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番外編『高砂楓の休日(1)』

 五月十六日。日曜日。

 今日も今日とて俺――高砂楓(たかさごかえで)は町を駆け巡る。


 男子高校生であるこの俺がどこどこを走り回るというと大抵、多くの人に『君は運動部なのか?』と勘違いされるんだけど、それは間違いだ。


 運動のためでも、誰かと何かを競っているわけでもない。


 ただ俺は人助けのために、あるいはどこまでも、俺自身のために――ひたすら走り続けているのだ。



「よ――っと、捕まえた……!」



 繁華街から少し離れた住宅地の公園で、俺は一匹の猫を捕まえた。

 三毛猫。首輪が付いており、飼い主もいる。


「ったく、お前、あんまご主人様のこと心配させんなよな。えーと、あの人の電話番号は……」


 首元をホールドしてしっかり猫を捕まえつつ、片手でスマホを取り出して発信、通話はすぐに繋がった。

 相手は名前も知らない四十代くらいの主婦のお方。


「あー、もしもし。猫、捕まえましたよ。今、近所の公園にいるんでそっちに……え? あ、分かりました。じゃあ待ってます」


 会話を終えて通話を切る。

 

 腕の中に視線を向けると、猫が不機嫌そうにあくびをしていた。

 呑気なやつだ。お前が逃げたせいで、お前のご主人様はずいぶん気を揉んでたってのに。


 それこそ、通りすがりの見知らぬ男子高校生が『俺、探すの手伝いましょうか?』と言ったら、手を握って頭を下げるくらい喜んでいたのに。


 親の心子知らずというか、飼い主の心猫知らずだ。

 まあ猫ってのは勝手気ままで、そんなものなのかもしれないけどさ。

 

 それからほどなくして、飼い主がやってきて、猫を引き渡した。

 お礼にお茶でもと自宅に招待されたのだが、それは丁重にお断りした。俺は別に見返りを求めて行動したわけではないのだから、そういうのはいいんだ。


 それから繁華街のほうに行くと、道に迷っているおじいさんがいた。母親とはぐれた男の子がいた。スマホを落としたという女の子がいた。


「あのー、どうかしました?」


 誰も彼もが雑踏の中で立ち尽くしている中、俺はできるかぎり物腰を柔らかくして声をかけた。

 傍から見ていて明らかに困っている様子なのだ。放ってはおけない。


 むしろ周囲にいる人たちはどうして声をかけないのだろう。

 まあおそらくは、知らない人の事情に首を突っ込んで面倒事に巻き込まれることを避けたい、なんて気持ちがあるのだろうが、分かっていても冷たさを感じる。


 こういうのを後ろの席で友人である冬馬白雪に言わせてみれば『傍観者効果』とかなんとかいうんだろうけど、詳しい理屈は分からない。


 ただその『傍観者効果』の中でどうして俺が、あの人たちに声をかけたのかと問われれば、その理由は簡単に説明できる。


 傍観者――つまりただ見ているだけというのは、俺の信条、言い換えれば主義に合わないのだ。



 ――見殺しより、人殺しがいい。



 この言葉に出会ったのは二年前のこと。

 良くも悪くも強い言葉であり、ともすればエゴが滲み出ている一文だが、それでも俺は救われた。


 何か光が見えた気がして、その光に届くため、誰かに手を伸ばすようになったんだ。


 まあすべては遠い記憶。

 今となってはあの一件を誰にも話すことはない。というか話してはいけない。

 だから俺は何も語らないまま、できる範囲で手を伸ばし続けるのだ。


 そうして道に迷うおじいさんを案内し、迷子の男の子の母親を見つけ、女の子が落としたスマホを探し当てた俺は、一息つくために自販機で微糖の缶コーヒーを買い、適当に休めそうな場所を探していた。


 すると道の端、ガードレールに身を預けるようにしている女の子の姿が目に入った。


「あれ、七瀬(ななせ)先輩?」


「っ……」


 急に声をかけたせいか、肩をびくんと震わせた七瀬先輩。


「おっと、これはこれは高砂くんじゃあないかしら。どうも」


 それも一瞬。すぐに平静を取り戻して、優しく微笑んでくれた。


 若干顔とか赤いし、怖がらせちゃったかな。悪いことしてしまった。

 それから七瀬先輩は前髪をちょっと気にする仕草を取りつつ、持っていたスマホを手提げの洒落たバッグにしまった。


「ども、何かお買い物ですか?」


 いくつか紙袋を持っている姿を見て、なんとなく聞いてみる


「ええ。姉の買い物に付き合って、ついでに新作の服をいくつか」


「へー、七瀬先輩ってお洒落ですもんね。今日もばっちり決まってるし」


 以前、冬馬の家に行ったときにも思ったが、ファッション誌に載っていそうな服を、これまたファッション誌に載っていそうな人が着ているのだから、普通に目を奪われる。


「あ、ありがとう……。そういう高砂くんもシンプルでとてもいいと思うわよ」


「いやぁ俺のは動きやすさ重視というか、単に楽してるだけですよ。……あれ、ってか、先輩でお姉さんいるんですね。ウチの学校ですか?」


「いいえ、別の女子高に通っているの」


「そうなんですね。先輩のお姉さんってくらいだから、やっぱりすごい美人だったりして」


「美人……い、いえ。まあ確かに姉は、顔は整っているけれど、今は……まあ世間一般的に言えばダメ人間よ」


 ダメ人間。美人の。

 七瀬先輩が高校で、二年の女王と呼ばれているだけあって、その美麗な容姿と優秀な頭脳を持ち合わせているだけあって、その身内がダメ人間というのはなんだか想像がつかない。


「ところで高砂くんは? 今日はどんな休日を過ごすつもりで?」


「んー、まあ、適当に町を見回って困ってる人がいたら声かけてって感じですかね」


「なんだかそう聞くと、自警団かボランティアのパトロールみたいね。立派だと思うわ」


「そんなことないです。俺はただ自分のために――」


 やってるだけで――と、続く言葉はかき消された。


 突然聞こえた、女性の悲鳴によって。


「ッ――――」


 俺と七瀬先輩はすぐに悲鳴が上がったほうを見る。


「泥棒――‼」


 大きな声が再び大通りに木霊し、ブランドもののバッグを強引に握りしめた男が、目の前を横切っていく。

 俺は考えるより先に、体を、その前に口を動かした。


「先輩、これあげます。それじゃあ!」


 飲まずに持っていた缶コーヒーを渡して、俺はすぐに駆け出した。


「微糖……私、ブラック派なのだけれど……まあ、いいわ。とりあえず警察に……」


 七瀬先輩のその声は、もう俺に届かない。

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