。

 周囲の大人の力があってこそ、守られた日常。


 俺は、一人でだって例の事件の犯人に復讐してみせると意気込んではいたけれど、こうして現実に直面してみると、己の無力を痛感するしかない。


 周囲の大人――そうだ。

 涼子さんだけでなく、忘れてはならないのが、音楽教師の八木原(やぎはら)のこと。


 彼は七瀬七海(ななせななみ)との交際のケジメとして夏休みを境にこの学校を去るつもりだと言っていたが、立つ鳥跡を濁さずの精神からか、今回の一件ではかなり深いところまで動いてくれた。


 彼自身『別れさせ屋』の件で常盤と直接関わったこともあって、警察の聴取に協力したり、教師陣への対応をしたりと、とにかくうまいこと立ち回ったのだ。


 俺や七瀬、花灯(はなび)神崎(かんざき)などが被るかもしれない面倒事を、先んじて一手に引き受けてくれたことには感謝しかない。


 こういうのもなんだが、七瀬が教師を味方につけて自分の地位を盤石なものにしていたのは、目的こそ間違っていたものの、手段そのものは正しかったのだ。

 

「……」


 そしてこの三週間。

 日々は一応平和に続いたけれど。その一方で俺は――周囲の関係から少し距離を置いていた。


「冬馬、今日昼どうする?」


「おひとりコース」


 四限が終わり昼休みに入った。

 俺は前の席で友人である高砂楓(たかさごかえで)の誘いを断り、パンが入った紙袋を片手に教室を出る。


 別に以前から毎日楓と昼食を共にしていたというわけではないけれど、しかしここ最近はやはり、俺は一人でいることが多い。


 楓の前の席で、ちょっとした同盟を結んだ琴平花灯(ことひらはなび)もそうだ。

 彼女は俺の過去を知っているだけあって、時折俺を案じたメッセージを送ってくれるのだが、やはり放課後に『バタフライウインド』に集まることも、休日に会うこともない。


 ――美原夏野(みはらなつの)も、同じく。


 先月の水族館デート以来、休日に何かのお誘いが来ても、断り続けている。

 たまに廊下ですれ違っても挨拶を交わすだけ。


「……雨」


 西校舎の四階、非常階段に出た俺は、雨雲から注がれる雫を見て呟いた。

 朝から曇り空だったので降りそうだなと思っていたが、こうなると昼食は別のところで食べるしかない。


 来た道を引き返して、七瀬との対決に使った例の空き教室に入る。


 いや今は空き教室ではないか。ここは現在、来週に迫った体育祭で使用する備品の倉庫となっていた。


 桔梗高校は秋に文化祭を行うため、毎年この時期に全学年参加のスポーツ大会を行う。


 特に今年は生徒の失踪や悪辣なる噂など、良くないことが続いていることもあって、学校側としても企画運営を担う生徒会としても、鬱屈とした空気を打開しようと準備に力を入れている。


 一年三組でもすでに出場競技を決めて、空いた時間は練習に励んでいる。

 まあ俺は運動に関しては専門外というか、戦力外なので補欠の補欠みたいな立ち位置でのらりくらりとやり過ごしているんだけど。


「――ん?」


 ふと近くに置かれた椅子に座ろうとした矢先、スマホに通知が入った。

 何かメッセージが来たようだ。

 相手は楓。珍しいな。ええと、内容は――。


 『風見会長が倒れた。今、保健室』。


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉がこれ以上ないほど似合う生徒会長――風見織姫(かざみおりひめ)が、体育祭の打ち合わせの最中に倒れたとなれば、それはもう学校中がパニックだ。


 "憧れの先輩"、もしくは"憧れの同輩"を案じて生徒は押し寄せ、かの"風見グループのご令嬢"を案じて教師は駆けつける。


 楓からのメッセージで保健室を訪れた俺は、そんな光景を前にして立ち尽くしていた。

 休み時間とはいえ、これは……すごい。

 以前から織姫の人気の高さは認知していたが、ここまでとは……もうなんか本当に、芸能人かってくらいだ。廊下がパンクしかけてる。


 『保健室に入れそうにない。先輩の具合は? 中には誰がいる?』。


 そう送ると、すぐに楓から返事が来る。


 『先生が言うには貧血。体育祭の準備で疲れが溜まってたんじゃないかって。室内には神崎とかの生徒会メンバーと先生が数人いる。あと俺』。


 どうやら楓は一足先に保健室に入りこんだようだ。

 以前織姫に、貴女の危機には必ず駆けつけると言っていたが、まさに有言実行だな。


 『それと会長がお前に話があるって言ってたけど、寝ちゃったみたいだ。呼び出しといて悪いけど、騒ぎも大きいし出直したほうがよさげ』。


 『分かった』。


 織姫が俺に何を話すつもりだったのかは分からない。

 ただ楓が俺にメッセージを送ってきたのは、おそらく織姫の頼みがあったからだろう。



 そこまでしてまで、俺に話したいこと……か。


 

 それからすぐ、保健室から出てきた教師陣によって事態は収拾され、昼休みが終わり、通常通りの授業が始まった。

 俺は、昼食を食べ損ねた。


 放課後、俺は一人で保健室を訪れた。のだが。


「……んー? 風見ちゃんなら早退しちゃったわよぉ?」


 と、養護教諭の名取愛衣(なとりあい)に言われてしまった。

 それに加えて。


「それはそれとして冬馬くんさーあ? 最近ちょっと私の婚活の件、サボり気味じゃない? やる気あるの?」


 できれば話題にも出したくないことを言及されてしまった。

 四月の身体測定で、俺は自らの身長を一センチ上乗せしてもらう代わりに自称喪女である名取愛衣の婚活を手伝うことになった。


 で、人知れず、ホストとか結婚詐欺師に引っかかりそうな彼女を助けてきたのだが、その成果はまだ上がってない。

 というかぶっちゃけお手上げだ。なので俺は、この件を適当に誤魔化してバックレることまで視野に入れていた。

 

「あーあ、こうなったら私も入ってみようかなー、『イノセント・エゴ』。やっぱりほら、まずは出会いっていうか? 信じるものは救われるって昔から言われてるだけあって効果ありそうじゃない? 最近結構勧誘とか来てさ」


 『イノセント・エゴ』――確か宗教団体だったか。

 

「刷り込み効果がもろに出てる……。やめといたほうがいいと俺は思うけど」


 その宗教団体のことはよく知らないが、婚活目当てってのは不純だし、利用されやすい動機だし。


「そーいえば、八木原先生にも似たようなこと言われたっけなぁ。……はぁ、出会いが欲しい……」


 大きくため息を吐く名取を尻目に、俺はこっそりと保健室を出た。

 これ以上留まる理由はない。


 俺に話があるという織姫のことは多少気がかりだが、もう学校にいないのであればどうしようもない。

 一瞬、例の墓地に行くことも考えたけれど、体調が芳しくなければ織姫はあそこに行かないだろう。


 連絡先も知らないし、とりあえず今日のところは帰ることにした。


 学校を出て、しばらく歩いて。

 長い坂を上り、その先にある幽霊屋敷――もとい俺が暮らす洋館を目指す。


 明日は土曜。普通に考えれば次に織姫と会えるのは月曜日、か。

 その間、この微妙なとっかかりを抱えて過ごすというのはどうも落ち着かない。


 こうなったら明日あたり、楓を頼って、その広い交友関係を頼って、可能なら織姫の家を訪ねてみるか。

 そう方針を決めた直後――。



「――お帰り、冬馬君」



「……え」


 織姫が、いた。

 俺が暮らす洋館の前で、大きなキャリーケースの上に、座っていた。


「急に押しかけて済まないね」


「それは全然……いや、ちょっと驚いたけど。これはまたどうして?」


 俺がここで暮らしていることは、確か先月、カラオケからの帰り道で伝えていた。

 だから織姫のほうから俺に接触してくる手立ては、あった。


 気になるのは、そうまでして俺に会いに来る理由だ。


 見た感じ、一度帰宅して私服に着替えたあと、わざわざキャリーケースを持ってここに来たのだろうが。


「……冬馬君。単刀直入に言おう。実は今夜、泊まるところがない。私は現在無一文で、ホテルからは追い出され、そして自宅に帰ることもできないんだ」


「自宅に帰れない?」


 織姫は深く頷いた。

 夕焼けが照らす彼女の姿は、気のせいか、いつもより荒んで見える。


 あの水に濡れたような綺麗な黒髪は、どことなくくすんでいて。

 目元にはうっすらとクマができて、顔色も悪い。

 堂々と凛々しい声音も、どこかか細い感じがして――。



「母がある教団の信者になってから、様子がおかしく……変わってしまったんだ」



 今にも涙が零れそうな自分を抑えるように。

 織姫は胸に手を置いて小さく笑う。


 ――その哀しい姿は、さながら枯れる寸前の花を見ているようだった。

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